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004 いざ出雲

3章でトラぶってしまったので、4章を早めに投稿することでお詫びとします。

ここから先は、オリジナルの設定が強く入ります。御承知おきください。

設定についての疑問などありましたら感想を頂ければお答えします。

 フシミでの一件の後、〈ストームマウンテン〉へ帰還したソードフィッシュ達は、現在修道院の中にある食堂にいる。女三人集まれば何とやらと云ったものだが、実際は一人だけが五月蝿かった。親友に出会えたことにより、ミノオで出会った頃の何倍も騒がしい。今もアイネに対して何か話している。ソードフィッシュはそんな彼女達とお喋りに花を咲かせるつもりで食堂に来たわけでは無かった。この場にいないもう一人、大地人の少女であるダマに云われたので来た。


(結構時間が経ったが……まだ来ないのか。女子高生の輪に独りきりと云うのは相当に辛いものがあるぞ)


 騒がしく話している二人は、現実世界では女子高生だと云う。対してソードフィッシュは三十路の子持ちである。一回り以上年の離れた女子と話が合うわけが無い。気を紛れさす為に水を飲む。

 ソードフィッシュは食堂を眺める。大きめの会議室程の大きさの部屋には、自分達の他に人はいない。食堂にはあるはずの厨房すら無い部屋は、椅子と机だけがある、ただの部屋に過ぎない。ここが食堂と呼ばれる由縁は、食事をする場所と云うだけである。ここに戻って来て一週間、知ったこととして、大地人は複雑な調理をしないと云うことだった。何を作っても、結果的には無味無臭な固形物が出来るだけとあっては、調理と云う文化も芽生えないのだろう。その為、食堂とは固形物を咀嚼して腹に貯めるだけの場所であり、団欒の場では無かった。

 ただし、悲観することばかりでは無い。果物などの調理をせずに食べられるものは味がちゃんとあるのだ。そればかりは助かった。腹持ちは決して良くないが、今も机の上には蜜柑が置いてある。ソードフィッシュは、蜜柑を剥いて食べる。家族で炬燵を囲み団欒していたことを思い出す。息子は蜜柑が好きで、手足が黄色くなっていた程だ。感傷に耽っているとドアが開いた。ダマは「遅うなりました。堪忍なぁ」と食堂に入ってくる。


「いやいや堪忍、資料に夢中になってまいましたわ」

「全然構わん構わんっ! 気にせんでええよ!」

「そーそー。あーしら何も気にしてへんし」

「おおきになぁ」

「で、用件は何なんだ?」

「はい。実は気になってることがありましてな。フシミの件どす」

「フシミがどうかしたのか?」

「いやぁ、あの村、壊滅しましたやん? それって歴史を紐解いてもあまり無いんですわ。と云うのもですね、村が一つ滅ぶ様な危機的状況には常に〈イズモ騎士団〉が動いてはったから何どす。せやけど……」

「今回は〈イズモ騎士団〉が来なかった……か」

「これも今回の〈森羅変転ワールドフラクション〉が何か関係あるんちゃうかな思いましてな」

「ダマちゃんに掛かれば何でも関係ありそーになりそーやけどな」

「返す言葉もありませんわぁ。そこは愛嬌云うことでお願いしますわぁ」

「〈イズモ騎士団〉って、前に云ってた〈古来種〉云うやつ? めちゃめちゃ強いって話の」

「そうなります。そこで次の目的地何どすけど、〈イズモ騎士団〉所縁の地、〈イズモの街〉へ行こうと思いましてん」


 ソードフィッシュは日本地図を思い起こす。京都から出雲のある島根までは400km程あったように思える。〈セルデシア〉で考えても200kmだ。今までの旅の進み具合で行くと途方もない長旅が予想できた。


「かなり遠いぞ。判っているのか?」

「具体的にどんくらいか良う判らんけど、アタシですらイズモまでは遠いやろなぁ云うんは判るで。ダマ姉やん、歩いて行く気なん?」

「ふふふ。修道院から馬車借りましたんよ? 馬はおらんから手押しでおますけどね」

「あーしメイジやからパス。頑張れ〈武闘家〉」

「いやいやいやっ! おかしいやろ、人力車かっちゅうねんっ!」

「私のマウントで馬を召喚しよう。それを判って云っただろダマ……ただし、マウントには喚び出していられる時間と、再度喚び出すまでの時間に制限がある。2匹の馬を交互に使ったとして1日に進むことが出来る時間は8時間だ。時速10kmとすると、3日もあれば着く」

「馬やるやんっ!」

「しゃーけどそれは、何ごとも無く(、、、、、、)、進められてが前提やろ? 街道を進んだとしてもモンスターに会わんゆーことは無いやろ。それに梅雨やで、道が悪かったら時速10kmも出るか判らん」

「うげぇ……まじかいや」

「アイネの云う通りだ。食料と水は十分積んで行くぞ」

「ほんなら、明日(、、)にでも出発しましょうか」


 にっこりと微笑むダマであった。しかしソードフィッシュは察していた。この出発が遅れるだろうことを。



 翌朝、馬車の用意をしていたソードフィッシュは、ミオぴーに声を掛けられた。


「いやぁ、お父さん。精が出ますなぁ!」

「あっちに行ってろ。鬱陶しい。ところで、ダマの様子は?」

「絶賛引き籠り中やな。また長いんかな?」

「だろうな。相方はどうした? 二人とも暇なら、その辺で修練でもしてろ」


 投げやりに云う台詞に対し「はいはい」と、投げやりな返事をするミオぴー。「はいは一回だ」と小言を添えてやる。ダマは2、3日は出てこないだろう。そう云う子だ。

 馬車は結構な大きさであり、ダマによれば買い出しに使うものの予備と云うことだった。幌もしっかりしていて、梅雨のこの時季にも不便は無さそうだ。車軸は幅広く作られており頑強に見える。ある程度荷物を積んだ馬車をソードフィッシュは押してみた。


