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005 口伝

すでに執筆していたものをアップした形になります。

作者が酒に溺れている中での投稿故、何かが起こるかも知れません。


生暖かい視点で眺めて下さいorz

 豪奢な甲冑を纏い、一本の刀を構えるその姿は、まるで映画の一コマのようだ。妖艶な笑みを浮かべ、タラブは宣言する。


「お前達の〈共感子エンパシオム〉は、このタラブが残さず狩り取ってやるさぁ!」


 ソードフィッシュはタラブのレベルを確認する。――〈強奪の典災〉タラブ、レベル100――


(勝てる勝てないじゃない……〈古来種〉に勝てる訳がない!)


 ソードフィッシュは怒鳴るように声を上げる。


「撤退だ! 急げ!」


 師弟システムの解除を行い、レベルを戻す。レベル90の戦士職であれば、ある程度はやりあえるだろう。それ以外の職業が〈古来種〉の一撃に耐えられる訳が無いのだ。それは、ソードフィッシュでは時間稼ぎにしかならないと云うことでもあった。


「逃がしゃしないよ」


 ダマの目の前に立ち、タラブは刀を振り上げる。ソードフィッシュは〈ロングレンジカバー〉を使い、ダマの眼前に瞬時に移動する。タラブの袈裟斬りが熱となって伝わる。タラブへ向かい、可能な限り侮蔑を含め云う。


「貴様の相手は私がする」


 挑発を伴った一撃は〈タウンティングブロウ〉として〈セルデシア〉に迎えられる。合口の刃がタラブの腕にかする瞬間、ソードフィッシュは〈ライトニングチャンバー〉を唱える。切り付けた腕を中心に、50cm四方の結界が発生し、結界内で無数の閃光が炸裂した。タラブが身構えるよりも早く〈フリージングライナー〉を唱え、雪崩を使い距離を取る。続けてソードフィッシュは、後方に向けて〈フリップゲート〉を展開した。念話でアイネに告げる。


『私の後方に作った門に入れ、走るよりは遠くに転移出来る。転移後はアイネが〈フリップゲート〉を唱えて距離を稼げ』

『りょーかい。アンタはどーすんの?』

『私は可能な限り時間を稼いでから、入り口へ死に戻りする』


 そう伝えると、目の前に集中する。前方から走ってきたミオぴーが「ごめん!」と云い、通り過ぎて行く。雪崩で押し流された場所からタラブが飛び出してくる。タラブの刀とソードフィッシュの合口が交差し、高い金属音が響いた。


「そう云うことも出来るんだねぇ。鬱陶しい限りだよ。まずは、お前を枯らしてこの激情を抑えることにする!」

「何故、大地の守護者である〈イズモ騎士団〉が、私達に危害を加える!」

「さぁて、何でだと思う?」

バグ(、、)ったかっ!」


 叫びと共に〈フロストスピア〉で牽制を入れる。タラブはバックステップでそれをかわす。ソードフィッシュは〈ルークスライダー〉で間合いを詰め、〈オーブ・オブ・ラーヴァ〉を放つ。タラブは至近距離から放たれた業火を、半身を返した後に刀で切り上げる。それだけの動作で業火は霧散し、無効化される。


「それは旧システム(、、、、、)での仕様に合わせた結果でしかないだろう? これはあくまでもリファクタリングしただけさ。その結果、新しい分岐が増えただけ。バグなんて云うのは古代的発想ってもんだねぇ」


 言い終わり飛び掛かってくるタラブから〈ブリンク〉による移動で距離を取る。タラブはその動きに舌打ちをする。


「ちょろちょろと…… 逃げてんじゃないよ!」


 タラブは大きく飛び出し距離を詰める。その一歩はまさに八艘飛びと云えた。ソードフィッシュはタラブが接近する刹那、〈ルークスライダー〉で逆方向へ移動する。そして叫ぶように問う。


「貴様らは何だ!」

「それは〈監察者〉にでも訊くんだねぇ」


 タラブは離れた距離のまま納刀し、直後に抜刀した。抜いた刃から衝撃波が放たれる。ソードフィッシュの体は耐えきれずに吹き飛ぶ。タラブはそのまま疾走し、左の手刀で喉元を突いてくる。


(声が出ないっ! 魔法も使えなくなっている。……〈百舌の早贄〉か!)


