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008 セルデシアに掛かる橋

 ソードフィッシュ達一行は、ミオぴーの提案で〈ススキノの町〉へ来ていた。世間は〈スノウフェル〉時期であり、途中で立ち寄った〈アキバの町〉などはお祭りムードであった。

 〈ミナミの町〉には寄らなかったが、恐らく〈アキバの町〉と同様、冬の祭りを楽しんでいたに違いない。

 ここ〈ススキノの町〉と比べると〈アキバの町〉は騒がしいと思った。人口差もあるだろうが、1番の違いは露店の数だろう。〈アキバの町〉では様々な屋台が並び、様々な料理が売られていた。

 正直、この世界の食事には辟易していた所で、その屋台にも興味は無かったのだが、どう云う訳か食欲をそそる香に釣られ、つい買ってしまった。そこからは感動の連続で、味がある料理を半年振りに食した時は文字通り感涙したものだ。


 〈アキバの町〉から〈ススキノの町〉に行くには〈パルムの深き場所〉を越える必要があった。途中、大所帯のレイドパーティと思わしき一行とすれ違った。彼等は〈アキバの町〉へ至る道を外れて進んで行った。彼等を見て仲間達とした会話を思い出す──


「なぁなぁ、さっきのん何なん? 遠足?」

「レイドボスでも居るんじゃないか?」

「はぁ?」

「あー……6人とかやったら絶対倒せんボスっちゅーことや。しゃーかし、さっきの数やと大事やろーなー」

「レベル、えらいあらはったなぁ」

「90越えられるんだな。俺は死んでばかりだから知らなかった」

「ノウアスフィアの開墾は健在っちゅーこっちゃな」


 ──世界がこんな状態になっても、純粋にコンテンツを楽しんでいる〈冒険者〉も居ると云うのは驚いた。レイドともなれば死は避けて通れないだろう。彼等はどれ位、記憶を犠牲にしたのだろうか。


(いや、楽しんでいるなんて云うのは決め付けでしかないな。彼等なりの理由があるのだろう)


 〈ススキノの町〉には〈冒険者〉が多く、〈アキバの町〉程では無いが賑わいのある町だった。〈イズモの町〉とはまるで逆であり、〈ホームタウン〉と云う言葉の意味を改めて認識した。


 自分達は、この町で暫く休息を取る事を決めていた。それはひとえに疲労が溜まっていただけでなく、心の方にも余裕が無くなっていたと感じていたからであり、仲間達に相談した所、異論も無く決まった。



 ソードフィッシュが休養を取りたいと皆の前で申し出た時、ミオぴーもまたその意見に賛成だった。

 5月から数えて半年程、この世界を楽しむと云う事が出来ていない。そしてもうすぐ年越しだ。このままでは、友情、努力、勝利、男子御用達の思い出しか残らないではないか。


(いや、まぁそれが嫌っちゅう訳や無いねんけどな。熱過ぎやねん! 男女比率半分やのに男子の方に傾き過ぎやねん!)


 とは云っても、女子っぽい事って何があるかな、などと考えてしまう程に、女子的人生を送って来なかったのだが。


(年越し、年末、正月、雪、雪? 雪! クリスマスっ!)


「おっしゃ! 北海道行くでっ!」


 ミオぴーの暮らしていた場所は雪が余り降らない。スキーに行くとなれば、六甲山や琵琶湖に足を運んでいた。そう云う気候に居ると、日本で雪と云えば? と聞かれれば北海道! と答えるものだと思っている。


「えっ、遠いな」

「何でまたそない遠く行きたいんやー」

「北海道ってどこでっしゃろ?」

「洞……? 古の洞窟か何かでしょうか?」

「大きそう。デッカイドー!」


(えっ! めっちゃ予想外。もっとこう、乗りぃや!)


