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002 引きこもりの大地人

 ミオぴーは犬から逃げるべく走っていた。昨日、街路を走っていた時は何て速いのだろうかと感動もした。

 しかし、もっと速く走らなければ後ろの犬に追い付かれてしまう。獣道の木々を時にかわし、時に折った。十六分のリズムをアップテンポで刻む。落ち葉を踏み付け、砂利を弾く。息はあがり、体力の消耗を感じる。リズミカルに刻んでいた大地を蹴るステップは急停止する。


「あ痛っ!」


 何かに躓き、前のめりに倒れる。足元を見ると大きく隆起した木の根が見えた。視線を上げると、そこには飛び掛かってくる犬。

 次の瞬間、軽い痛みが走る。視界の隅では自身の名前の下のバーが半分くらいに減っていた。


(ちょい、ちょいちょいちょいっ! これアレちゃうんっ!? 体力的なヤツちゃうんっ!)


 体力ゲージが半分になったからなのか、体に物凄い疲労感を感じる。全力で短距離走をした時の様な息切れも起きる。胸の鼓動は足早に響き、余裕はなくなっている。襲い来る目の前の犬は見逃してくれそうにない。このままではじり貧だ。


(あーもうっ! やったるわっ! やったるっ! やるしかないんやろっ!)


 そう決めて立ち上がる。両の拳を一度大きくぶつけて気合いを入れと、次に空手の構えを取り、正眼に犬を見据えた。すると、一匹の後ろからのそりと別の犬が顔を覗かせる。


「って、もう一匹おるんかいっ!」


 飛びかかるもう一匹が爪を立てる。また体力ゲージが減る。色は赤色に変化した。体は非常に重く感じ、視界も掠れる。他チームとの抗争でも感じたことの無い敗北感が押し寄せて来た。


(何やこれ、ヤバい感じがするで……この体力ゲージ無くなったら死んでまうんちゃうん。どうすればいいんや……)


じりじりと距離をつめてくる犬を睨み考える。しかし、頭が上手く回らない。嫌な妄想が脳裏にふとよぎった。


「ヒールっ!!」


 その一声で、押し寄せて来ていた敗北感が消え去った。体は暖かな風に包まれ、優しさを感じる光がミオぴーを包んだ。体力ゲージは緑色の満タンに戻り、疲労感も吹き飛んだ。

 声のあった方向を見やると、そこには修道女姿の少女がいた。

 彼女を目掛け、二匹の犬が飛びかかる。その間に割って入る様に飛ぶ。すると、体が自然と犬を目掛けて飛び蹴りの形をとり、そのまま蹴り飛ばす。

 視界の下の方にあるアイコンが明滅し、カウントダウンしているのが見えた。


「ひぃっ!」


 蹴り飛ばした一匹はガラス片となって霧散したが、もう一匹が少女に噛み付く。そちらに向かってもう一度飛び蹴りを行おうとしたが、体は先程の動きをしない。アイコンはまだ点滅したままだ。それならば、と拳を突き出そうとしたその時であった。

 少女に噛み付いていた犬に無数の火の矢が飛びかかる。すぐそばのこちらまで熱が伝わるその炎は、瞬く間に対象を焼き尽くす。間も無くして犬はガラス片へと換わった。振り向くとソードんが不機嫌そうな顔でこちらを見ていた。



 ミオぴーの体力はパーティー表示で確認していた。途中で赤ゲージに差し掛かった時には不安がよぎった。直ぐに回復したところを見て、何者かの介入があったことを知る。

 彼女に追い付いた時には、その介入者に魔手が延びていた。事情を聞くためにも被害が出ないように、ゲーム時代から数えても久しく使っていなかった遠距離魔法を選択し、唱えた。呆気なく消し炭に変わったレッサーウルフは気にせず、二人を見る。

 一人は満身創痍で、気まずい顔をしたミオぴーと、もう一人は修道服を着た小学生程の背丈の少女だ。茶色で艶のある髪は腰まである。髪の間から長い耳が見えており、彼女が〈エルフ族〉であることが判る。見つめているとパネルが表示される。