 ソードフィッシュは魔法で距離を取ることも、反撃することも出来ない。時間は十分に稼いだ、と安堵する。タラブの一刀が脳天を打ち据える。崩れ落ちる最中、タラブの声が聞こえる。


「お前ら〈冒険者〉は人形とは違うんだろう? 堪らないねぇ」


 癪にさわる高笑いが、混濁する意識の中で子守唄のように響いていた。


 ソードフィッシュは一定の震動に揺られる箱の中にいた。外に見える景色としたに流れる川から、嵯峨野トロッコであると理解する。服を引っ張られ、振り替えると息子が何か話している。


(ああ、実家から嵐山に行った時か。……確かこの先のトンネルでL特急が見えたんだ)


 息子と二人で車窓から特急電車を見る。息子の手には鉄道模型の玩具があり、電車好きであることを思い出す。回りの乗客達も子連れが目立つ。

 瞬きをすると景色が変わった。砂利の敷かれた道に立っている。辺りを見回すと青々とした竹が幾つも並んでいる。


(嵐山の竹林か。〈セルデシア〉では見なかったが、同じように存在するのだろうか?)


 息子が手を振りこちらを呼ぶ。息子に駆け寄り、指差す方を見る。小高い丘からは停車中の嵯峨野トロッコが見える。興奮する息子を見て頬が緩むのを感じた。


(そうだ。早く元の世界に帰りたい。……家族に会いたい)


 〈セルデシア〉の世界では、年長者として毅然と振る舞っているが、ソードフィッシュも一人の人間であり、心が鋼鉄で出来た超人ではない。吐いた弱音も誰に聞かれることも無い夢は、ホワイトアウトして行く。


 背中に固い地面を感じた。ソードフィッシュが目を閉じたまま思うのは、ここが〈イズモオオヤシロ〉の入り口であると云うこと。復活の瞬間は段々と体の浮遊感が失われ、着地するような心地だ。皆は無事に脱出しただろうか、と気になり目を開く。天井には梁が見え、木の香りが鼻をくすぐる。上半身を起こし、周囲を見回す。既視感は瀑布のように思考を吹き飛ばす。嫌な予感、もとい直感を感じ立ち上がる。


「よぉ……おはよう」


 背後から胸へと回された左腕がソードフィッシュを抱く。耳元で聞こえる息遣いはとても妖艶で、高鳴っていた鼓動に拍車をかける。下腹部に感じた痛みが意識を覚醒させた。腹部を貫く刃によって脈動はさらに加速する。


「そして、おやすみ」


 〈強奪の典災〉タラブは子を寝かし付ける母親のように穏やかな声音で囁いた。


 女性が泣いていた。高校生位の少年も見えた。ソードフィッシュは、彼らが母親と自分自身であると気付く。母親の目の前には動かない犬が横たわっている。幼い自分が犬を撫でているのを俯瞰する。


(ああ。昔飼っていた犬が死んだ時か……家族みんなで悲しんだな)


 犬種はキャバリア、トライカラーの血統書付きだった。14歳の大往生だ。毎年お盆の季節には、家族で墓参りに行っている。今年も墓参りに行かなければならない。


(その為には元の世界に帰らなくてはならない)


 瞼を閉じると、意識はそのまま深淵の奥底に落ちていく。


 背中に固さを感じると、ソードフィッシュは覚醒した。どうやら死ぬ度に元の世界を垣間見れる、と考える。それはたたの偶然で、夢なのかも知れない。もう少しその景色を見たい欲求に駆られてしまってもいた。ソードフィッシュは、ダンジョンの入り口へ戻らない理由について考える。


(タラブはこうなることを判っていた様子だった……このダンジョンに秘密があるのだろうか。死に際に奴は何をしていた? 先程は背後からの一撃だったから判らない。なら次は……)


 方針を決めたソードフィッシュは、目を開けると同時、タラブを探す。タラブはソードフィッシュの足元に立っている。タラブはソードフィッシュの覚醒に気付き、仰向けの状態の腹に刀を突き立てる。痛みが体を支配する。タラブは苦悶の表情のソードフィッシュとは対称的な愉悦を含んだ笑みを浮かべる。


「ようやくお目覚めかい? まぁ直ぐにおやすみなわけだがねぇ」


 ソードフィッシュは自らの体から浮き出るガラス片のようなものを見つめる。それは上空へと昇り、タラブの持つ刀へと吸い込まれていく。


(あの刀の能力か!)