 ダマ達が北海道と云う地名に詳しく無いのは判る。アイネが彼等に懇切丁寧に説明している。もう旅先は決めたのだ。〈イズモの町〉だって遠かったし、1月もあれば着けるはず。クリスマスには間に合うはずである。


「ほらほら、そうと決まれば明日には出発やで。ジュリさん達にも挨拶済ませな。ダマ姉やん、遅刻は厳禁やで」

「この体になってからは調子ええどすから、大丈夫でおます」


 ダマは明るく笑いながら云う。そして次の日、〈ススキノの町〉へ向けて出発した。


 梅雨の時期、〈フシミの村〉でソードフィッシュ達と出会い、行動を共にして半年が過ぎた。彼等と出会わなければ、今もまだあの村で孤独な戦いをしていた様に思う。元の世界での親友とも再会した。とは云え、その記憶は失われていたのだけれども。それでも思い出はこれから作っていけば良いと思っている。

 〈ススキノの町〉着いてから、ミオぴーが女子にだけ話した企画には頬が緩んだ。天真爛漫な彼女だからこそ、こんな世界でも暗くならずにやって行けるのだろう。そんな彼女の存在に救われていると思う。


(クリスマスプレゼントかー。トナカイの帽子とかイベント配布せーへんかなー)


 自分は収集好きだ。特にイベント物は手に入れないと気が済まない質である。パンプキンマスクももう1つ欲しい位だ。カボチャの2人組で冒険してみたいと思う。いっそ自分が〈付与術師〉で無く、〈召喚術師〉であればゴゴルをペットに変えて遊べたのに残念だ。

 〈ススキノの町〉の〈大地人〉は、〈アキバの町〉の〈大地人〉と違い、〈冒険者〉に余所余所しく感じる。この町ではこの半年間、何があったのだろうか。そんな疑問を浮かべながら町を巡る。


 〈冒険者〉のホームタウンに来れるなんて、今までは想像もしなかった。何故なら、自分は彼等からすれば敵であったし、〈大地人〉からしても同じである。勿論、自分の姿を目の当たりにすれば、直ぐに悲鳴を上げられるか攻撃されるかのどちらかだろう。

 頭をすっぽりと覆うマスクはいつも通りぐらぐらと横に揺れる。除き穴もそれに合わせて動くので、自然と頭の揺れは大きくなるのだ。それを不便と感じた事もあったが、今は感謝している。このマスクのお陰で、亜人である事が隠されていたし、町の人々も普通に接してくれる。

 1人で行動してはダメだと、アイネから念を押されていたので、隣にはミオぴーが付き添っている。


「姉御、姉御」

「何や?」

「デッカイドーはスゴいね。〈アキバの町〉も凄かったけど、ここもスゴい!」

「せやなぁ。雪もええ感じに降っとるしな。サンタクロースっぽいモンでも売ってへんかな」

「サンタクロース?」

「んとな。プレゼントくれるオッサンや。赤と白の帽子被っとんねん」

「プレゼント! オイラも欲しいな!」

「ええ子にしとったら貰えるんちゃうかな」


 ミオぴーは優しく笑う。自分の仲間達は皆優しいのだ。自分が亜人だからと云って差別はしないし、特別視もしない。1人で行動するなと云うのも、こちらの身を思っての事だと云うのは良く判っていた。


 知恵を手に入れた当初は、回りと比べて考えが違い過ぎていた。亜人のアイデンティティーについて、いつも考えていたものだ。それは考えれば考える程、答えが判らなくなり辛かった。いっそ、バカな頃に戻りたいとさえ思った。

 でも今は、自分より遥かに頭の良い人達に囲まれていて、1番バカなのだ。それはとても気が楽だったし、彼等に甘えてダラダラ生きる亜人が居たって良いじゃないかと思う。

 揺れすぎて落ちそうになるカボチャ頭を両手で押さえながら、ミオぴーの後に付いて行く。


 〈典災〉との戦いで仲間を失い、力も失った。それでも、今行動を共にしている仲間達のお陰で力だけは取り戻した。今、この世界には明確な敵がいる。自分の使命は、その災厄から〈セルデシア〉の民を守る事だ。

