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6.Creaked gear(軋む歯車)

「うわー、これ可愛い!」

「見とれてる場合じゃないだろ。急がないとバス行っちゃうぞ。」

「はあい。」

 二人の姿は出雲市駅前にあった。社不知村へ行く数少ないバスに乗り、海岸沿いの一本道を走る。復旧したのはつい最近だ。

「元気だったみたいでよかったじゃん、悠馬のやつ。」

「うん。今まで以上にリハビリに専念しなきゃって躍起になってたっけ。」

「足を治すのが先決なのに、無理しやがって。」

「そういえば、何で伴夜君まで見舞いに来たの?」

「お、俺はあの、ほら、体育祭の準備のついでだよ。実行委員は忙しいからさ。」

「ふうん。マユミちゃんほったらかしにして、平気なの?」

「何でそこでマユミの話が出て来るんだよ。」

「別にぃ。私がマユミちゃんだったら、そろそろ寂しくなってくる時期かなー、って思ってさ。」

「宝にそんな風に言われると、不安になってくるなぁ・・・」

「海で泳いでて溺れたときも、心配してたよ?たまには会ってあげないと。」

「そうだな。」

 伴夜と宝を乗せたバスは、やがて社不知神社の近くにある終点のバス停に到着した。

「ねえ、あれって雅治さんじゃない?」

 バスを降りて神社へ向かう通りに入ると、見覚えのある人影を見つけた。

「ああ、そうだな。どこへ行くんだ?」

「こっそりつけてみる?」

「おいおい、何でそんな疚しいことしなきゃいけないんだよ。」

「いいでしょ?私は気になるからついてくよ。」

「勝手にしろよ。俺は少なくともそんな」

「元気かい、お二方?」

 後ろから声をかけられてドキッとする。振り返ると、そこには駐在員の魎が立っていた。ここは駐在所も近い。

「あ、魎さん、こんにちは!」

「どうも。二人とも、出雲に行ってきた帰り?」

「ええ、悠馬君のお見舞いに。」

「体育祭の準備も兼ねて。」

「あー、そういえば。悠馬のやつ、元気してたか?」

「この間ぶっ倒れたのが嘘みたいでしたよ!」

「そりゃよかった!今度行ったら、俺からもよろしく伝えといてくれよ。」

「分かりました!」

「ところで魎さん、こんなところで何してるんですか?」

「ああ、俺?俺はこれから昼飯だけど。」

 時間帯的にはランチタイムだ。神社へ通じる道に軒を連ねる飲食店からはいい匂いがしてくる。

「あ、ちょうどよかった!ねえ、今あっちの方に、雅治さんが歩いていったんですけど。」

「雅治がどうかしたのか?」

「この辺を一人で通るようなことってあります?」

「どうかな。昼飯食いに出かけるから、あまり会わないけど。」

「そうですか・・・」

「何、雅治のやつ、何か怪しいことでもしてるのか?」

「・・・気になるなら尾行してみたらどうですか?」

 するかしないか迷っていた伴夜が意外な提案をした。まあ、要は押し付けたのだが。

「え、尾行?俺が?」

「駐在さんならバレないでしょ。」

「いや、そういう問題じゃないけどさぁ・・・」

「お願いします!」

 ついには乗り気だった宝にまで念を押される始末。

「・・・しょうがねーなぁ。よし、じゃあ雅治の件は俺に任せてくれ。何か分かったら報告するから。」

「本当ですか!じゃあお願いしますね!」

 渋々了承したものの、言いくるめられた感に苛まれる。

 とりあえず、雅治が行った方向に向かって歩き出す。雑踏の中に見失うほどの人数もない。雅治の後姿も何度も見たし、その姿はすぐに見つけられた。一定以上の距離を保って歩いていくと、雅治はある建物の前で立ち止まり、その中に入って行った。

「・・・喫茶店?」


 今日も俺は洞穴に来ていた。今日は雨。これならライカンスロープも現れるだろうと、ずっと待っていた。たとえ目印がなくても、ここに来るだろうと、信じて疑わなかった。

 やがて外からバシャバシャと水溜りを蹴る足音が聞こえてくる。その足音が洞穴の中で共鳴したかと思うと、ピタリと止まった。来たか?