 ソードフィッシュは、1つの答えと共に再び夢へと落ちる。


 六畳一間の狭い部屋に夫婦と子供が一人見える。男性はソードフィッシュ自身であり、女性は妻だった。子供は自分達の子だ。男の子(、、、)女の子(、、、)か、どちら(、、、)だったろうか。その疑問は不安に変わり、胸が締め付けられるような、胸に大穴を穿ったような気持ちになる。三人の家族はとても幸せそうに見えた。


(狭い家は、新居を買う前の住まいだ。それは間違いない。そんなことは思い出せるのに、何故私はこの子の性別が判らないんだ……)


 何か思い出せそうになるのに糸口が掴めない。考えようとしてみても、思考が安定しない。あの子はどんな風に笑っていた? あの子は何が好きだった? 一番大切にしていたはずなのに、それが見えない。涙を流すことも出来ないまま、ソードフィッシュは泣いた。涙も流れず、喘ぐ声すら出ない夢の中で。


 次に気が付いたとき、ソードフィッシュは見覚えのある場所でもなく、〈イズモオオヤシロ〉でもない場所にいた。まず感じたのは砂利の手触り。見渡す限りの砂浜がある。波打つ海は音もない。水平線の彼方は果ての無い漆黒である。海からはガラスの欠片のようなものが浮き上がり消えていく。

 ソードフィッシュは立ち上がると、服に付いた砂利を叩く。ただ黒い空に、一際目立つものが見える。


(……地球? これはまだ夢なのか、それとも〈セルデシア〉のエリアの1つなのか? ……〈セルデシア〉のエリアだとすれば)


 ソードフィッシュはゾーン情報の確認を行う。〈静かなる海〉と云うテキストが表示される。その事で、ここは〈セルデシア〉の世界だと確信する。


(消失と覚醒の狭間だと云うことか? いずれ〈イズモオオヤシロ〉で復活すると云うことか)


 ここには初めて来るはずだ。今までの死亡時には来たことがない。ソードフィッシュは考える。


(いや、忘れている可能性がある。死ぬと向こう側の夢が見れた。だけど、徐々に忘却している。一番大切なものですら失ったのだから)


 そう考えると涙が流れた。今度は肉体がある。行き場を見付けた悲しみの奔流は止まることを知らない。この世界での死は、対価として記憶を奪う。その事実は、死に対する恐怖として身を震わせる。


(アイネの記憶障害は、〈森羅変転〉の際のショックによるものだと思っていた。だが、今なら判る。彼女は死にすぎた(、、、、)んだ。彼女は〈フシミの村〉にどれ位滞在して、幻霊ファントムと対峙して来たと云っていた? 何度死を繰り返せば記憶が全て無くなるんだ)


 ソードフィッシュはアイネを思い出し、1つの疑問を持つ。


(アイネは〈エルダー・テイル〉に関することは覚えていなかったか? 元の世界でも〈エルダー・テイル〉に属する情報は優先して引き継がれているのか)


 その時、腰にわずかな温もりを感じた。ソードフィッシュはローブのポケットに手を入れ、熱を持った物体を取り出す。水晶のような石は、その一部を緑色に変色させ、熱を帯びていた。それは、〈フシミイナリ〉の最下層で手に入れたものだ。手に入れた当初は冷たい石であり、色も透明に近かったはずだ。


(私の死に伴って変化したのか?)


 ソードフィッシュはアイテムのフレーバーテキストを読む。


『エーテルシャードは、持ち主の周囲に漂うエーテルを吸収し蓄積する。蓄積されたエーテルは、持ち主の意思で還元され、枯渇した魂の力を回復させる』


(死に逝く時に体から漏れるものがエーテルと云うものなのだと仮定すれば、これが完全に充填されればMPは全開に出来る可能性がある)


 復活の直後は〈後遺症〉の影響で、体力もMPも著しく消失している。この為、目が覚めてもタラブとの距離を取ることも出来ずに殺されてしまう。だが、仮にMPが全開であれば希望はある。コンバットメイジは短期決戦に特化、依存したビルドである。長引けばリキャストタイムによる隙で成す術もない。しかし、この熱を持つ石を使用すれば…… 蓄積されたエーテルは、押し出す(、、、、)ことが可能なのでは無いだろうか。

 MPを全て使うスキル、それは他のゲームでも良くあるものであった。主にダンジョンのラストボスへの最後の一撃に使う魔法。術者の全てのMPを使い魔力を放出する魔法、使用後に全てのMPを消失る為、文字通り最後の技だ。だが、そのダメージは他の魔法の比では無く、使用者のMP総量に対し指数関数的に伸びる。MPの回復は時間的なコストや、消費アイテムのコストが高く、余程潤沢な資金が無い限り枯渇しないように運用するものだ。そう云ったスキルを使うと云うことは、1つの冒険が完了すると云うことでもある。使いどころを間違えれば批難の嵐であるこの魔法は、ネタスキルの1つとしてしか認識されていない。