 しかし、今はその大勢よりも仲間達を守りたいと考えている。それはきっと、宿命に逆らう事に違いない。しかし、取り戻した力が消失する事は無かった。

 自信の決断を〈セルデシア〉は黙認してくれたのだろう。

 暫くは休養と云う事もあって、戦地に再び立つ時がいつになるかは判らない。どこに行く事になろうと仲間達は必ず守る。それが新しい自分の意志なのだ。


 〈イズモオオヤシロ〉での戦いの後、ダマの依り代にと予定していた姉の体は、ダンジョンの小部屋に安置した。アイネ曰く、腐敗もしない上に死んでいるか不明なので寝かしておこうとの事だった。


 世界は、自分が想像していた以上に健在だった。〈イズモ騎士団〉の不在がどの様な災厄を生むのか不安になっていたが、〈アキバの町〉も〈ススキノの町〉も、〈冒険者〉が中心となって治安維持をしている様だった。


(これは〈イズモ騎士団〉もお役御免ですかね)


 自分達の様な守護者が不要となる世界こそ、目指す世界なのかも知れない。今はその方法が判らないけれど、きっといつか判る日が来るだろうと思えた。今では〈大地人〉も確固たる意志を持って生きているのだから。



 〈ススキノの町〉に借りている宿の部屋で、ミオぴーは仲間達を前に話を切り出す。


「さてさて明後日は何の日や!? はい、ソードん!」

「知らん」

「はぁっ!?」


 この朴念人は何を云っているのか、仮にも子を持つ親だろうと吠えそうになるのを堪える。もしかすると、死に過ぎた事による物かも知れないのだ。彼は自分達の為に、その命と記憶を犠牲にし続けていた。そんな彼を茶化す事は出来なかった。


「ああ、クリスマスか」

「って判っとんかーいっ!」


 ソードフィッシュのこちら見る目は明らかに楽しんでいた。「引っ掛かったな?」と云わんばかりだ。1回り以上違う年下に向かって、この男は大人気ない。ソードフィッシュは「で?」と続ける。


「まさかプレゼントが欲しいとか云うんじゃないだろうな?」

「イエス!」

「オイラも欲しいぞ!」

「せやからな、女子と男子で別れてプレゼント交換や!」


 ソードフィッシュは頭を抱えていた。何をプレゼントすれば彼女達が満足するか判らない為だ。ゴゴルとエリュシオンを伴って、町の商店街に足を運んでは見たものの、これと云った物が無い。助けを求めて仲間達を頼る。


「2人共、年頃の女子に渡すと喜ばれる物は判るか?」

「さて、人にプレゼントをすると云う事自体初めてですし……」

「オイラ、服欲しい!」

「服か……確かに半年前からずっと同じだしな。年頃の女子ならファッションも気にするか」

「服ですか……では、私も微力ながらお手伝いしましょう!」


 エリュシオンは、こちらの服を一瞥した後、微力どころか全力と云った様子で宣言した。何はともあれ、やる気を出してくれるのはありがたい。

 商店街の服屋をしらみ潰しに見て回るが、中々良い物に出会わない。これだと思った物はエリュシオンが慌てる様に止めに入る事もあって、服探しは難航していた。


「この際、デザインは無難な物にしましょうソードフィッシュさん!」

「やむを得まい。拘っていては決まる物も決まらないか」

「ソードんの兄貴、変なのば……」

「しかし高い物ばかりですね! 〈冒険者〉の製作品でしょうかね!?」


 ゴゴルの頭を叩き、カボチャを高速で回転させたエリュシオンは声を大きくして云う。カボチャからは「何する。不届きもの!」と抗議の声が上がる。

 エリュシオンの云う通り、売られている商品はどれもそこそこ値が付いた物だ。しかし、その割にはそれ程性能は良くない気がする。この世界に来てからは素材を集めるのも一苦労だからかも知れない。そう考えると妥当な価格設定かも知れないが、どうも踏ん切りが付かない。