(動かないことは無いが、メイジにはキツいな。いざとなったらミオぴーに牽かせるか……)


 結局、ダマが現れたのはその日から4日後だった。「いやいやぁ堪忍なぁ」といつも調子で云う。それから旅の道順について話す。


「取り敢えず北西に進んで海岸線に沿って西を目指しましょかぁ。途中小さい村とかあると思いますし。〈マウンテンシェイド街道〉を真っ直ぐ行くだけの簡単な道らしいですし」

「山陰か」

「日本海側通るって訳やなっ? 須磨より海綺麗なんかな、ソードん知っとる?」

「日本海側は荒れると聞いたことがあるが、よく知らんな」

「むぅ……」

「それにまだ寒いだろう。風邪引くぞ」

「そこは〈冒険者〉的なガッツでやな……」


 そんな会話にダマが不思議そうに云う。ちなみにアイネは一足先に馬車に乗り込み、毛布にくるまって寝ている。


「何で海のこと気にしはるん?」

「え? だって泳ぎたいやん?」

「海でどすか?」

「せやで? ダマ姉やんはそう云うことせんの?」

「うちはしたことあらへんなぁ」

「ええ! 何か勿体ないなぁ」


 ミオぴーが海水浴の醍醐味を話し、それに対してダマが質問する。そんな会話をしている女子達にソードフィッシュが声を掛ける。


「話の続きは旅路でやれば良い。さっさと出発するぞ」


 そう促すと、彼女達は馬車に乗り込む。ソードフィッシュはアイテムを使い馬を召喚するとハーネスに繋ぐ、御者用の椅子に腰を掛け馬を進める。ソードフィッシュは馬車など引いたこともなければ、乗馬すらしたことがない。しかし、〈冒険者〉の補正が効いているのか運行に支障は無さそうだった。



 馬車での旅は順調で、2日目の午後には鳥取まで来ていた。詳しい地図は無いが、〈マウンテンシェイド街道〉沿いに進んでいるだけで迷うことも無い。右手に海を見る。街道と海の間には広大な砂浜が広がっている。天気は珍しく快晴、砂浜も輝くように見える。


「うぉぉ……っ! アタシ、鳥取砂丘初めてやっ! すごいなっ!」

「うちも〈ロンガ砂漠〉は初めて来ますけど、書物での想像を遥かに越える大きさどすなぁ」

「正確には砂漠では無いらしいがな」

「えっ! マジで!? ほんならなんなん?」

「知らん」


 昔、星の砂を誰かから貰ったことをソードフィッシュは思い出す。この〈セルデシア〉にも星の砂はあるのだろうか。確か珊瑚だった気がして、ソードフィッシュは付け加える。「砂浜じゃないか?」それに対し感嘆の声を挙げるミオぴーは興奮気味だ。肩越しに馬車を覗いてみるとその興奮がよく判る。ソードフィッシュは視界に入るアイネを見る。彼女は幌の隙間から外をじっと見ていた。


「アイネ、何を見ているんだ?」

「ん、あー。……何やろーな思て。砂の上に何かあんねん」


 彼女の言葉に全員が砂浜を見る。「ほら、あっこ」とアイネが指差す方を見ると、確かに何かが見える。ただ遠すぎて何かは判らない。「何やろ、行ってみる?」ミオぴーの提案に一同は乗ることにした。

 歩き辛い砂丘を進むに連れて、ソードフィッシュは緊張を覚えるのを感じた。その何かが、人のようにも、モンスターのようにも見える為だ。もっと近付かなければはっきりとしない。と、先頭を歩くアイネが走り出す。「待てっ! モンスターかも知れないっ!」とソードフィッシュか云うがアイネは止まらない。他の仲間と目配せしソードフィッシュ達も慌てて後を追う。



 人が倒れているように見えた。アイネが今走っている理由はそれだけだ。後ろからソードフィッシュが制止を呼び掛ける。しかしアイネは止まるつもりは無かった。人のように見えるものが本当に(、、、)人かは判らない。ただ一つ判ることは、助けられる命は全部助けたいと云うことだ。

 50m程の距離まで近付くと、それは少年のように見えた。年の頃はアイネやミオぴーと同じ位に思えた。少年を見つめると視界の端にパネルが表示される。

 エリュー/〈大地人〉傀儡くぐつレベル20


(傀儡? 何やろーか)


 アイネは倒れている少年の傍まで来て気付く。少年の目が虚空を見つめ続けていることに。呼び掛けようとした声は喉に詰まり、走ってきたことによる鼓動の高鳴りだけが響いていた。


「ちょい、アイネっ! どしたんや急にっ!……ってうわーっ! 死んでるっ!」

「いやー。死んでへんやろコレ。動きもせんけど……」


 アイネはミオぴーの云うところの親友であった。アイネ自身はその時の記憶が無くて申し訳ない気持ちになる。しかし、彼女といると気が楽であり、楽しい気分になれた。そして、落ち込んでいても、悩んでいても、前向きになれるのだ。だからアイネはミオぴーが親友と云うことを疑っていない。今回も思考停止していた自分を引きずり上げてくれた。

 少し遅れて追い付いたのはソードフィッシュで、ダマは歩くのが遅いのか彼方後方にいる。彼は倒れている少年を見つめ。「何だこれは」と云う。それにミオぴーが「死体みたいな人かな」と返す。そんな二人の相手はせずに、少年に声を掛ける。今度はちゃんと発声出来た。