(後何度死ねば充填が完了するか判らない。だが現状を突破するにはこれしか方法は無い)


 師の恐怖が気持ちを折ろうとしてくる。ソードフィッシュはそれでも、タラブを倒すする為の希望にしがみつくことを強く決心する。その気持ちに世界が答えるようにホワイトアウトした。


 ミオぴー達は境内区の〈イズモオオヤシロ〉の入り口前にいる。蘇生地点であるとアイネが云っていた場所に一行は座っている。アイネは難しい顔をしており、ダマは心配そうに台座を見ている。エリューもまた、沈んだ面持ちで顔を伏せていた。もう一人の仲間、ゴゴルはと云うと、〈大地人〉の目に触れると攻撃されかねないと云うことで、アイネがバックから取り出した〈パンプキンマスク〉を被っている。アイネ曰く、ハロウィンイベントでの配布アイテムだそうだ。誰でもジャックランタンになれるジョークアイテムである。巨大なカボチャを被った頭は振り子のように揺れている。


「遅いなぁ……まだ頑張って時間稼ぎしてんのやろか?」

「んー。相手のレベルは100やったからなー。普通に考えたら耐えすぎっちゅーくらいやな……何かあったんやろーな」


 何かあった、と云うアイネの言葉に皆が頷く。何があったのか、生け捕りにされている? そもそも死んでいないから、ここに戻ることもない? あまり多くの可能性はないと思う。ソードフィッシュは口下手だが、情に厚い人間だとミオぴーは評価していたし、決めた約束はきっちり守るはずだ。だから、全てを投げ捨てて逃げ出すと云うのは無いだろう。


「何らかの理由で、捕まってはるんやろか……」

「1日……1日だけ待とー。それでもここに戻らんのなら、拉致られとる可能性が高い。助け出さんと」

「でもあんなごっついんアタシらで倒せんのかな?」


 レベル50前後の〈冒険者〉がレベル100の敵に勝てる訳が無い。その当たり前の事実は沈黙を喚び、雰囲気が暗くなる。そんな中アイネは、はっきりと通る声で話始める。


「倒すのは厳しーやろーな。しゃーけど1日経って戻って来られんヤツが、時期に戻るとも思えん。しゃーからカイティングで参道区まで引く」

「何ですのん? そのカイティング云いはるんは」

「敵をヘイト高いヤツが引っ張って走るっちゅーとこかな。参道区まで引けば衛兵が飛んでくる思うんよ」

「ええやんええやんっ。それええやんっ! 採用やその案。いやぁ流石アタシの大親友っ。天才とちゃうかっ!」


 ミオぴーはそう云うと猫のように軽やかな動きで、後方に回転しつつ立ち上がる。そして足でカボチャを踏むように軽く蹴り「せやろカボチャ? せやな?」と小声で云う。カボチャをグラグラと揺らしたゴゴルは、カボチャを両手で押さえながら首を縦に振る。


「流石、ボス。オイラより賢い! 尊敬する!」


 カボチャはアイネになついており、彼女のことをボスと云う。他の仲間のことはダンナやアネゴと呼ぶ。しかし、エリューのことだけは「石をぶつけられた恨み」と云い、ヘナチョコと呼んでいた。

 能天気に喜ぶミオぴーとゴゴルであったが、対称的にエリューが懸念を告げる。


「でも、参道区までは結構距離がありますよ。ただ逃げ切るだけでも、途中で力尽き欠けない……」

「ヘナチョコヘタレ! コンジョウナシ!」

「ゴゴル、ハウス」


 アイネにピシャリと云われ、もの云わぬカボチャと化したゴゴルであった。エリューの言葉に賛同するようにダマも云う。


「いきなり目の前に来られたりしよるでしょ。攻撃もかなりの威力でおますし、その辺の対策は必要でっしゃろなぁ」


 アイネは「一応考えはある」と云って続ける。


「〈付与術師エンチャンター〉の使える魔法には〈プリズマイズ〉っちゅーんがある。本来は魔力の性質を異なるものに変換する為の魔法や。これをタラブにかます」

「支援魔法を敵に掛けはる云うことでっしゃろか?」

「せや、これでヤツの攻撃に強制的に魔力属性を付与する。そしたらヤツの繰り出す特技はメイジの〈エレメンタルシェル〉とヒーラーの〈エナジープロテクション〉で無力化出来るはずや」