「いっその事、作って貰うと云うのはどうでしょう?」


 エリュシオンがそう云って指差した先には「裁縫専科~何でもやりますから~」と云う投げ遣りな看板を掛けた建物が見える。彼の提案は良い物で、〈裁縫師〉が製作代行してくれるのであれば、倉庫に大量にあった素材を使って割りと安い価格で作る事も可能だろう。


「良い考えだな。〈ススキノの町〉には倉庫があるから、少し漁ってみるか」



 倉庫には大量に素材アイテムが埋もれていた。今になって気付いたが、レシピの様な物は知らない。つまり、どの組み合わせでこの大量の素材アイテムを持ち出せば良いのかが判らないのだ。適当に身繕い、マジックバッグへ入れ、先程の裁縫屋へ向かう。


「これらから作れる物は無いねぇ」


 裁縫専科の店主だろう女性〈冒険者〉は肩を竦める。何でもやるけど、何でも教えてはくれないらしく「レシピを教える事は出来ないからねぇ。組み合わせを持って来てくれたら作るけどねぇ」との事だった。


「ならレシピの情報を売ってくれ」

「高いよぉ?」

「幾らだろうか?」

「1個につき、こんなくらい?」


 彼女が紙に書いて見せて来た金額は予想を遥かに超えていた。ただ、とんでも無く不釣り合いな金額だとは思えない。


「レシピがあれば、それだけで食って行けちゃうからねぇ。安くは無い訳だねぇ」

「それもそうだな。しかし、参ったな……」

「うん。レシピは高いけど、元の服に対して寸法直しとか若干のカスタマイズする分には格安でやってあげよう。それでどうだい?」

「元の服か……少し倉庫を見てくる。また来るよ」

「お待ちしてますねぇ」


 自分が装備出来ない道具も取り敢えず倉庫に入れる癖があり、倉庫には大量の装備品が入っている。それらは全て、ソードフィッシュの背丈に最適化されていて、サイズを調整しなければ使えない。

 女子達のレベルを思い出し、それぞれに合いそうな物を選んで行く。



 再び裁縫屋へ足を運ぶと、店のカウンターに持ってきた服を並べる。店主は並べられた服を見て感嘆の声を漏らす。


「へぇ。これは珍しいね。ゲーム時代にレア度だけはやたらと高い素材の癖に製作した品は見た目位しか良くないネタ防具って云われてた物だねぇ。一部の収集家がやたら買い占めてて祭りになったねぇ」


 まず店主が指差したのは〈武闘家〉用の皮鎧である〈ベビーワイバーンの雛鎧〉だ。フレーバーテキストには「ワイバーンの幼生体の薄皮で作られた、キュートな羽がパタパタと動いて少しだけ長くジャンプする事が可能な鎧」とある。買い占め祭りに参加しないで倉庫に寝かせていた物だ。


「この2つは同じ物かな? これもまた良い物だねぇ。延々とモンスターを狩り続けてでもしない限り2つも手に入れれないでしょうに。マーケットにも余り並ばなかった奴だねぇ。並んでも即売り切れって云う」


 魔法職用のローブ〈白猫耳のローブ〉は猫耳付きのフードが付いたローブで、特定の高レベルモンスターが低確率でドロップする物だ。経験値的には美味しく無いモンスターの為、市場に出回る数も少なかった。


「これの寸法直しをお願い出来るか?」

「当然でしょう。3つそれぞれのサイズを教えてくれれば直せるよ」

「……サイズか。エリュシオン、ちょっと宿に戻って彼女達の服を一式持って来てくれないか?」

「心得ましたっ!」

「ゴゴルはここで俺と待機だ」

「アイアイサー!」


 数分後、沈痛な面持ちでエリュシオンは戻ってくると、女子達それぞれの服を渡してくれる。受け取ったそれを店主へと預ける。


「出来上がりは明日の朝になるからねぇ」


 店を後にして、エリュシオンにどうかしたのかと聞く。彼は宿に戻って女子の服を探していた所、帰宅した女子達に目撃されたそうだ。そして色々と云われて傷付いたと云う。それを聞いて笑ってしまった。そして思ったのは自分が行かなくて良かったと云う事だった。