──ダマ/〈大地人〉 施術神官(クレリック)レベル10


(〈大地人〉だと? 何者だこの子は)


 〈大地人〉はNPC(エヌピーシー)であり、プレーヤー職業に就いたことなどゲーム時代には特別なクエストに登場するものや、〈古来種〉(こらいしゅ)と呼ばれる例外を除けば存在しなかった。


(この少女は〈古来種〉なのか? いや、〈古来種〉であれば、ステータス表記上も〈古来種〉として表示されたはずだ。何度かクエストでも見た記憶もあるしな)


 ダマと云う少女はこちらに向かって会釈をすると、舞子さんのような京なまりで話始める。


「いやぁ、危ないところを助けてもらいまして、おおきに。うちはダマいいますのん。

 ここから東、〈ストームマウンテン〉にある修道院に世話なってる修道女でおます」


 ストームマウンテンは、現実世界で云うところの京都、嵐山である。箕面から向かう場合は能勢方面から亀岡まで出た後、トロッコで嵐山を目指すルートが風情があって良い。

 嵐山の紅葉を思い出しつつ彼女に相づちを打つ。〈エルダー・テイル〉からはどうやって行っただろうか、〈都市間トランスポートゲート〉を使うばかりであった為、都市間の街道には少々疎い。


「それにしても、どないな理由でこない何もあらへん森に、いはったんですか?」

「ちょっと訓練に来ていたところだ。それよりも、こちらも連れが世話をかけさせてしまったようで、申し訳ない」


 ミオぴーを一瞥した後、頭を下げる。ダマは「気にしはらんでええですよ」と、手を顔の前で横に降る。そこにもう一つの声が交ざる。


「いや、ほんまっ! 助かったわっ! お嬢ちゃん来んかったらて思たら、怖あてしゃあないわ」


 ミオぴーは「おおきにおおきに」と、ダマの手を掴み何度もシェイクする。その度に〈大地人〉であるダマの体が前後上下と揺さ振られていく。「お嬢ちゃん、アタシより小さいのにメッチャすごいなぁっ!」と、ミオぴーは止まらない。

 次第にダマは青白く表情を変え、目を回し始めた。ソードフィッシュはそれを見てミオぴーの腕を掴み、無自覚なシェイクマシーンを強制停止する。


「ちょっと待て。それ以上やると殺しかねん。……見ろ、泡を噴いている」

 顔面蒼白にしたダマは、咳き込みながら告げる。

「いやいや、〈大地人〉のお仲間やと思いましてん。うちらは〈冒険者〉はんとちごて、死んでまいましたらそれで終わりでっしゃろ。そしたら〈冒険者〉さんでいはったとは思わんで、邪魔してまいましたなぁ」

「邪魔やなんて思わへんてっ! ほんま助かったんやから。こんなん全然やったことないし、よう判らんしっ!」


 再び手を握りに行こうとするミオぴーを制し、ダマに話しかける。


「ダマさんはストームマウンテンからどうしてここに来たんだ? 〈ミノオの街〉は……〈冒険者〉の私が云うのも何だが、何も無いだろうに」


 ダマは云おうか云わまいか考えている様子で、あーだのうーだの呻く。その様子を見守っていると、決心が着いたのだろう。「実は……」と話しを始める。


「実はですね、探し人がおりましてな? 書籍によると〈ミノオの街〉にいはるらしいんどす。その方にお会いして、うちのお手伝いしてもらおう思いましてん」

「探し人か。〈ミノオの街〉には重要な立場の〈大地人〉は居なかったと記憶しているが……」

「あぁ、ちゃいますちゃいます。その方は、〈冒険者〉でいらはるんです」


(〈大地人〉が自ら〈冒険者〉を探す旅をしている?

 〈大地人〉は、〈冒険者〉にクエストを与えるが、それは常に〈冒険者〉側からの発信であるはずだ。自発的な彼女の行動が意味するところは何だ?)