「アンタだいじょーぶか? おーい。聞こえとんか?」

「……だ、れですか?」

「あーしが先に聞いてんねんけど?」

「……判りません」

「んー。まー、だいじょーぶなんちゃう?」

「そうでしょうか……」

「だいじょーぶちゃうヤツはな、そんなしゃべれんからな」


 取り敢えず今すぐ死ぬと云う訳では無いことにアイネは安堵した。どこから来たとか、どうして倒れたか何て云うのは他の面子が勝手にやるだろう。アイネはそう思うと馬車へと戻る。



 一行は行き倒れていた──ミオぴー談──を加え、街道を進んでいた。ソードフィッシュは御者席におり、ミオぴーがその後ろでワゴンの屋根に腰掛けている。ソードフィッシュを見ると、ミオぴーの両足が屋根からぶら下がって見える。

 エリューと云う〈大地人〉の少年は寡黙である。と云うよりは自失状態にあるとダマは感じていた。〈大地人〉でも放浪の旅に出る変わり者はいるが、この少年は放浪の旅をしている感じでは無かった。何かに追われて、〈ロンガ砂漠〉に辿り着き、尽き掛けていたのでは無いかと思う。少年は今は寝ている。中性的な雰囲気を持ち、少し長めのショートカットヘアをした姿は、女性かと錯覚してしまう程だ。

 旅路も大詰め、〈イズモの街〉の近くまで来ている。〈イズモ騎士団〉の件と今回の〈森羅変転〉は少なからず関係があると見ている。思案に耽るダマはアイネの声を聞く。


「ちょい、どしたん? アンタ」


 振り返って見ると、アイネが少年の方を向いて語り掛けている。少年は目を左右に振りながら何かを云っている。ダマは耳を澄ませて彼の言葉を拾う。


「違う……違う、違う違う違う……ごめんなさい……みんな、ごめんなさい」

「エリュー、大丈夫かいな?」

「僕は……違う。そうじゃない」


 ダマは少年が酷く混乱していると感じた。精神に不調をきたしていると見て、少年の傍に立つ、そして不調を取り払う魔法を唱える。〈キュア〉の効果があったのだろう、落ち着きを取り戻した少年はダマに礼を云う。左右に揺れていた瞳も、上手く焦点を合わせられている。


「……すみません」

「かまへんかまへん。今は旅の仲間でおますし、うちらは同じ大地人におます。礼は云わはられてもええけど、謝罪は不要どす」

「確かに、それもそうですね。ありがとうございます、お嬢さん」


 礼を告げる少年は真摯に頭を下げる。ダマの後ろでは「歳云った方がええんちゃうの?」とか「まー、年下に見られて嬉しゅーない女はおらんしなー」等の話しが聞こえる。実年齢アラサーに対して「お嬢」も何もあったものでは無い。その上、一行の中では二番目に年長なのだ。姉的権限を奮っても良いのだが、今回は何も云うまい。年下に見られて嬉しくない女子はいないのだ。


「そろそろイズモに着きますけど、エリューはんはどうされますの?」

「判りません。皆さんは何故イズモに?」

「〈イズモ騎士団〉の行方を探しとりましてな。所縁のある土地なら何か判るんちゃうか思て」


 ダマの回答に苦虫を噛み潰したような表情になるエリューは、気持ちが混乱しないように気を付けているように、ゆっくりと云う。


「〈イズモ騎士団〉なんて、もういませんよ……」

「何か根拠でもありますのん?」

「仲間は殺されたんです……生き残った僕や他の連中も散り散りになってしまったしっ!」

「そーか、アンタもか。あーしも大事な村の全員が殺されたで」

「村の全員がですか?」

「せや。フシミの村は滅んだよ」

「そんな……〈イズモ騎士団〉が機能していればこんなことには、〈イズモ騎士団〉が機能しないからこんなことに……」

「そーやろか、あーしはそんなスーパーマンなんか信用してへんし。フシミの村が壊滅したのかて、あーしが弱かったからやと思とる。そこに〈イズモ騎士団〉がいたら、なんて話はあらへんよ」

「そうですか……すみません」

「まぁまぁ、お互い〈イズモ騎士団〉の不在にはそれなりに思うところはありはるでっしゃろうけど、今は置いときましょ? 一番の目的は〈イズモ騎士団〉の状況に繋がる情報を得ることどす。それを念頭に置いて再度伺いますけど、エリューはんはどうされますの?」

「……僕も何かの役に立つなら、力を貸したい」

「あーしらの中ではエリューが一番弱いけどな」

「えぇっ。そうなんですか?」

「ダマちゃんはレベル40、あーしはレベル57やし、ミオぴーはレベル48、ソードんはレベル90、ほんでアンタはレベル20っちゅーわけや」

「そう云うことになっているんですね。なるほど、確かに僕が一番弱そうだ」

「ほんで、エリューはどーゆー特技を使えるん? その辺よー判らんから教えてーや」

「はい、基本的な刀剣を使ったものは会得しています……ですが……」

「丸腰っちゅー訳か。ちょー待っとき」


 アイネは「ダマちゃん、ちょー頼むわ」と云って揺れる馬車で立ち上がる。梁に捕まりながら前に向かい、ミオぴーの足を右手で退けて顔を出す。退けられた足の主は「ほわぁっ!?」と悲鳴を挙げた。アイネはその足を掌で叩き、落ち着かせる。 アイネは御者席に座るソードフィッシュに何かを話している。アイネを見ていたダマに、エリューが話し掛けてくる。


「君は〈大地人〉なのかい?」

「左様でおます。……よう判りますね(、、、、、、、)?」

「何となくですよ」


ダマは、少年の馬車に寝かせた時にソードフィッシュが仲間達に話していたことを思い出す。『〈大地人〉の職業について全部は知らないが、あの少年の職業〈傀儡〉と云うのは聞いたことが無い。一応警戒はしておこう』〈冒険者〉には、個人のレベルや名前、職業などが判る力がある。ダマ達〈大地人〉には無い力だ。


(エリューはんは何してはったんやろか? 仲間が犠牲になりはった云うてはるけど、何と戦って(、、、、、)はったんや?)