 〈ススキノの町〉に着いて直ぐ、ミオぴーが女子だけを集めて話を始めた。それは今にして思えば結構無茶な計画だった様にアイネは思う。


「クリスマスにでっかく家とかプレゼントしたろう!」

「誰にやねん」

「ソードん! ほんでアタシらは居候すんねん!」

「せやったら、皆の家でえーんとちゃうん? 例えばギルドハウスとか」

「ギルドハウス?」

「ギルド作ったら、この町で借りれるやろ。〈アキバの町〉より静やし、環境的にもえーんちゃうかな」


 そうと決まればと、さっそくミオぴーとダマを連れて町の〈ギルド会館〉へ足を運んだ。受付の〈大地人〉に事情を説明すると、空き区画のリストをくれた。


「うーん。やっぱ高いなー」

「見た事あらへん額でおます……」


 部屋を借りるとなると、そこそこの資金が必要になる。リストに記載された金額はどれも手持ちの金でどうにかなりそうに無い。しかし、クリスマスまではまだ2週間あるのだ。どうにかなるかも知れない。


「〈ススキノの町〉周辺で金策するかー」

「3人でやんのけ?」

「男連中に秘密っちゅーんなら、そーなるなー」


 かくして、3人だけでの金策パーティーが結成された。バランス的にも程よい構成であった為、自分達と同じレベル帯のモンスターに遅れを取る事も無かった。

 毎日朝早くから出掛け、夕暮れ前に帰る。そんなローテーションを一週間程続けた時だった。


 いつもの様に入り口から出ようとすると、前方から走ってくる〈大地人〉がいた。彼はこちらの目の前まで来ると、荒れた呼吸もそのままに云う。


「あんたら、〈冒険者〉だよな!? ……西の村に通じる街道に、巨人が迷い込んだ見たいなんだ。どうにかしてくれないか、謝礼は弾むから、頼む!」

「はいそれ乗ったぁーっ!」


 ミオぴーの反応の速さは実の所、何も考えていないからでは無いだろうか。若干の頭痛を覚えこめかみを押さえる。〈ススキノの町〉がある、〈エッゾ帝国〉は〈巨人族〉との戦いが盛んな国だ。とは云え、野良巨人と云うのも珍しい。腕ならしにも丁度良さそうである。


「あーしらが様子見て来ますわー」

「本当か! 助かる! 俺はここで待っているから、巨人を倒したら教えてくれ」

「任せときぃ! 瞬殺や瞬殺。ほな行くで皆!」


 調子に乗る親友を見て笑う。ダマもまたクスクスと笑っていた。瞬殺されなければ良いのだけれど、それは口に出さずに西へ向かう。



「うぉーっ! めっちゃデカいやんけ!」

「踏まれでもしたら大変どすなぁ」


 どうにも緊張感の無い2人の感想は、相手の機嫌を損ねたのかも知れない。不機嫌そうに雄叫びを挙げた巨人はレベル60、こちらと同じ程度の強さであると予想出来る。


「おわぁっ! デカ過ぎて投げ方判らん!」

「ほんなら殴りーや!」


 云うとミオぴーの拳が太鼓を叩く様な音を鳴らして巨人の腹に当たる。守りが堅いのか、体力が多いのかは判らないが、あまりダメージが通っていない様子だ。

 ミオぴーに集中し出した巨人に対し、〈ソーンバインドホステージ〉を詠唱する。ミオぴーの攻撃が当たる度に茨が追撃を重ねていく。それでも、あまりダメージが通った実感は無い。


(つまり、体力重視の肉だるまっちゅーことか!)