「そんなんよりさ。お嬢ちゃん小さいのに一人旅? めっちゃ偉いやん、てか危ないやんっ!」

「ほほほ、お嬢ちゃん云いはりましても、うち今年で28数えますんよ?」

「……んなアホな!?」


 衝撃的な少女(?)の発言により、思考が一瞬吹き飛ぶ。ミオぴーに至っては「何なん何なん何なんっ! 〈大地人〉って何なんっ!」と怯えながら呟いている。ニコニコと微笑むダマに聞き返す。


「流石にそれは冗談だろう? 無理がある。見た目もうちの息子とさして変わらないし、流石に無理がある」

「あらぁ、息子さんがいはるんですね? せやけど、うちは正真正銘大人におますよ。普通やないのは重々承知してます。これは呪い(、、)みたいなもんですから」

呪い(、、)だと?」

「一度、10才の頃に死にかけましてな。兄の……そう、兄がおるんですけど、その兄が紛い物の魔法でうちの魂を強引に戻しましてん。

 そっからですわ、肉体と〈エーテル〉の境界が曖昧になりましてな。成長が上手いかんようになりましてん」

「その兄と云うのは〈大地人〉なのか?」

「左様でおます」


(他の〈大地人〉も魔法を使えると云うのか。この世界は〈エルダー・テイル〉ではあるが、私のプレイしていた世界とは歴史が大きく異なるのかもしれない)


その二人のやり取りに割って入るのはミオぴーだ。ミオぴーには珍しく、難しそうな顔をしている。


「あんさぁ。何かやたら〈大地人〉が魔法使うんを気にしてるみたいやけど、何でなん? ゆうてみ? ゆうてみ~?」

「君は知らないだろうが、〈大地人〉ってのはNP……私たち〈冒険者〉とは違って、〈冒険者〉のような職に付くことは一般的ではなかったんだ。彼らの仕事は、売買や修理、クエストの発注ばかりだったからな。

 もちろん、〈古来種〉と云う例外は存在したが……」

「コライシュ……? 何それ?」

「〈古来種〉云いますんは、このヤマトにおいては神話、神代の頃からヤマトの大地を守ってはる英雄のことでおます。その力は〈冒険者〉の方々のをしのぐ程、と云いますね。

 せやけど〈冒険者〉はん、うちは〈古来種〉ちゃいますの。れっきとした〈大地人〉でおますよ」

「君が〈大地人〉であることは既に確信している」

「でっしゃろね」

「ほっかぁ、やったら何でお嬢……お姉やんは魔法が使えるんよ?」

「うん、まず云わしてもらいますと、前提から間違ごうてはります。そちらのお兄はんの云いはった事ですけど。〈大地人〉も魔法は使えるんでおます。

 せやけどそれは、〈冒険者〉の方々が数日でマスターされはるもんが、我々やと知識を集め、修練を重ねで数年掛かると云うだけなんでおます」


(確かに私たち〈冒険者〉はレベルが上がれば、知識も何も必要なく魔法や特技を覚えていく。これはゲームシステムの話にしか過ぎない。ただ、彼ら〈大地人〉から見れば異質な存在だったに違いない)


「加えて、〈大地人〉には魔法に対して熱心なもんが僅かしかいません。さらに加えると、その僅かなもんは年中引きこもって研究に没頭してますから、お目にかかることもなかったんでっしゃろう」

 そこまで云うと、ダマは結論付ける。

「つまり、〈大地人〉も魔法は使えるんどす」


(なるほど。引きこもっていると云う設定であれば、知らない理由にもなる。ただし、一つ疑問が残るな)


「では、引きこもっていた貴女達が出てきた理由は何だ?」


 その質問に対し、ダマはとても興味深そうにこちらを見つめる。そして、何かに没頭する研究者特有の邪気の無い笑みを浮かべたのだった。


「〈世界級魔法〉。云うのがありましてな? 細かい話は飛ばさせて貰いますけど、それの調査みたいなもんでおますな」

「全く理由としては理解できない。魔法が何だって?」

「流石に〈冒険者〉はんでも、知らはらへんですか。ほな簡単に云いますと、最近の話なんでおますけどね。世界に対して並々ならぬ変化を及ぼす魔法が発動した様に思えますんよ。少なくとも、引きこもりのお仲間はそう感じているはずどす」