「エリューはんが遭遇したモンスターってどんなんでしたの?」

「見たことがありませんでした」

「ダマちゃんありがとー。エリュー?」


 そう云って近付いて来たアイネは、エリューに物を投げ渡す。短い棒状の細い筒だ。エリューはアイネを見上げて「これは?」と聞く。


「付いて来るにせよ、付いて来うへんにせよ、丸腰やと困るやろ? 〈合口二式あいくちにしき〉ゆーらしい。ソードんから貰ってきた」

「良いんですか? いただいても」

「本人は捨てるのもなんやから持ってただけゆーてたから、えーんちゃう? 後は言伝て。礼はいらないから死なない程度に役立て、やって」

「判りました。必ず、皆さんを守ります」

「やー、やからアンタいっちゃんショボいんやて」


 そう云って頬を掻くアイネ、彼女は人に対してとても優しく振る舞える子である。だからダマは彼女を好きだと思えたし、年下に「ちゃん」付けされても不快に思わなかった。アイネの口調はだらしない、やる気のないものだ。しかし、内容はしっかりと考えられており、利発さを感じる。ミオぴーとは対照的な存在である。


「へぇーーっ、ぷしっ!」


 荷馬車の屋根から聞こえるくしゃみに頬が緩む。まだ夏には早い、風に当たりすぎては体調を崩してしまうこともあり得る。ダマはミオぴーに荷馬車に入るように声を掛ける。アイネが信用して武器を渡した少年に対して少しだけ警戒を解く。ダマは近くの毛布を手繰り寄せて寝転がる。出発前も酷い頭痛で、皆を待たせてしまったことを思い出す。早く回復しなければと思い毛布を頭まで引き寄せ眠った。



 ソードフィッシュ達一行は、日も高い内に〈イズモの街〉へ到着した。今まで滞在した町の中では最も賑わいのある町だ。道を行き交う〈大地人〉はソードフィッシュ達の乗る馬車に興味津々と云った様子である。

 〈イズモの街〉は中々に大きかった。ソードフィッシュはゲーム時代を思い出す。〈イズモの街〉は、ゲーム時代でもかなり初期の段階で登場したエリアだ。その町の構造から、レベル40台での定番レベリングスポットであった。後続のアップデートによって、より美味しい狩り場(、、、、、、、)が登場してからは、非効率的だと云われ、一気に過疎化してしまった。

 この町は大きく分けて3つの区域に別れていて、外側の区域に中側の区域が包括された構造となっている。

 1つ目は商民区と云って一番大きい区域である。この区域では、市場が開かれており、市場を囲うようにして居住地が存在している。〈銀行〉等の施設はこの区域に配置されている。

 2つ目は参道区と云った。参道区には〈イズモオオヤシロ〉を監視するための〈大地人〉による組織の詰め所が多くある。詰め所と詰め所の間には、衛兵の待機塔が存在しており、見渡す限り6本の塔がある。

 そして中心に存在する区画は境内区と云われている。境内区からは戦闘区域扱いとなり、一本道が続く。更に中心に存在する〈イズモオオヤシロ〉を囲うように周囲を回る一本道である。その道を越えた先に〈イズモオオヤシロ〉の入り口がある。

 ソードフィッシュ達の周りには、町の子供達が集まって来ていた。子供達は口々に質問を投げ付けてくる。

「すげぇっ! おっちゃんダセぇ! 何なのその服?」

「おっちゃん〈冒険者〉なのっ!?」

「この馬なんでこんなに大きいの?」

 その声を聞いて馬車の屋根からミオぴーが顔を覗かせる。ミオぴーは子供達を見回し、ソードフィッシュに訊く。

「何でこんな歓迎されとんの?」

「恐らく、随分と冒険者が立ち寄らなかったのだろう。少なくとも現実世界で3年前位にはもう過疎エリアだった気がするからな。こちらの世界では36年ぶりだったりするのかも知れない。この子達が〈冒険者〉を珍しいと思うのも仕方がない」

 子供達の親だろうか、〈大地人〉の大人が、子供達を馬車から離れさせる。その内の一人が頭を下げて云う。

「すみません。騒がしくて……それにしても、〈冒険者〉の方が来るなんてどれ位ぶりでしょうか。立て続けに珍しいことが起こるものです」

「立て続け?」

 〈大地人〉の母親は頭を上げて答える。

「最近、参道区の方が何だか騒がしくて……そんなこと何年も無かったものですから」

(参道区は〈イズモオオヤシロ〉を監視している〈大地人〉の組織がある区域だったな)

 ソードフィッシュは〈イズモの街〉の更に奥、6本の塔を見つめる。衛兵の詰め所として配置された塔は、町の象徴とも云える存在感を出していた。一行は、子供達とその親を後にして宿に向かう。宿の前に着くと、各々が荷馬車から降りてくる。荷馬車の屋根ではミオぴーが周りをキョロキョロと見回している。