 ミオぴーにはよく判らなかったが、ダマは納得した様子で「なるほど」と頷く。アイネは短く息を吐いた後で続ける。


「普通の攻撃には作用せんから、そこはミオぴーが根性見せるっちゅーことで」

「任せとかんかいっ!」

 両の拳を打ち付け答える。アイネはそんなミオぴーを見て笑う。

「いやいや、そこは根性だけや無理やろとかツッコミしぃや。まぁミオぴーが死んだらまず全滅やから。ダマちゃんよろしく頼むで。あーしは移動阻害やら行動阻害で援護するし」

「任されましたわぁ」

「ボス! オイラ何すればいい?」

「カボチャでも投げとけやー」


 流石にそれは投げやり過ぎだろうとアイネに突っ込もうとすると、カボチャは元気よく返事をした。


「了解!」

「了解するんかいっ! てかカボチャ何個もあるんかいっ!」


 突っ込むミオぴーにカボチャは得意そうに肩から提げた鞄を漁り、取り出す。


「このマスク付けると何かカボチャ手に入った。残弾豊富」

「マジか……」

「あー。その〈パンプキンマスク〉の効果は、素材アイテムのカボチャを一定時間毎にゲット出来る優れもんや」


 前を向き出す仲間たちの中で、終始俯いている少年にアイネが声を掛ける。


「何やねんエリュー、辛気臭いやっちゃのー。タラブゆーんがゆーたこと気にしとんか。人形て(、、、)


 その言葉にびくりと肩を揺らしたエリューに、アイネは肩を竦める。そんな彼にダマが声を掛ける。


「エリューはんは自分を人形やと思てはるんでっか? ……うちは違うと思いますよ。タラブ云う人が何者かは知りませんけど、人形っちゅうんは意志を持たん云うことでっしゃろ。エリューはんは自分の意志持ってはるんちゃいますの?」

「私は……判らない。当たり前のように今まで生きてきて、当たり前のように役目を果たしてきました。それは、責任に強いられていただけで、私の意志なんて……」

「せやけど、今あんさんはここにいらはります」

「それは、逃げ出したからですよ。全ての責任を放棄して、生きる為だけにっ!」


 肩を震わせ大声を出すエリュー、対するダマは静かに、宥めるように云う。


「……それが意志とちゃいますの? 逃げたいから逃げる。生きたいから生きる。……別にええやないですの、逃げ出したって。だってうちらは自分の意志を持っとって、神様の人形やあらへんのやから」


 エリューはダマの顔を見上げた。色々な感情が混ざった表情は怒っているようにも、泣いているようにも見える。ミオぴーはこう云う湿っぽい雰囲気は苦手だった。「ちょい風当たってくる」と云うと立ち上がる。途中、カボチャが「ヘナチョコな上ナキムシだな!」と煽っているので蹴っておく。

 結局、その日の内にソードフィッシュが戻ることは無かった。



 ソードフィッシュは覚醒と同時、エーテルシャードを確認する。真緑に輝く石は反撃の準備が整ったことを知らせてくれた。現状の打破、覚醒の度に脅迫じみた決意で時を待った。もう〈静かなる海〉へ辿り着いてから何度目の死を越えてきただろう。忘却の恐怖も次第に薄れていった。記憶の主軸となる大切な何かが纏めて消えた為と理解していた。ただ、記憶の喪失を恐怖する程に幸せな時間を過ごしていたのだと自覚する。


(思い出せなくても良い。死に対して恐怖した記憶があれば、空っぽの人生で無かったと云う証拠なのだから)


 タラブはこちらを蔑む目で見やり、詰まらなさそうに云う。


「おはよう。お前、結構いい素材だったよ。だけどもう〈共感子〉が薄いんだよねぇ。こっから先は〈ゴブリン〉どもに永遠と相手をしてもらいな」


 そう云うとタラブは背を向ける。ソードフィッシュは、僅かに残っているMPで、〈クローズバースト〉を使う。


「まぁでも〈冒険者〉の〈共感子〉は、人形どものそれとは段違いだったねぇ。それが判っただけでも長乗さ。お前も死んだ甲斐があったってもんだろ?」


 背を向けたタラブの方を見つめたまま、〈メイジハウリング〉を使用する。


「〈ゴブリン〉の群れをダンジョンの外に放ってやれば人形どもは勝手に〈共感子〉を寄越すんだけどねぇ。それが粗悪なもんでさ、お前の時比べたら糞みたいもんだ。それに時間も掛かって仕方ない」


