命の終わりの果て
命の終わりって何でしょう?
「死」それが終わりなのでしょうか?
だとすると、それは人にとって…すべてにとって恐ろしいことですよね?
じゃあ、その先は?
終わりの先は…もう、存在しないでしょうか?
人は、そこでぴたりと、終わってしまうのでしょうか…?
「君はさ、死後の世界ってどんなところだと思う?」
屋上でたそがれていた彼女がふいに僕に問いかけた。
「僕には…分からない。でも、幸せな所だと信じたい」
僕は思ったままに答えて静かに微笑んだ。すると、彼女は少し息をついて満開の笑顔を僕に見せた。その笑顔を僕は一生忘れることはないと思う。
これから綴られる物語は彼女がその世界に行くまでの僕と過ごした短い時間の話。
「もう大丈夫。ごめんね心配かけて」
僕の母親がそっとほほ笑んで僕の頭を撫でる。
「良かった…急に倒れたから心配したんだよ?」
僕の母親が昨日、急に倒れたので僕はすぐ病院に連れて行った。すると過労だったと告げられ、僕は心の底から安心した。僕にはもう母親しかいないから。
「お母さんまでいなくなったって考えたら…僕もう…」
父親は僕がまだ小学校1年生くらいの時に病気で死んでしまった。その時の僕は悲しくて一週間ほど泣きやまなかった。そのころに慰めてくれたのは、同い年くらいの女の子だった。
「大丈夫??辛いことがったの?」
僕の頭を撫でながら彼女は問いかけてきた。
「お、お父さんが…っ…死んじゃったぁ…」
僕は泣きじゃくったままその言葉を口にした。そこから僕は涙が今までよりあふれた。
「そっか…辛かったね…」
彼女は僕の頭を撫でながら続ける。
「でもね、その人の人生は終わったとしても心は残り続けるよ。声も。気持ちも。君に託したもの全部」
そういって最後に、ね?と、微笑んで見せた。その笑顔はすごくまぶしくて太陽のようだったと覚えている。あの時彼女の言葉で僕は今まで立ち直れているんだと思う。
「君名前は?」
彼女は僕に笑顔のまま問いかけた。
「内野 翔…です…」
声を振り絞って自分の名前を告げた。
「そっか。翔。元気を出して。お父さんの物語はきっとこれからも続いてくよ」
そう笑って彼女は去っていった。僕の親は2人とも有名な歌手で毎日が忙しい。今回の母親が倒れたのもそのせいだった。もう少し仕事を減らしてほしいと思うけど、母親は仕事をやめようとはしなかった。
「私の歌を待っていてくれる人がいる」
そういっていつもいつもすごい仕事量をこなしていた。僕はそんな母親を尊敬していた。自分もいつか、人の心を感動させられる歌手になりたい。
母親の無事を確認して、安心したので僕は風にあたりに屋上へ向かった。
すると、そこにはもう先客がいた。
入院服に身を包んだ僕と同じ高校生ぐらいの女の子。
彼女はそこで歌を歌っていた。その声はとても澄んでいて、綺麗な声だった。いつまでも聞いていたくなるような、人を癒す力を持った歌声。
思わず僕はそのまま聞きいってしまった。
彼女は楽しそうに歌い続け、曲の終わりに後ろを向いて僕を見つけた。
「…!?い、い、いいいいつから!?」
彼女はひどく動揺して僕を指差した。
「え、えっと…2分ほど前から…」
僕がそこまで言うと彼女は頭を抱えてしゃがみこんでしまった。
「すごくきれいな声だった。僕感動したよ。」
聞かれてもいないのに僕は彼女に歌の感想をつい言ってしまった。素晴らしいと本人に伝えたかったから。
「あ、ありがと…」
彼女は少し照れくさそうに笑った。
「君は…病人?…じゃ、なさそうだよね?」
彼女はベンチに座って僕に問いかけてきた。
「僕は母親を連れてきたんだ。自分は多分健康」
僕がそういうと彼女は、多分って。と言って笑った。
「そっか。お母さん、大丈夫だった?」
彼女はそのまま僕に質問を続けた。
「うん。本当に良かった。」
僕は少し笑みを浮かべてそう答えた。すると、彼女も僕に向かって微笑んでくれた。
「君は…どこか悪いの?」
僕も彼女に聞き返してみた。
「うーん。まあ、大丈夫だよ。治る治るっ!」