(世界的な変化だと? 私たちがこの世界に閉じ込められた事と何か関係が? そしてそれを察知出来た〈大地人〉がいると云うことか)


「その変化だが、いつ頃の話かしてもらっても?」

「かまいまへん。最近、云いました通りやけど、3日前の午後9時頃でっしゃろか」


(私が目を覚まして〈ミノオの街〉に辿り着いてから、まだ2日しか経っていないはずだ…… 3日前から変化は始まっていた? それとも只の偶然か?)


 次の質問を、と考えていると、横から声が掛かる。ミオぴーである。


「ソードん今あれやろ? このお嬢ちゃんの話が何か関係あるんちゃうか思ってんやろー。アタシも考えたわそれ~。やけどなやけどな!? ずばりちゃうと思うんやなぁ!」

「へえ。そうか」

「みじか! てか薄っ! 反応薄っ!?」

「少し考えさせろ。五月蝿い」

「いやいやまぁまぁ! 聞いてえなあ~!

 アタシが〈エルダー・テイル〉始めたんは2日前や。3日前云うたら〈エルダー・テイル〉のダウンロードしてたんやから間違いないで! ずはり関係あらへんやろ」

「ああ、そうだな。で?」

「ん? 何が?」


 きょとんと聞き返すミオぴー。それを無視することに決めたソードフィッシュは思考を再開させる。しかし、何も思い付くことが無いまま暫く経った。その時、控え目に声を挙げたのはダマであった。


「あのぅ。ソード云いはるんですか? 〈冒険者〉のお兄はんは」


(あぁ。私としたことが自己紹介もろくにしていなかったか。〈大地人〉と云えども不粋な真似は良くないだろう)


「すまない。紹介が遅れていた。私はソードんでは無く、ソードフィッシュと云う。こっちの五月蝿いのはミオぴーだ。変な名前だが気にしないでくれ」

「変云うなやアホ!」


 騒ぐミオぴーとは違い、目を見開くダマ。思いがけない拾い物、例えば100万円を道端で拾えば、あんな顔になるのかも知れない。そのダマが一句一句念を押すように話し掛けてくる。


「ほんなら、あなたはんが60年前に表れたとされているソードフィッシュはんであられはんの?」


 その質問の意味は解らなかった。ソードフィッシュはそもそも三十路である。そしてネットゲームとの出会いは15年前であったし、〈エルダー・テイル〉を始めたのも8年前程である。こちらの返事を期待する様に見るダマを手で制し、


「いや、人違いだろう。俺はそんな年では無いし、そんな有名になる様な人間では無い」

「えっ!? ソードんめっちゃじじいやったん! それでゲーマーてどんなけ……」


 その回答に眉を寄せただけのダマは質問を変える。


「ほんならもう一つ、質問を変えますわ。〈魔剣士〉ソードフィッシュはあんさんであられますか?」

「何や何や、〈魔剣士〉って何や?」

「何で〈大地人〉である貴女が、そんなことを知っている?」

「そんな睨まれんでもええやないどすか。熱心な引きこもりの〈大地人〉なら、知っててもおかしない話ですよ」

「なぁ! ソードん。〈魔剣士〉って何~?」


(確かにクエスト中の〈大地人〉の中には、こちらのサブ職業によって微妙にテキストを変えるスクリプトのものもいた記憶があるな。しかし、熱心な引きこもりの〈大地人〉とは何者だ。クエスト関係の〈大地人〉か?)