「あー、もう最悪!びしょ濡れになっちゃった・・・」

 あれ?洞穴の入り口に現れたのは、愛くるしい小動物。額の部分には宝石が埋まっている。もっと近づいてよく見ようとしたら、ガサッという枯れ葉を踏んだ音を立ててしまった。

「・・・誰か、いるんですか?」

 その声は震えていて、何かに怯えているようだった。

「ああ、大丈夫。俺がいるけど、何もしないから。」

 念を押してそういったつもりだが、姿を見せても、体を縮こまらせている。信用できずにいるのかな?そりゃあ悪魔の姿を見たら、誰だってビビる。

「お、奥で火焚いておくから、温まりたかったら来いよ。」

 あまり強要しない方がいいだろう。・・・女を犯したがる奴がよく言う。

 寄せ集めの枯れ葉や木の枝に火をつける。湿っているのか、勢いよく燃えるのに時間と労力がかかった。何とか火は大きくなり、焚き火と呼べるにふさわしくなった。

 一人で暖を取っていると、入り口からソロソロと、その小動物がやってきた。覚束ない足取りが不安だが、かろうじて焚き火の傍まで寄ってきた。

「あったまる~。」

「風邪ひかないように、しっかり乾かしていけよ。」

「はい、ありがとうございます!」

 ろ、露骨に感謝を表現されると、照れるな・・・

 いつの間にか自分も、暖かさのせいか、眠気に襲われてきた。よく見ると、その小動物も、体を丸めて眠っている。

 ライカンスロープ・・・どこに行ったんだろう。あの夜以来、一度も会っていない。

「どこにいるんだよ・・・」

 思わず、そう呟いてしまった。


 いつしか僕は公民館の食堂の昼食に飽き飽きしていたようで、晴子と朝食を取りに来る喫茶店まで行くようになった。英国風の朝食を食べて、似たり寄ったりな昼食を取ることを最初は躊躇していたが、おいしさを考えたら個人的にはこっちの方が好みなので、この喫茶店を贔屓にさせてもらっている。今日は目玉焼きとサンドイッチを頼んで食べていた。

 左手にサンドイッチ、右手にスマートフォンを持ち、ニュースを調べる。購読料さえ払えばスマートフォンでも地元の新聞が読めるのだから、やっぱり時代は進化したなと思う。

 コトッという音がしたと思って、スマートフォンから視線をずらすと、机の上にパフェが置いてあった。頼んでもいないデザートだ。

「これ、私からのサービスですっ!」

 僕の机の横には、いつも接客している女性店員が立っていた。その制服が、古風な感じもあって、それでいてモダンな雰囲気だから、結構目に留まる。

「宮崎雅治さんですよね?私、稲毛(いなげ) (なぎさ)って言います。いつもご利用いただきありがとうございます!」

「ああ、こちらこそ、贔屓にさせてもらってるよ。いつもおいしい料理をありがとう。立ち話もあれだから、座って。」

「じゃあ、失礼しますね。」

 うお、この構図こそデートみたいじゃないか。お互いに赤面してしまう。

「雅治さん、診療所の所長さん、なんですよね?」

「ええ、まだ日は浅いけど。」

「凄いなぁ。お仕事、大変じゃないですか?」

「慣れればどうってことないんだろうけどね。汀ちゃんもそうでしょ?」

「わ、私はそんな・・・あ、コーヒーのおかわり、持ってきますね!」

 ヤバい、この勢いで行くと、汀ちゃんに惚れてしまいそうだ・・・

 ぼーっとしていると、再びコトッという音が聞こえてくる。視線を戻すとそこにあったのは・・・コーヒーカップ?

「よっ、雅治!」

「・・・魎!お前、何で・・・」

「ここのエスプレッソ、めっちゃうまいよな!リピーターなんだぜ?」

「そうなんだ・・・」

「コーヒーお持ちしました~!」

「あ、ありがとう、汀ちゃん。」

「魎さんもいかがですか?」

「じゃあ俺もお願いしようかな。」

「はい、どうぞ!じゃ、失礼しますね、雅治さん。」

「ああ、ごめんね、仕事中に。」

「大丈夫ですよ、またいつでも来てくださいね!」

 駄目だ・・・完全に向こうに引き込まれている気がする!

「雅治?お~い。」

「・・・うん?何?」

「目が泳いでるぞ、お前。」

「そ、そう?」

「二股かぁ?ここに来て早速モテモテじゃないかぁ。」

「何でそういう発想になるんだよ・・・」

「ここに来たばっかりの人間が、こんな短期間に何人もの女を誑かしてるわけないと思うけどよ、そうとしか見えないんだわ、現時点では。」

「僕ってそんな卑猥な人間に見えるかな・・・」

「いやいや、そうは言ってないだろ。とにかく、女ってのは怖い生き物だから、迂闊に次々と関係作るんじゃねーぞ。」

 いきなり魎の口調が変わる。急にシリアスな雰囲気を醸し出してきた。

「な、何を言い出すんだよ?」

「確かに来たばっかりでまずは友達作りって気持ちは安易に察することができるけど、友達だって選ばないと。もっと慎重になった方がいいんじゃねーの?」

「そうだけどさ・・・」

「まあ、難しい話だし、後は自分で考えてくれよ。」

「うん・・・」

「・・・あつっ!」

「大丈夫?お前、猫舌なの?」

「ゴホッ、ゴホッ・・・いや、一気飲みしただけさ。」

 確かに人付き合いには注意しないと、大学病院時代の二の舞になるのは重々承知している・・・つもりでいる。でも、分け隔てなく人と付き合いたいと思っている内なる自分が、それを阻害するのだ。どうすればいいって言うんだ・・・