そう彼女は元気に答えてベンチから立ち上がった。
「もう一曲、歌おうかなっ」
その時僕は今までで最速の動きでベンチから立ち上がり
「僕も…一緒に歌っていい?」
と、彼女に問いかけた。彼女はくるっと回転して
「勿論っ」
と、僕に笑いかけた。その時感じた。この笑顔…どこかで見たような。
そうして僕と彼女は歌い続けた。もう一曲という言葉が続き、何曲も2人で音を奏で続けた。ここまで連続で歌い続けたのは初めてだったけど、とても、すがすがしい気分だった。
「ふー!歌った歌った~~!」
彼女は両手を上にあげてぐ~っと背伸びをした。その時に彼女のしていた腕時計に僕の視線が行った。そして…
「も、戻らなきゃ!」
お母さんに言わずにこんなに長居してしまった。今すぐ戻らないと…
「待って!」
彼女が声をあげて僕を呼びとめた。ドアノブに手をかけたところだったので急いで振り返ると…
「私、宮野 茜!また同じ時間、ここに来てくれないかな!私もっと君と話がしたい!」
そう問いかけられて、僕の答えはすぐに決まった。
「僕は内野 翔!僕も、君と話がしたい!また、明日!」
そして僕は母親の元へかけていった。最後に見えた茜さんの顔はにっこりと嬉しそうに笑っていたような気がした。
そして僕は次の日同じ時間に屋上へ向かった。
「あ、翔!来てくれたんだねっ」
茜さんが僕に駆け寄ってくる。
「勿論。茜さんの声はいつでも聞いていたいし…いつまでも来るよ!」
僕は笑顔で茜さんに言った。すると、茜さんはほんの一瞬だけ暗い顔をみせた。でもその後すぐ笑顔になり
「ありがとうっ!」
って言って、照れくさそうにまた、笑った。
彼女の笑顔はいつ見てもまぶしくて…こっちまで元気をもらえるくらいだった。
こうして僕たちの日常は始まった。毎日屋上で歌い続ける。僕もコーラスをやったりして、とても楽しい毎日を過ごせていた。そんなある日のこと。
彼女はいつものように歌い始めた。
歌詞はなく、メロディだけを「ラ」で歌う。誰かの曲ではない。初めて聞く曲だった。
「茜さん。それ、オリジナル??」
僕は茜さんに問いかけてみた。すると、彼女は一瞬僕から視線を外し、口籠った後、
「う、うん…」
と、小さくつぶやいた。そこで僕は考えた。
「ねえ、僕楽器弾けるから…2人で曲を作ろう!」
この人の声を…僕の楽器と合わせて最高の曲を作りたい!
「曲を…?」
茜さんは少々戸惑って僕に再度問いかけた。
「うん!君の声を…世界に聞かせたい…!」
「私の…声を…」
彼女は少し考えて、俯いた。僕は、ただ無言で待っていた。
「*************」
その時彼女が上を見上げて何かつぶやいた気がした。
ちょうど強風が吹いてなにを言ったのか僕には聞こえなかった。
僕はなにを言ったのか問いかけようと思った。でも、風で髪がなびいて茜さんの顔を見た瞬間、僕は何も言えなくなってしまった。その時見た彼女の顔は、泣いているような笑顔を浮かべていたから。
「あ、茜…さん…」
僕はなにを言っていいか分からず、名前を呼ぶしかできなかった。
彼女は僕の方を見て、微笑んで言った。
「作ろう。私達の曲を。」
「うん…」
僕はせっかく作ろうと言ってくれたのに、心から喜ぶことができなかった。彼女の見せた泣きそうな笑顔が胸のどこかに引っかかって…
そうして僕たちは曲を作り始めた。
「茜さんは声がきれいだから、バラードが良いと思うんだ」
「私もバラード好きだよ~アップテンポも捨てがたいけどね~」
2人で曲のテーマを出し合っていった。
「じゃあ、あえて混ぜてみるとか?バイオリンなら…どっちにも合うかな?あと、フルートとか?」
「…翔はいっぱい弾けるんだね」
「特別うまくないんだけどね…」
僕は小さいころからいろんな楽器を習ってきた。だから、特別すぐれているのはない。しいて言えば、バイオリン。難しいって聞いてたから他のよりは気合を入れて頑張った。
「弾けるだけすごいと思うよ。将来何になりたいの?」
茜さんがふいに僕に問いかけた。
「将来…」