「その熱心な引きこもりの〈大地人〉とやらは、何者なんだ?」

「先に質問してるんは、うちどす」

「いや、しか……」

うちどす(、、、、)


 ダマはにこりと目を細めて同じことしか云わない覚悟の様子だ。こんなところで、京女の凄みを感じるとは驚いた。ソードフィッシュは観念して告げる。


「私は確かに、〈魔剣士〉と呼ばれても良い存在だろうな。……いや、そうなんだろう」

「ほん! 書籍やと〈ミノオの街〉に住まうしか書いてあらへんし難儀する思ておったんですけど、ほんまラッキーでおますわ! 幸先よろしいですわあ」


 手を目の前で組み、その格好に似合う礼拝の仕草を取りながらダマは云う。その横では先程から無視していたミオぴーが落ち込むこと無く、「何や! ええことあったん! 良かったやんお嬢ちゃん!」などと騒いでいる。そんな喜ぶ彼女にソードフィッシュは冷静に語りかける。


「云った通りになるが、貴女の探し人で無いことに変わりは無いぞ。私は60には程遠い」

「いや、間違いあらしませんよって。伝記にも〈魔剣士〉が登場したのは1度きり、それ以降はうちらも知りませんし。そんなことをうちらが残さへん訳がありませんから」

「そのうちら(、、、)って云うのを、そろそろ教えてもらえるか?」


 そう云うと、ダマはにたりと笑い組んでいた手を揉み手の様に変える。そして「ほな云いますと」と続ける。


「〈ミラルレイク〉云いますの」


 その単語には聞き覚えがあった。〈エルダー・テイル〉がゲームであった頃から、クエストの中核要素として用意されていた〈大地人〉の賢者たちの組織だ。

 しかし、組織と云ってもゲームシナリオ的なものであり、構成数は公式にも乗っていない。

こちらの様子を伺う様に見つめたダマは続ける。


「その様子やと、ご存じ見たいどすね。うちらのことについて」

「確か、ジェレドと云ったか……」

「ああ。それは先代の長でおますね。今は別のもんになってはりますけど」

「何故、今になって〈ミラルレイク〉か表立って活動をしているんだ?」

「〈ミラルレイク〉と云いましても、うちはもう出奔した身でおりましてな。仲間やった人らが、今何してはるんかは解りませんのや。

 せやけど、〈ミラルレイク〉の出身のもんでしたら、3日前の出来事に何かしら思うところがありはるんとちゃうかな」


 そう云うと複雑そうな顔でダマは云う。


(出奔……? 何やら訳有りなのだろうか。〈ストームマウンテン〉の寺院から来たと行っていたしな。しかも〈ミラルレイク〉の長が変わっていると云うのは……)


「なあなあ、まだ話長いん?」


 そう声を挙げたのはミオぴーだ。ゲーム初心者である彼女は勿論、〈ミラルレイク〉のことは知らないだろうし、つまらなそうにしている。


「時間、結構経ってんやけど」


 そう云われ空を見上げると日も沈み始めていた。空にはゲーム中によくみあげた月がみえる。


(月には確かテストサーバーがあると云う設定だったか…… 空をこんなにまじまじと見た記憶もあまり無いな。この世界では。ん? 何で見た記憶があまり無いのだろうか?)


「もう結構な時間、話してたで?」


(時間…… ゲームの頃は昼夜の移り変わりなんて真新しいものではなかった。

 それは何故だ?

 そうか、時間が進むのがはやかったのだ。

 どれくらい?

 確か、12倍速だ。

 いやまて、1年が12年だとすると、2年で24年、4年で48年、5年では60年?

 5年前と云うと私が〈エルダー・テイル〉で、〈魔剣士〉の〈アチーブメント〉を取得した頃だ。よく覚えている。

 つまり12倍速でこの世界の歴史は回っている? 今はわからないが、少くともこれまではそうだった。とすれば、3日前と云うのは?