 ソードフィッシュは〈スペルマキシマイズ〉を唱え、魔力の宝玉を生成する。


「だから特大の〈ゴブリン〉で一気に採取しようとしたわけさ。ところが奴等は勝てないと知ると掛かって来ないのさ。人形は人形らしく何も考えずに死ねばいいのにねぇ」


 これが最後の強化魔法と〈エンハンスコード〉を唱えた。そして、エーテルシャードを取り出す。


「仕方ないから、そいつを殺して、また時間の掛かる作業に取り掛かっていたらさぁ、お前ら見たいな上物が自分からやって来るじゃないか。いやはや、幸運だったよ」


 振り替えるタラブはこちらを見て眉を上げる。その顔には余裕しか見えない。


「ん……お前、何の真似だ? 今さら抵抗するって云うのかい? あんなに死んで、出涸らしのみたいなお前が」


 ソードフィッシュはエーテルシャードを使用する。溢れ出るエーテルはMPへと還元される。萎え気味だった気持ちに真が通る感覚がある。この距離であれば〈ブリンク〉も〈ルークスライダー〉も必要ない。ありったけの強化魔法を乗せた魔力を解放し放つ。光の奔流は部屋を真っ白に染め上げ、視界には何も映らない。ただ一つ、視界の中心にポップアップメッセージの様な物が表示される。

――口伝・エーテル・バースト――

 激しい爆音と共に収束する光の中、ソードフィッシュはタラブの姿を確認する。ソードフィッシュの全魔力を持ってしても、レベル100の肉体を消滅するには至らなかったのだ。タラブの体力は半分以上消失している。普通に考えればバランスブレイカーとなり得る規格外のダメージ量だ。


(これでもう、成す術は無くなったか……)


「……いやはや、驚いたねぇ。この素体(、、、、)じゃなければ消えていた。人形も多少は役に立つねぇ。いやしかし、お前はしたたかだね。ただ枯れてしまったと思っていたが、考えを改めよう。お前の〈共感子〉の限り、私が直接殺し続けてやるよ。それで、もう終わりかい? 違うんだろ?」


 全てを懸けた一手は、相手を超えられなかった。これ以上の破壊力はソードフィッシュには出せない。体力は失われたままで、タラブの一刀で死ぬだろう。エーテルシャードがMPを還元出来たところで何も変わらない。やれることは全てやったのだから。

 心が折れかけたその時、部屋中に響き渡る啖呵を聞く。その声は、再起を促す戦乙女の号令のように力強い。


「あいやしばらくっ! わーれーこーそはー!」


 聞き慣れた騒がしい声、振り返ると片手を開いて突き出したミオぴーがいる。彼女は隣に立つアイネに話し掛ける。


「……えぇと、何やっけ?」

「もうえーよ。十分や」

「ええっ!? 取り敢えずこっち向けやアホ女っ!」


 タラブは声の主、ミオぴーを睨む。タウンティングを言葉で発動させたことしか無いミオぴーだが、使いどころは天下一品だ。その隙を突いてソードフィッシュの眼前に魔法の扉が出現する。アイネはこちらを向き頷く。ソードフィッシュは〈フリップゲート〉を通り抜け、仲間達の元へ合流する。アイネはソードフィッシュを見ると顔を曇らせる。


「話は後や。取り敢えず参道区まで逃げんで!」


 そう云うアイネに答えるのはタラブだ。刀を納刀したまま叫ぶ。


「逃げれると思っているのかいっ! 全員ここで終わりだよっ!」


 抜刀したタラブの刀から衝撃波が向かってくる。衝撃波は熱波(、、)となり膨大な熱量が肌を焼く。ミオぴーは衝撃波の前に立ち、受け止める。


(レベル50にも満たない身では自殺行為だ!)


 炎に飲まれるミオぴーの周囲に魔法の膜が見える。炎は全てその膜が吸収していく。


「さっすが親友。作戦通りやなっ!」


 取り敢えず外へ、と云うアイネに従い一行は階段を掛け降り、逃走劇を開始した。

6章はまだ執筆中です。

ようやくソードフィッシュ達の冒険も折り返し地点です。


あと半分、辛抱強く読んでいただければ幸いです。

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