「なぁなぁ、出雲大社はどこにあんの?」

 荷馬車の屋根から足をだらしなく下ろした彼女は誰となく訊く。──それに答えられるのはソードフィッシュだけなのだが。

「この世界にはそれは無い。それのようなものはあるが……」

「ええっ!? 何やねんそれ。観光出来ひんやん。萎えるわぁ。萎えるぅ」

「〈イズモオオヤシロ〉と云うダンジョンがそれらしい場所になる。ダンジョンだけどな」

 その言葉を訊いたダマが割って入る。

「それやったら、今回の目的地どすなぁ。せやからミオぴーはん、いけますよ、観光」

 微笑みながら云う彼女に、ミオぴーは「そんなん観光ゆわんやろ……」と、力無く云う。元気の無い親友をアイネが励ます。

「まー、レベル低いモンスターばっかやったら、少しは観光気分味わえるやろ」

「そんなもんかいなぁ……」

 珍しく騒がなくなったミオぴーであった。


 ソードフィッシュ達一行は〈イズモの街〉で一泊した後、参道区に入っていた。参道区は商民区とは違い、〈大地人〉の数は少ない。たまにすれ違う人々は、ピリピリとした雰囲気で、口数も少ない。武装をした〈大地人〉が多い印象だ。

 参道区は境内区を囲うように作られてはいるが、境内区への入り口は1つだけである。その入り口前には武装した〈大地人〉が隊列を成していた。その内の一人がソードフィッシュ達に近付いて来て、話し始める。

「君達は〈冒険者〉のようだね。もしかして昨日の巨大な〈緑小鬼ゴブリン〉を討伐してくれたのは君達かな?」

「巨大な〈緑小鬼〉だと? 知らないな」

「そうか……通常の〈緑小鬼〉であれば、我々も戦うことが出来たのだが、アイツには歯が立たず、膠着状態に陥っていたのだ。ヤツが居なくなった今朝からは、再び士気が上がってね。こちらとしては礼を云いたくて仕方ないのだ」

(私達以外に〈冒険者〉がいるのか?)

「しかし、初めて来たとなるとこの先は〈緑小鬼〉の大量発生によって非常に危険だ。落ち着くまでは近付かない方がいい。いくら〈冒険者〉と云えど多勢に無勢だ」

 男は頭覆うプレートメイルに身を包んでおり、外見は判らない。しかし発せられる声には年を感じる。ソードフィッシュは警告する彼に感謝を述べ続けて云う。

「悪いが心配は無用だ。どうしても危なそうであれば退却してくる。この先に用事があってな」

「そうか、〈冒険者〉を止めることは我々には出来ぬ。もし良かったら、この大量発生の原因を突き止め、解決して欲しいのだが、駄目かね?」

「構わん。どうせこちらの用事とも無関係では無いだろうしな」

 それだけ会話を交わすとソードフィッシュは境内区への入り口を進む。何かに見守られている安心感が辺りから消え去り、代わりに何かに見られている不気味さを感じる。左手に参道区を眺める小道は至るところに戦いの跡が見られた。


(ここは、ゲーム時代は酔狂なプレイヤーによる待ち伏せPKプレイヤーキルが横行していた場所だったな)

 ソードフィッシュは過去の〈イズモの街〉を思い出す。狩りに向かう途中の者であれば準備していたアイテムを奪われ、狩りが終わって帰る者であれば戦利品を奪われる。いつしかここは、〈強奪の回廊〉と呼ばれるようになった。そしてここで死んでしまうと最寄りの街の〈大神殿〉へ送還される。つまり〈ナカスの街〉にである。決して近いとは云えない距離で、ここでPKされるリスクは高かった。PKを行うような悪趣味なプレイヤーが飽きる頃には、このエリア自体に人が寄り付かなくなっていた。


 小道は大きな鳥居を迎える。これが〈イズモオオヤシロ〉の入り口である。ダンジョンとは云え天井が無い為、開放的でありフシミのそれと違い閉塞感は感じない。しかし、ダンジョン特有の空気の重さを感じる。

 一行を出迎えるように、前方から〈緑小鬼〉の一団が歩いてくる。ソードフィッシュは仲間達に警戒を告げ、至近距離戦闘の準備に入る。その横ではアイネが強化魔法を仲間達に掛けていた。アイネの強化魔法が終わるや否や、ミオぴーは飛翔し、突撃する。彼女が好んで使う〈ワイバーンキック〉だ。投石程の速さで当たる彼女の蹴りに〈緑小鬼〉の前衛が怯む。ソードフィッシュも〈ルークスライダー〉で一気に距離を詰め、〈フレアアロー〉を放つ。前衛が呆気なく倒された一団は一気に後退を始める。

 エリューがそれを追いかけ、ヒーラーに切りつける。が、急に足を止めたエリューは急に姿を見せた〈緑小鬼のスカウト〉に背後を刺される。体力が大きく削れる。スカウトは再度攻撃をしかける。振りかぶろうとした姿勢のまま停止するスカウト。アイネの〈アストラルヒュプノ〉によるものだ。ソードフィッシュがエリューの足下を確認すると、茨のようなものが絡まっていた。

(形が違うが〈アストラルバインド〉のような拘束系魔法か)

 眠り呆けているスカウトにミオぴーの拳撃が入り、続く動作で投げ倒す。ソードフィッシュがヒーラーを〈オーブ・オブ・ラーヴア〉で焼いて、最初の戦闘は終わった。


 禍々しい雰囲気の境内は多くの〈緑小鬼〉の棲み処となっていた。〈緑小鬼〉達はゲームの頃とは全く違う高い知能を持っているようにソードフィッシュは感じた。最初の戦闘での拘束系のトラップを利用した背後からの強襲もそうであったし、続く戦闘でも前衛がタウントを行うことで多くの攻撃の機会を失った。

 仲間達にその事を話すも、ミオぴーは初心者だった為、比較元を知らず、アイネは記憶喪失、ダマとエリューはそもそも〈こちら側〉の住人だ。誰の共感も得られなかった。高い知能と云っても、〈冒険者〉程の知能がある訳でない。

(しかし、こんなに統率を取るモンスターだったか?)