 1日は2時間と考えると、2時間気を失えば1日が経過する。目覚めるまでのどの間にこの世界に誘われたのかは不明だが、そう考えると3日というのもの可能性としてはありうるのか? そうであれば……)


「3日前に何が起きたと、〈ミラルレイク〉は解釈しているんだ」

 ソードフィッシュがダマに向かい尋ねると、彼女は答える。

「〈森羅変転ワールド・フラクション〉。〈ミラルレイク〉ではそう呼んでおます」


 その言葉は、長年〈エルダー・テイル〉をプレイして蓄積された記憶の中にあっても、見当たらないものだった。その言葉について深堀をする。


「それは一体なんなんだ?」

「〈世界級魔法〉とされるものどす」

「具体的には何が起きたんだ」

「知りまへん」

「何故3日前に、それが起きたと解るんだ」

「〈年輪の書〉に書かれとりました過去の内容と、酷似しておりましたんで」

「過去だと? 過去にもそれは起きたと云うのか? 聞いたことがないぞ」

「今回のものが、何をもたらしたのかは解りません。せやけど、過去の〈森羅変転〉やと……

 ゴブリン族が現れるようになったり、今までと違う大きな変化が、世界に対して行われて来たんどす。うちらはそう云った節目の様なものを、〈世界級魔法〉、〈森羅変転〉として記録しておるんどす」


(世界の大幅な変化? 急激な変化を指す言葉か。そしてそれが、3日前にも起きた。つまり、〈森羅変転〉とは拡張パックの導入? つまり、今回の件は……)


「ノウアスフィアの開墾か……」


 見上げたテストサーバーは沈みかけた夕日の照り返しで桃色に見えた。口にした言葉は空に溶け、遥か先、月へと届いたように感じた。誰が、何のために、どうやって、そんな呼び掛けが月へ昇っては消えていく。

 月はその呼び掛けに答えるはずもなく、だだその色を白く、青く、変化するだけだった。



 その日は、ダマと呼ばれるお嬢ちゃん、もといお姉さんと出会い、ソードんと彼女の何だかよくわからない難しい話をした後、〈ミノオの街〉の家に戻った。家に戻ってからも、彼らは〈森羅変転〉とやらの話をし、以前に発生したその事についても話をしていた。

 話は小一時間程で終わり、今はテーブルを囲んでの話し合いに変わっている。話の中心はダマであった。彼女は京なまりで話し始める。


「うちが、ソードフィッシュはんを探してた理由についても、お話しせんとあきませんでしょうね。簡単なところは先程も申した通りでおますけど、単刀直入には護衛になります。ご存じの通り、うちら〈大地人〉は〈冒険者〉はんらと(ちご)て弱いし、死んだらおしまいやから」


 困ったように眉を寄せたダマは、「せやから」と続ける。


「うちが知っとる〈冒険者〉はんの力を借りるのが得策や思いましてん。知っとる云いましても、本の世界でしたけどな」

「しかし、そんな危険を犯してまで何故?」


 ソードんは少しだけ優しさを含んだ声音で聞いた。ミオぴーには結局理解出来なかったが、ソードんが60年前の人物である、と云うことは合意されたようだった。ダマは申し訳なさそうな顔で答える。


「兄がおる云いましたでしょ?

 まぁそいつがえらい気にしてましてん。うちの体おかしゅうしてもうた云うてね。

 こっちからしたら、生きとれただけで儲けもんやのにね。

 今回の〈森羅変転〉は、魂に関係する云いましたでしょ?

 それを解明して、その知識使こて、この体元戻そう思いましてん」


「何故、魂に関係すると云える?」

「ああ。蘇生の時に失敗した云いましたでしょ?

 具体的に云うと、霊体の比率が物凄い高いんですわ。せやから、肉体は希薄ですの。うちは、霊体としての存在が強いんで、魂とかそう云うエーテル系の波長に敏感と云う感じでおますなあ。

 ……もう、うちは大丈夫やから気にせんでって云うたりたくてね」


 どこか懐かしむように云うダマ。ミオぴーはそんな彼らの話に横槍を入れる。兄弟はいないので、ダマの気持ちは解っていないかも知れない。しかし、どうしても云いたいことはある。


「アタシは! ダマの姉やんがそない危なあしよるんは、お兄やんが心配しよるし悲しむ思うわ。やから、そのままでも大丈夫云うたらええやん。それだけで十分やって。無理する必要無いって!」