 兎に角火力を上げなければ長期戦になってしまう。ダマのMPが切れてしまう前に勝負をつけなければなるまい。〈付与術師〉でも火力を上げるには……思い浮かべるのは仲間の〈妖術師〉、彼の戦い方は熟知している。

 まずは〈クローズバースト〉を唱える。コンバットメイジの基本となるこの魔法により、全ての魔法の射程距離を至近距離に変える。続いて〈オーバーランナー〉で走る速度を上昇、その後に〈ヘイスト〉も重ねる。


(強化はありったけぶち込んだる)


 〈メイジハウリング〉を使用し、魔法攻撃力を上昇させる。そして、頭に着けていたサークレットを外す。そして〈付与術師〉ならではの魔法を唱える。その魔法は〈ゲイジングアイ〉、これによって手数を大幅に増やす。そして〈キャストオンビート〉で強化を終える。


「いっちょやったるかー。ミオぴー! ヘイトガンガン貯めてやー!」

「任せんかい!」


 〈オーバーランナー〉で加速され、瞬く間に巨人の足元へ疾駆する。出し惜しみはしない。初手は〈ブラックアウト〉、集束される闇の帳に追撃が乗る。まず1つ、続いて〈ソーンバインドホステージ〉を再度重ねる。続いて〈マインドショック〉を唱える。

 威力の低い魔法は単なる切っ掛けに過ぎない。本領は追撃にある。

 次に唱えた魔法は地面に魔方陣を描き、漆黒の光の柱を作った。〈ブレインバイス〉の光がまだ残る内に〈エレクトリカルフィズ〉を放つ。バチバチと音を立てる放電は、〈妖術師〉の〈ライトニングチャンバー〉にも劣らない。

 強化された魔法と追撃効果により、巨人の体力は若干のタイムラグを持って消失した。


「これは気持ちえーなー。コンバットメイジゆーと被るから、せやなー。追撃メインのビルドやし、チェイサーっちゅーとこかな?」

「アイネヤバイな……」

「ソードフィッシュはんと云い、うちの魔法職は前衛的どすなぁ……」


 〈大地人〉に報告に行くと、彼は豪商の息子と云う事でかなりの額の報酬をくれた。かくして、女子パーティーはギルドハウス購入の資金調達に成功した。


 ギルドハウス購入の前に、ギルドを作る必要があると気付いたのは間抜けな事に〈ギルド会館〉にやって来てからだった。〈大地人〉の職員はこちらの回答を嫌な顔も見せずに待っている。横目で見るミオぴーは、かれこれ5分は唸っていた。


「名前も考えなアカンけど、ギルマスも考えなアカンねんでー。それもこの中から」

「ええ……そんなん無理やって、聞いてへんって!」

「なら止めとくかー?」

「判った。判った判った。マスターとか云うんは、なれへんけど。サブマスターっちゅうんになるわアタシ!」

「ミオぴーヤル気まんまんでおますなぁ」

「当たり前やっちゅうねん。ほんでサブマス命令発動や! ヒラのアイネ君、ギルマスになる事」

「拒否権を発動やー」

「却下!」

「拒否ー」

「却下、却下!」

「ダマ嬢ちゃん、先戻ろーか」

「アーイーネー……頼むわぁ。この通りや!」


 仰向けに寝転がる事が、一体「どの通り」なのかは甚だ疑問である。しかしギルドハウスの獲得に、ミオぴーが並みならぬ思いを抱いていたのは知っている。取り敢えず無茶振りをした罰を親友へ与える。

 仰向けに寝転がった彼女の腹に足先を這わせて擽る。ゲラゲラと笑い出す彼女は「たんまたんま」と云っているが無視する。次第に噎せ始め、呼吸が苦しそうになって来た様に見えるが無視する。体を捩りながら息も絶え絶えに、涙を流し始めた彼女を見て、漸く罰を終える。


「……鬼か」

「じゃかぁーしーわ。……はぁ、ギルマスやったるわー。けどギルド名位は考えてや」

「……任せとき」


 力無くサムズアップを見せた親友がギルド名を決めるには、そこから暫く時間を要した。ギルドの設立とギルドハウスを購入する時期については、クリスマス当日にやろうと提案したのだった。