 〈緑小鬼〉を倒しながら、ソードフィッシュは考える。今回の一行のフォーメーションは、メインタンクにミオぴー、アタッカーにソードフィッシュとエリュークラウドコントロールとしてアイネ、ヒーラーにダマと云う構成だ。敵のレベルが30付近であった為、〈冒険者〉メンバーはダマに師弟システムを使ってレベルを下げていた。ダマのレベルは徐々に上がっている。しかし、エリューのレベルが一切上がらないことをソードフィッシュは疑問に思っていた。

(エリューよりレベルの高いダマがレベルアップしているのに何故だ? やはり職業が何か影響している?)

 エリュー自体は戦闘に積極的に参加している。決してサボっている訳ではない。にも関わらず、成長をしないと云うことは、システム的な制限でもあるのだろうか。その疑問はアイネも感じたのか、不思議そうにエリューを見つめている。当のエリューは、そのようなことを知るよしもなく役割をこなしていく。エリューを見つめていた視界に敵の増援が見えた。

「警戒っ! 前方に増援だ。一旦下がるぞ」

「アカンっ! 逆からも来とるっ! 挟み撃ちやっ!」

 ミオぴーの声に後ろを振り向く。後ろからも増援が来ている。続いてエリューの声を聞く。

「横の通路に行きましょうっ!」


 一行は横に伸びる通路へ退路をとる。増援自体は勝てないことも無かったが、こちらは全滅出来ないと云う縛りがある。その為、可能な限り安全策を選んで行く必要があった。一行が進んだ先は行き止まりだった。ソードフィッシュは、挟撃の心配が無くなった分、気が楽になった。陰鬱な声を挙げるのは、通路に逃げようと提案したエリューだ。

「行き止まり……す、すみません僕がでしゃばったばかりに……」

「いやいや。あのまま挟撃されとったほーが危険やろ。結果オーライちゃうか?」

「ソウソウ、ここに来れたのはラッキー」

「うぉっ! 何や何やっ!? 誰やっ!」

 突然暗闇から掛かる声に一同は驚いた。見回しても行き止まりである。柵の向こうの林にも人影は無い。すっと動いたのはエリューで、彼は目を閉じ行き止まりを目掛けて投石する。


「痛いっ! オイラ悪いことしてないっ! 酷いヤツ……」

 何もなかったところに姿を見せたのは〈緑小鬼〉だ。涙を流しながら、恨めしそうにエリューを見ている。背丈はダマと同じ位であり、〈緑小鬼〉のような醜悪さ無い。少し癖のあるようなマスコットキャラクターのようだ。ソードフィッシュはその存在に驚く。人語を話す〈緑小鬼〉はゲームの頃にもいた。しかし、涙を流したり、こんなに表情が豊かては無かった。ソードフィッシュはその亜人を見つめる。

 ゴゴル/〈緑小鬼〉〈緑小鬼の暗殺者(ゴブリンアサシン)〉レベル30

(何だこれは……見たこともない表示だ。〈傀儡〉に続いてどうなっているんだ。この世界は私達の知る〈エルダー・テイル〉とは完全に違う。先程の姿を隠していたのは〈クリープシェイド〉か? だとすると先程のエリューの投石は〈心眼〉と云うことか)


 エリューは現れたゴゴルに対し刀を抜き身構えている。ゴゴルは「ちょっと待ってっ! ちょっと待ってっ!」と慌てている。他の仲間は状況が飲み込めないといった様子だ。ソードフィッシュは慌てるゴゴルに話し掛ける。

「お前は何だ? 何故人語を話す」

「お、オイラはゴゴルっ! 人語云うの良く判らない。でもオイラは、急に賢くなったっ! キミタチを助けてあげる」

「助けるだと? 何の為にだ」

 そう問うとゴゴルは真面目な顔で話し始める。本当に表情が豊かだとソードフィッシュは思った。

「オイラ、急に賢くなった。何でかも判る。アイツ(、、、)がここに来てから。オイラ、世界を見てみたくなった。仲間、皆賢くなったけど、オイラより賢くない。何でオイラ達はここにいるのか不思議に思った。何でオイラ皆と違うのか気になった。でも外に出た事ない。けどキミタチ外から来た。それなら付いて行けば良い。その手伝い。恩を売る」

 舌足らずな話し方ではあったが、そこに意思は感じられた。恩を売るとは大胆なヤツだとソードフィッシュは感心した。


(何かのクエストか? しかしエリューと云う不思議な存在がいる上、これ以上は厄介ごとを増やしたくないな)