「かもしれまへんなあ」

「正味な話、アタシは親にも心配されたこと無いから解らんけど! 命救った妹が、そないな真似したら絶対心配すると思うで!」


 興奮気味に話すミオぴーを、ダマは優しく見やる。聞き分けの無い後輩に話す様にして、


「うん、おおきに。やけどこれは、けじめみたいなもんでもおますしな。堪忍したっておくれやす」


 ミオぴーはソードんを見る。この強情張りをどうにかして欲しいと訴える様に。ソードんは、こちらを一瞥した後にダマへ話し掛ける。


「私もミオぴーに賛同したいところだな。私たち〈冒険者〉は、試してはいないが恐らく、死亡しても〈大神殿〉で復活するだろう。だが、〈大地人〉の君はそれが出来ない。私は君の命に責任を持つつもりは無い」


(死亡、復活? ゲームやと死んだらリスタート何かが出来るけど。今はどっちなんやろ)


 そう考え、先ほどの戦いを思い出す。犬に噛まれて体力バーが無くなりかけた時のことを。リアリティーを持った得たいの知れない恐怖が腹の底から這い上がってくる。ブルッと身震いを感じ首を横に降る。視線を二人に戻し、妄想から抜け出す。そこではダマがにこりとした表情で話始めている。


「出奔された身でもミラルレイク云いましたでしょ?

 知りたい思う衝動は抑えきれず、この目で直にと云う欲求は天をも昇る勢いどす。

 協力頂かれへんのやったら、どうにか死ぬ思いで頑張るつもりどす。〈アキバの街〉や〈ミナミの街〉みたいな大きい町やと、昔の仲間に会いそうやし辛気臭いのは苦手やから、寄りとうありまへんから一人旅でおますな。

 でもまぁ、高確率(、、、)死んでまう(、、、、、)でしょうなあ?」


(うっわあ…… ダマ姉やん、めっちゃしらこい! 何云うても行くつもりや。ソードん、バシッと止めたれ! 大人力や、大人力!)


 横を見やると、ソードんには珍しく額に手を当てている。何か止める言葉を云わなければ、と考えているとダメ押しの一言が来た。


「どの道死ぬんですから、責任なんて感じんといてください」


 にこりと微笑むダマに隙は無かった。ミオぴーたちは沈黙と云う同意を彼女に示している。死ぬことよりも、知ることが大切と云う少女は笑う。その表情は満面の笑みだった。


「おおきに! ほなまずは、ストームマウンテンの寺院まて戻って挨拶せんと。〈ミノオの街〉から〈フシミの村〉までは遠いどすから」

「〈フシミの村〉に行くのか?」

「そうどす。冷厳新たかな場所があるらしゅうて、何か解るかも知れまへんから」

「遠いな……」


 そう云ったソードんはこちらを見る。しばらく黙った後に云う。


「ミオぴーは〈ミノオの街〉に残って良い。この宿を貸す。復活の可能性はあっても、確証は無い。危険なことをしなくて良い」

「こんなとこに一人は嫌やわ! それに、探したい子もおるし…… 〈ミノオの街〉やないところにおると思うし」


 そう、ミオぴーを〈エルダー・テイル〉に誘ってくれた親友もきっとこの世界の何処かにいる。見つけて、そして一緒に帰るんだ。


「ほんなら、明日からはストームマウンテン目指すと云うことでお願いしますわあ」



 ソードフィッシュは家の外でテントを張り、空を見上げる。女性たちは家の中で寝ている。空を見上げながら、元の世界を思い出していた。


(ノウアスフィアの開墾について調べれば、帰還の糸口が見つかるはずだ。今、現実世界はどうなっているのか…… 

 〈大地人〉の秘密、〈森羅変転〉、知らないことが山積みではある。しかし一歩ずつでも進まなければならない)


 ソードフィッシュは、ステータスパネルのサブ職業を見る。〈魔剣士〉と表示されたそれは、特殊なもの。

 恐らく、日本サーバーで唯一の存在。しかし、自分が特異なものである自覚はまだ無かった。

 見上げる空には、青白く輝く月。この先に何が待ち受けているかは、何も告げてはくれない。

数字弱いので、大丈夫だと思うのだけれど、ダメかもしれないorz

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