 ソードフィッシュ達は借り宿の一室に集まっていた。部屋のテーブルには町で仕入れたローストチキンや、シャンパン等が並べられている。そしてグラスを片手にいきり立つ少女はミオぴーである。


「メリークリスマース!」

「メリクリー」

「お、おう」


 彼女の掛け声に反応して声を上げる。じゃあさっそくとミオぴーが云う。まずは男子からとも。それはきっとプレゼントの話であろう事は想像に容易い。


「ほれほれ、はよ出さんかい!」

「では、僕から渡しましょう」


 そう云って丁寧にラッピングされた箱を机に置いたエリュシオンに向けられる視線は少し冷たい。恐らく先日の件が原因だろう。エリュシオンが置いた箱に目を向けると「開けてもええか!?」と聞いてくる。こちらが答えるより早く開けていたが……


「うおっ! 服、てか鎧やん! 何これ、羽付いとるっ」

「あーしもローブやな……これは! 〈白猫耳のローブ〉やんけ! えー。めっちゃ感動した。やばーい」

「うちも、アイネはんと同じモンやね。お揃いやねぇ。やけど、なんやサイズが大きい様な……」


 実はダマのローブだけはサイズが合っていない。アイネと同じ大きさにして貰っていたのだ。ダマは「これやとダボダボでおます」と肩を落とす。そんな彼女に小瓶を渡す。


「……これは何でっしゃろか?」

「〈外観再決定ポーション〉と云う物だ。〈冒険者〉になった今なら使えると思う。それを使って本来の成長に合う様にすると良い」

「おおきになぁ」

「身長はアイネに合わせれば服は入るからな」


 ダマはこちらへ頷き、返事とした様だ。さて、男子陣からのプレゼントは終わりだ。そう告げるとミオぴーは立ち上がる。


「ほんなら移動するで!」

「……移動?」


 その質問に答える事も無く、手を思い切り引かれ立たされる。ゴゴルとエリュシオンもまた、他の二人に手を引かれて立たされていた。ミオぴーは手を離すと笑いを堪えきれないと云った様子で歩き始める。



 ソードフィッシュ達が連れて来られたのは、〈ススキノの町〉の中心街にある〈ギルド会館〉だ。

 先頭を歩いていたミオぴーはこちらに振り向き、アイネを指差し云う。


「アタシらからのプレゼントはアイネから配られるから!」

「おー。今から用意するからちょい待ってなー」


 そう云って、アイネは会館の受付の〈大地人〉と話始め、書類の様な物に次々とペンを走らせる。書き終わると、紙が配られた。それは、ギルド入隊申請書と題した用紙で、名前を書く欄があった。


「これがプレゼント?」

「せや! まず1つ目のな! で、ギルマスはアイネがやってくれる。そしてギルド名やけど」


 ミオぴーは仲間を見回しながら、恥ずかしそうな表情になる。軽く咳払いを1つした後、ギルド名について話始めた。


「アタシらって、結構珍しい組み合わせとちゃうん? ってアイネとも話してたんやけどな。元〈大地人〉に、〈古来種〉、それにカボチャやんか」

「オイラ亜人! カボチャ仮初め!」

「〈冒険者〉、〈大地人〉、モンスターやって友情持って繋がって行けたっちゅう事を、この世界に感謝したいなとか思ったりして……」


 事前に台本を作っていなかったのだろう。ミオぴーは視線を泳がせながら話している。当人は恥ずかしさもあって顔を赤らめている。その様子を茶化す者はいない。皆、少女の言葉に耳を傾けていた。


「ほんで、アタシらを切っ掛けにして、こう云う関係をもっと広げて行けたらええなぁってな。そんな思いを込めたんや」

「セルデシアに掛かる橋、か……」


 入隊申請書のギルド名欄には、可愛らしい字体でそう書いてあった。ソードフィッシュもまた、仲間達を見渡す。半年の旅路で絆を深めた仲間は〈冒険者〉だけでは無い。

 それにギルドに入るのは初めてだったので、柄にもなくワクワクしてしまう。ギルドマスターがアイネと云う点も良かった。自分にはそう云う取りまとめ役は向いていないと思っていたし、彼女は頭も良く、気が回る。