 ソードフィッシュが支援を断ろうとする。

「えー心がけやなゴゴルっ! よっしゃ、あーしらが外まで連れてったろ。えーよなー?」

「もちろんやっ! 困ってるもんがいたら助けるやろ普通っ!」

「いやぁ、〈緑小鬼〉について詳しくなる機会どすなぁ」

「この道を選んだのは僕です。口出しはしません」

 乗り気になった女子を覆すことなど、覆水を盆に返すようなものだ。ソードフィッシュは気後れしつつも云う。

「きっちり働かなかったら承知しないぞ」

 ゴゴルは跳んで跳ねて喜びを表現する。その表情は子供が初めて自転車に乗れた時のように、これから先に期待する気持ちが表れていた。


「ありがとうっ! ありがとうっ! オイラ、頑張る」

「まず聞きたいことがある。さっき云っていたアイツ(、、、)とは何者だ」

「猫人族の女、アイツ怖いヤツ。仲間何人も戦ったけど負けた。今はオイラ達のリーダー」

「それはあれどすなぁ。〈冒険者〉どすな。滅んだ種族は〈冒険者〉しかおりません。せやけど、なしてその人が元凶やと?」

「アイツ、ここ来てから、オイラ賢くなった。同じ頃。ただそれだけ……」

「無関係、とは言い切れないな。そいつに会って確かめよう」

「そんなの危険ですよっ!」

 割って入ったのはエリューだ。その顔は真剣そのもので、必死さが伝わってくる。注目を浴びたエリューは少し声のトーンを落として続ける。

「そんな危険な所に行く必要無いじゃないですか」

「しかし、〈イズモ騎士団〉に繋がる何かが判るかもしれない」

「でもっ!」

「エリュー、アンタ自分でゆーたやん。口出さんて。自分で立てた誓いは守りーや」

「誓い……そう、でした。すみません」

「まぁ危ないと判断したら即退却だ。何とかなるだろう」

「判りました。出すぎた真似をしました」

「まー、そんな気ーはりなって」

 こうして一行に新しい同行者が加わる。人間では無いが、人間以上に表情豊かな亜人種を。そして一行は猫人族の女がいると云う道への近道をゴゴルから教わり、更に先へと進む。



 少年は走っていた。風のように大地を駆けていた過去は遠い昔、今は転び這いずり虫のように進む。勇猛果敢に前に進んで行った仲間達、彼らの断末魔が辺りに響く。長い時間を共に過ごした盟友達は、呆気なく無力化されていった。少年の目の前で男が崩れ落ちた時、警鐘が頭に響いた。一刻も早くその場から離れなければならないと。数人の仲間達も退却を提案し逃げ出す者が多かった。彼らは自らの責務と約束を放棄したのだ。

 空間に響き渡る敵の声と、まだ戦っている仲間の声が聞こえる。


『拍子抜けだねぇ。只の人形に期待した自分に笑えるよ。壊れたらお仕舞いなお前らは本当、人形さ』

『違うっ! 我々は神に選ばれし騎士だっ! 化け物めっ!』

『神に選ばれただぁ? それはつまりこう云うことさ。お前らの行動は、誰かに用意されたもの(、、、、、、、、、、)なんだよっ! 作り物が英雄を気取るなんざ、笑い話にもならないねぇ』

『神の意思だっ! それ従うことは間違ってはいないっ!』

『話も飽きたねぇ。じゃあお前らの云う神の力ってのを見せてやろうじゃないかっ!』


 少年は仲間の声が途絶えた事に気付く。周囲に仲間達はいない。情けないことに武器は投げ出して逃げてきた。その時、少年は確かに聞いた。〈セルデシア〉が少年に対して見限る言葉を、哀れみの言葉と共に。



 アイネ達一行はゴゴルの案内の元、社を進んでいた。大きな社で広間もかなりの規模だ。〈ストームマウンテン〉の修道院より大きい建物かも知れないと感じる。元々は豪華な装飾などがされていた痕跡を残す壁を見る。あらゆる場所に爪痕や切り傷が入っていた。アイネはその傷の1つを指でなぞる。そして、手にした杖で壁を殴り付けた。乾いた音と共に壁が崩れる。

(傷の部分とそーや無い部分で風化の具合がちゃうな……今付けた傷とゆーほど変わらん色見か。最近出来た傷っちゅーことか?)


「アイネーっ! 何してんの? 行くでー」

 アイネはミオぴーに返事をすると、壁から離れた。仲間達はゴゴルを先頭に進んでいる。ゴゴルは意外に役に立つ。それがアイネの評価だった。〈緑小鬼の暗殺者(ゴブリンアサシン)〉の特技に〈隠遁〉状態になるものがあり、これが〈冒険者〉のものに比べて性能が高い。通常、〈隠遁〉状態は使用者よりレベルの大きく離れた敵には見破られてしまう。けれどゴゴルの使うものはその制限が無いようだった。その特技を活かそうと斥候役を買って出たのである。

 ゴゴルに続いてミオぴーが進む。〈冒険者〉であるアイネ達には、ゴゴルの位置が判る。けれど、〈大地人〉であるダマにはゴゴルの姿は見えないらしい。エリューはソードフィッシュ曰く〈心眼〉で見えているらしい。エリューはアイネと同じく壁の傷跡を観察しながら進んでいる。

 奥に進むに連れて、壁の傷は少なくなっていった。何かしらの戦闘は、先程の広間が一番激しかったのだろう。あの傷は〈緑小鬼〉と猫人族の女の戦いの跡なのだろうとアイネは思った。


 外から見た社全景からこの建物が2階建てであることは判っていた。1階部分の広間には猫人族の女はいなかったことから、2階にその人物はいる。階段の手前でソードフィッシュは一行に声を掛ける。

「相手のレベルが70を越えているなら退却だ。殿しんがりは私がする」


 2階の広間に入ると、アイネは目眩と頭痛に襲われた。ソードフィッシュを見ると彼もまた眉間に皺を寄せている。ダマに至っては手で頭を押さえている程だ。ダマは苦しそうな声で云う。

「うう……エーテルを強引に奪うような感覚が来とります。前方の方から」

 ダマの指差した方を見ると人影があった。猫背の細い体つきである。

 〈強奪の典災〉タラブ、レベル40

 タラブはこちらに気付き、首を回す。猫人族と云うよりライカンスロープのような姿である。


(レベル70以下。退却は無しゆーことやな)

 アイネは強化魔法を仲間達に唱えて行く。その間もタラブからは目を離さない。表示された括弧付きの部分が気になって仕方ない為だ。滑るような動作で体をこちらに向けたタラブは、かすれ気味のハスキーな声で云う。