僕は将来のことなんか考えたくなかった。音楽は好き。皆に聞かせたい。でも、親が世界的に有名な二人に比べて僕の才能ははるかに届かない。親の七光りとかで、いじめられたりもする。別に親が嫌いって訳じゃない…けど。心が狭い。
「僕に…将来はないよ…」
「…え?」
不意に口から出た言葉は悲しさがこもってしまった。急いで訂正しようと思った時に、口をふさがれた。
「んっ!?」
茜さんが両手で僕の口を結構力強くふさいだ。
「何言ってんの…将来がないとか、勝手に言ってんじゃないよ!私今すごく楽しいんだから!翔の音楽聞けて!だから…そんなこと言っちゃだめ!」
彼女のここまで真剣な顔。初めて見た。
「う、うん…」
僕はゆるまった彼女の手を降ろしてうなずいた。
次の日から茜さんは屋上に来なくなった。
その時は僕と茜さんが出会ってから2週間たったころだった。
茜さんが来なくても、僕は屋上に通い続けた。そして、歌い続けた。
彼女と作るはずだった曲を。自分なりに思うままに歌った。あの頃の彼女と同じように歌詞をつけずに。
こう言う時、いつか戻ってくると信じて。なんて言うけれど、信じるなんて言うより、絶対来てくれる。これは信じるとか言う前に僕の中で確信へとなっていた。
そして、出会って3週間がたった日の屋上。
僕はいつものように屋上へ向かった。そこにはすでに先客がいた。
黄緑のワイシャツを着て、ストライプのスカートをはいている髪の綺麗な、女の子。
「君はさ、死後の世界ってどんな所だと思う?」
彼女は空を見つめながら、僕に問いかけた。
「僕には…分からない。でも、幸せな所だと信じたい」
思ったままを言葉にして、伝えた。すると、その彼女は僕の元へ向きなおり満開の笑顔を見せた。
「茜さん。おかえりっ」
「ただいまっ!」
その時見せた茜の顔はどんなものよりも輝いて見えた。
そうして僕たちは曲作りを再開した。
茜が急に居なくなったわけは聞かない。僕はこの時にもうすでに気づいていたのかもしれない。もう、茜の先が短いことに。
茜が帰って来てから、急に苦しみ出すことが増えた。
「茜っ。今日はもう終わりにしよう。また明日」
「う、うん」
きっと茜は重い病気なんだと思う。だからあの時…僕が将来はないと不意に口にした時にあんなに真剣になってくれたんだ。だから、僕はこの曲を絶対に完成させたい。
後悔だけはしないように。
「今日はここを…」
次の日僕と茜は曲を作り続けようと思った。今日は外が雨だったのでバルコニーに居た。
「う、ん…」
茜は昨日体調を崩したのがまだ治っていないのか、苦しそうな顔を見せることが多かった。
「茜…」
「ん?何か不都合でもあった?」
彼女は強い人だ。弱音を吐かずにいつでも笑顔を欠かさない。僕の前で、すくなくとも泣いたことは一回もなかった。
「茜。僕、言ってくれなきゃ分かんないよ」
「…え?」
自分でも何を言っているのか分からなかった。でも、言わなきゃ絶対後悔すると思った。
「いってくれなきゃ…ずっと笑ってたら分かんないよ…」
「…何言ってるの?」
茜は少し笑ったままそう答えた。
「辛いって。悲しいって苦しいって、言ってよ。我慢しなくったっていいんだよ!だから…ちゃんと、向き合おうよ」
「・・・・・」
茜は俯いて少し黙った。そして…
「そんなの…言えないよ…」
微かに聞こえたその声は震えていた。
「でも、言ってくれなきゃ分かんないよ。」
僕は茜を見つめて、抱きしめた。すると、茜は小さな声ながらも声を振り絞って言ってくれた。
「怖いよ…死んだらどうなるかなんて…そんなの誰にもわからない…」
声をひきつらせながら彼女は言った。
「僕も一緒だよ。でも、諦めなくたっていいんだよ」
落ち着かせるように背中をぽんぽんと叩きながら僕は続けた。
「死後の世界。命の終わり。天国地獄。それらがどういうものなのかはここに居る僕らには分からない。でも、今は生きている。今を楽しまなきゃそこが楽しいわけがない」
茜は無言で僕の話を聞いていた。
「だからね、後悔だけはしちゃダメだよ」
そういって僕らのその日は終わりを迎えた。