「まぁ良いんじゃないか」

「おっしゃ! ほいじゃあ次のプレゼント目指して移動や!」



 連れて来られたのは〈ギルド会館〉から少し離れた所にある廃ビルの前である。ビルの中には所畝ましと断熱材が敷かれていたり、貼られていたりした。その効果は外よりは寒くないと感じる程度の物であった。

 こんな建物に何があるのだろうか。

 廃ビルには何人かの〈冒険者〉が住んでいる様だった。

 先頭を行くミオぴーは、ある部屋の前で止まった。そしてこちらに振り返ると云う。


「今日からここが我が家です!」

「借りたのか? 安くは無かっただろうに」

「高かったでー。せやけど何とか金は用意出来てん」


 ミオぴーか扉を開けて中へと入る。ソードフィッシュ達も後に続く。

 内装は外観とは大違いで綺麗であり、生活に必要な物は整っている。


「間取りは2LDK見たいやで! 男子部屋と女子部屋な!」

「大きいですね。僕なんだか興奮してきましたよ」

「エリューは女子部屋絶対入んなや!?」

「……はい」


 騒がしくも楽しい団体生活の始まりだった。この世界に来てから半年、苦しい事は多かった。休息が欲しいと甘えたのは自分だったが、いつかまた、このギルド名に違わない様な活動をして行きたい。



 水溜まりの出来た〈ススキノの町〉を1人、軽やかな足取りで歩く〈冒険者〉の女がいた。ゲリラ的な通り雨が降りしきったせいで、町の至る所に水溜まりがある。彼女はその1つ1つを華麗に跳んで避けて歩く。

 茶色の髪が猫の耳を模したフードの下から垣間見えた。背丈は長身では無かったが、妙齢だと感じさせる顔立ちは何人かの通行人が振り返る程だ。

 また、フードから下のローブは体の線が強調されるデザインとなっており、キツそうな胸元も通行人の注目を集める要因の1つだろう。


 彼女は〈ススキノの町〉のとある場所で足を止めた。そして、目の前に存在する巨大な建造物を見つめている。それは、〈セルデシア〉では〈タウンゲート〉と呼ばれる転移装置であった。


 彼女はそれを一通り眺め終わると踵を返し歩き始めた。行く宛は無い様な、何かを探しているが、見つかるとも思っていない様な足取りだった。


 道中で彼女は1人の〈大地人〉の男と出会う。彼女は男を知っている様子で話し掛けていたが、男は覚えが無いのか困惑した様子で彼女の話を聞いていた。


 彼女の話が進むに連れて、男の表情は真剣な物へと変わっていく。そして、彼女が発した言葉に、男は一筋の涙を溢した。男が礼を告げると、〈冒険者〉の女は再び軽やかな足取りで歩き始めた。その顔はとても満足そうな表情で、長い間抱えていた肩の荷が下りた様な顔をしていた。


 「もう、うちは大丈夫やから気にせんで」


 彼女が男に伝えた言葉は、謝罪とも感謝とも受け取れた。

 空には晴れ間が覗き、通り雨の後が虹を生む。

 この虹に暗い話は似合わない。だからこそ、彼女の言葉はきっと感謝の言葉だったのだろう。

 大地に掛かる橋は〈セルデシア〉のどこへでも行けそうな位、遠くまで続いている。それはこの世界と、別の世界をも繋いでいるのかも知れない。

これにて、ログ・ホライズン二次創作、セルでシアに掛かる橋 完結となりました。

ここまでお付き合い頂き、有難うございました。


さて、作中で出てきました付与術師のビルド、チェイサーについて妄想が広がり始めました。既に提示されているビルド以外のモノを考えるのは楽しいですね。


ソードフィッシュ達の冒険は楽しめましたでしょうか。

私自身は書いていて楽しかったです。

文章を書くのはやっぱり楽しい物ですね。


それではまた、別の物語で会いましょう。

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