「迷い込んだかねぇ? ……ほう、面白い組み合わせだねぇお前ら」

 友好的ではない、どこか卑下したような物言いだ。タラブはその場から動かない。アイネは強化魔法を次々と重ねていく。横に立つソードフィッシュも、近接戦闘の準備に入っていた。

「もう準備は出来た(、、、、、、)のかい? 何をしたってお前らの共感子エンパシオムは、奪い取られるのにねぇ。それにしても、人形を連れて歩くのが趣味なのかい? どうなのさ、ニ・ン・ゲ・ン」


(わざわざ待っとってくれたっちゅーんか。余裕シャキシャキやな)

 アイネの準備は整った。彼女は仲間達を見る。ソードフィッシュも問題なさそうだ。ミオぴーもサムズアップを返す。ゴゴルも隠遁状態に入っている。ダマとエリューの様子がおかしい。ダマは苦しそうに顔を歪め、エリューの方は固く目をとじている。

「どーした? 二人とも」

 そこにタラブの嘲りが割って入る。

「人形さんには止まっていて貰おうかねぇ。……今頃、アイデンティティの消失に犯されているだろうさ!」

「アンタ一体何をっ!」

「教えてやったんだ。人形って事をねぇ! だってそうだろう? システムに寄生した虫けらなんだからさぁ。それに……」

 タラブの言葉は最後まで発せられない。ミオぴーが電光石火で繰り出す〈ワイバーンキック〉はタラブを大きく吹き飛ばす。ミオぴーは着地するとタラブが飛んでいった方へ叫ぶ。

「何訳判らんこと云っとんじゃぁっ!」

 タラブを吹き飛ばしたことを切っ掛けに、ダマが拘束から逃れる。頭を抑えつつも前を向く。その目に敗北の色は無かった。ダマは手に持った杖を強く握り云う。

「……堪忍堪忍。えらい魔法みたいでしたわ。おおきに、助かりました」

「へぇ? こいつは上等じゃないかっ! 人形に興味は無かったが、お前の〈共感子〉には興味が出てきたねぇ!」

 タラブは片腕を地面に付き、起き上がりながら云う。獅子のたてがみのように長い毛を逆立てながら。一足でミオぴーを通り越しダマへ向かおうとする。

「待てやっ! まずアタシが遊んだるっちゅうねん」

 ミオぴーの挑発に、急ブレーキを掛けたように止まったタラブは首だけで振り返ると、面倒臭そうに云う。

「遊んで貰うの間違いだろう? そう、私は遊んで(、、、)やってんだよ。……ッ!?」

 そう告げるタラブの腹部から刃の先端が現れる。〈隠遁〉状態でのみ発動可能な〈暗殺者〉の特技は、どれもダメージ性能が高い。タラブのヘイトは瞬間的にゴゴルに向く。アイネはタラブが背後に振り返る前に、〈ソーンバインドホステージ〉を詠唱、〈ヘイスト〉で加速したゴゴルの下がり際の一手に追撃を乗せる。

「オイラ、お役立ち」

猪口才ちょこざいなっ!」

 タラブが薙ぎ払う爪の一撃を、ゴゴルはバックステップで交わす。そのままゴゴルは〈隠遁〉状態になって消えていく。

(身軽なやっちゃなー……それにしても、あんま強ないなこのタラブゆーん)

 そこにミオぴーの正拳が当たり追撃が乗る。タラブはミオぴーにカウンターの爪を振るう。攻撃を受けたミオぴーの体は薄緑の光に包まれる。〈リアクティブヒール〉による回復の印である。その光が消えない内に、別の光が追加される。ダマが〈ヒール〉を唱えたのだ。ダマは魔法を使うタイミングが上手いとアイネは思う。インスタントヒールの乱発をしないことも大きいだろう。

 その時、乾いた破裂音が響き、タラブに雷の魔法が炸裂した。タラブの体から煙が上がる。タラブはそれらの攻撃をいなすことを辞め、棒立ちのまま話し始める。

「ふん……やはり、遊びすぎたかねぇ。それで死んだら笑えない。旧システムの演者らに、新しいスクリプトを見せてやろうじゃないか」

 そう云うとタラブは倒れ込む。体はガラス片へと代わり上空へと昇る。

(まだ体力は残ってたはずや……何したんやコイツ。自殺?)

「自殺スクリプトとは、新しいな」

「えっ! 死んだん!?」


 アイネは仲間達の会話には参加せず、タラブの体から飛散したガラス片を見つめる。上空へと登り、霧散するはずのそれは、中空で留まっているように見えた。そしてそのガラス片が、人の形を成していく。アイネは悪寒を感じ仲間に警告する。

「なー。まだ終わってへん見たいやで? 見てみ」

 アイネが指差す頃には、タラブであったそれは、女の姿をしていた。猫人族では無く、人間のような姿である。身に付けた鎧は豪奢な作りで、外見からも魔法の力を感じられた。そしてアイネは激しい頭痛に襲われる。脈を打つように一定の鈍痛だ。頭痛で意識が朦朧とする中でタラブの声は、先程と変わらない声音で響いた。

「旧システムじゃあ、こう呼ぶんだったかねぇ? 〈全界十三騎士団(、、、、、、、)〉ってさぁ」

 緊張を孕む静寂の中で、エリューの震える声が響く。

「〈イズモ騎士団〉……」

「さぁさぁ。お遊びの続きをやろうかねぇ」


 大地の守り手が牙を向ける時、世界は確かに変転していた。


出雲をデザインさせて頂きました。

また作中に出てくるオリジナルの組織との絡みは中々情報が少ない中だと手さぐりなので、不安であります。今回の展開に少しでもわくわくしていただければ幸いです。

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