2人が出会って4週間目に入った。彼女は屋上に来なかった。
仕方ないと思った。でも…
どうしても胸のどこかがずっと痛んでた。
今日は調子が悪かったので、何曲か歌ってからその場所を後にしようとした。
その時だった。
「あ、君っ!」
不意に誰かに呼び止められた。その人は服装からして医者のようだった。
「内野 翔君…かな?」
「なんで…僕の名前を…?」
僕がそう答えるとその人は複雑そうな顔をして僕の元へ近づいてきた。
「宮野さん…宮野 茜さんが…亡くなりました」
その言葉に僕は言葉を返すことができなかった。ただ、頭が真っ白になってその場に立ち尽くしてしまっていた。医者のその人は他にも何か言っていたが僕の耳にはその声は届かなかった。そして僕は1人になった。声にならない言葉は涙となって僕からあふれ出した。もう、どうしていいか分からなかった。絶対完成させようと言っていたあの曲でさえも歌詞も付いていない未完成な状態で残ってしまっていた。そして、僕の心に何かがずっと引っかかっていた。
ふと僕の目の前を見ると、白い箱が置いてありその上に封筒がのっていた。
「内野 翔さんへ」
封筒にはそう書いてあった。僕はゆっくりと封筒を開けた。きっとその時点で僕は誰からの手紙が気づいていたのかもしれない。
「翔。この手紙が届いているっていうことは、私はもうここにはいないんだろうね。私、心臓の病気で手術を控えてた…でも、成功確率は10%ほんのわずかな確立だった。そして失敗した…ほんとにゴメン。今私は死後の世界に居るんだと思う。翔の言う通りの幸せな世界なんだと思うよ。きっと。私が幸せと信じ続けたから。最後に、翔が後悔をしないようにって言ってくれたから。やりきったよ。私。」
そこで手紙は終わっていた。続きは…きっと…
「箱…」
僕は涙をこらえきれずにそのまま流しながら箱へと手を伸ばした。そこには、USBが入っていた。僕は急いで家へと戻った。そして…
「翔。これが私の生きた証だから。ほんとにありがとう」
茜の声が聞こえた後、2人で作っていた曲に歌詞がついて、歌となって完成していた。
「こ、これ…」
僕は色々な感情がこみあげてどうしていいのか分からなくなった。
歌詞は、恋の歌となって完成していた。「彼」への思いやりや感謝の気持ちであふれていた。そして…
「翔。私は、あなたのことが大好きだった。今までありがとう」
そういって、画面は真っ暗となった。
「ぼ、僕だって…君のことが…心から…大好きだった…」
後悔しないようになんて言っておきながら一番大事なことを伝えられていなかった。
ごめん。本当にごめん。でも、ありがとう。
生命に終わりは必ずある。それはずっと覚悟してたこと。でも、ここまで辛かったのは2回目。父が死んで以来だった。
「私が死んでも、声は、思いは残り続ける」
不意に彼女の声が聞こえた気がした。
「声は…」
「僕は、この唄を一生歌い続ける」
そう決めたんだ。それが何の利益を生むとかそんなのはもう、どうでもいい。
彼女の生きた証を僕は紡いでいきたいんだ。
きっと、命が終わっても心という名の魂は残り続ける。人に死なんてない。
僕はそう信じたい。
最終的に、彼女は、「茜」は天界へと旅立っていきました。
終わりを迎えた彼女は、不幸だったでしょうか?
勿論、早くに亡くなってしまった。とだけを見れば、不幸でしょう。
でも彼女は自分の思いを歌に乗せたオリジナル曲を「翔」へと受け渡した。
その思いを翔が理解してくれただけで、彼女にとっては幸せなことだったんでしょう。
ここから彼は、歌を歌い続けます。
彼の命が彼女の元へ旅立つまで。
私自身が、死が怖くなった時に書いたものです。
死って、どんなものか分かりませんよね…
暗くて…何もなくて…深い闇なのかもしれません。
でも私はきっと幸せであると信じたかった。
この小説は私の願いそのものでもあるのです。
皆さんも不安になることがきっとあると思います。
でも、くじけないで頑張ってください。
きっと、幸せなことが待っていると私は信じていますから。