「俺、もう行くけど、雅治、どうする?」

「ん・・・僕も行くよ。お勘定済ませないと。」

 サンドイッチを平らげ、コーヒーを飲み干して、二人でレジに向かう。レジカウンターに置いてある呼び鈴を鳴らす。厨房の方から汀ちゃんの「はあい!」という元気のいい返事が聞こえてくる。

「雅治お前、汀ちゃんに惚れたのか?」

「それ、さっきも似たようなこと聞かなかったぁ?」

「そうだっけ?でも、俺がそれを何度も念を押して聞くってことは、それは正しいって証拠だぜ?」

「冗談じゃないよ、僕はただ」

「お待たせしました!勘定、一緒にしちゃいますか?」

「いや、別々でいいよ。」

「分かりました。」

「おいしかったよ、また来るね。」

「ありがとうございました!」

「変わり身、早いな、おい・・・」

「・・・さて、仕事に戻るかぁ。」

 魎の口車に乗せられないようにするには、ある程度はぐらかすのが手かもしれないな。

 足早に診療所に戻る。なぜか道中の足取りは軽かった。

 診療所には、まだ菘さんと水穂ちゃん、二人の姿はなかった。午後の診療開始時間までまだ時間がある。

 施錠された階段のところのドアを開けるなら、今がチャンスだ。ただ問題がひとつ。僕自身、真っ当なピッキングツールを持っていない。泥棒みたいで最初は気が進まなかったが、好奇心に押されるようになり、ピッキングができそうな道具を探すことにした。

 処置室や診察室を弄る。注射針なんかは細すぎるし、そんなものを使ったら衛生的に大問題だ。

 ・・・これなんかどうだろうか?手術道具の中から、刃渡りの長いはさみ、メッツェン。鍵穴に突っ込んで、刃の先端で突けば、ピッキングくらいお手の物だろう。はさみの一つや二つちょろまかしても問題ない。

 刃の先端を前後上下に動かして、硬いものに触れていない軽い感覚があれば当たりだ。そんな箇所を探っては刃先で突く。メッツェンの長さ的に限界に近づいてきたが、その動作を繰り返していると、鍵が開く音がした。何とか解錠に成功したようだ。

 扉は重い。非常階段に繋がる防火扉のようで、重みがあるし、蝶番が軋んでキィッという耳障りな音も立つ。誰かいたら危なかった。

 さらに驚いたのが、ドアの先は階段になっていて、下の階に通じているのか、蝶番が軋んだキィッという音が木霊している。僕はスマートフォンの照明を使おうかと思ったが、ドアをくぐってすぐの壁沿いにスイッチがあり、パチッとスイッチを入れると、蛍光灯の光が階段を照らした。

 無機質な白い壁と、蛍光灯が織り成す階段の風景。古い雑居ビルなんかでよく見るので、特になんとも感じなかった。むしろ、何も感じなかったからこそ、鍵をかけてあることに違和感を覚えた。

 階段を地下1階へ下りると、階段を下りてすぐのところに、頑丈そうなドアが再び現れた。鍵穴らしきものは見当たらず、わけの分からないテンキーが埋め込まれたパネルがある。パスワードを打ち込む方式のものなのだろうか。

 ムシャクシャして適当にボタンを押してみた。すると、押した勢いでドアがすうっと開いていく。何だ、ドアロックは既に解除してあるのか。・・・ちょっと待て。

 こんな無防備なドアロックはないはずだ。こんなブービートラップなど最初から不要だし。

 僕は不安になって、処置室に一旦戻り、メスを片手に握り締めて再び地下1階に戻った。有事のためだ。

 よくよく考えたら、1階のドアは施錠されていて、さらに頑丈そうな地下1階のドアは施錠されていないのも不自然だ。何かある。直感で分かる。

 ドアの奥は、真っ白な無機質で殺風景な通路に小部屋がいくらかある空間。何だろう、隔離病棟かな?

 ドアはいずれも閉ざされているが、覗き穴がある。っていうか、こんな感じに外からも覗ける覗き穴は、監獄のそれと同じだ。隔離病棟という概念からも逸脱している気がする。

 こういう物騒なところに来ると、自棄に神経質になる。自分が立てる足音はおろか、高鳴る心臓の音もやかましく感じるほど。そういった余分なものを思考から排除しながら、奥へ進んでいく。

 神経質でいたこともあり、僕の足音や心臓の音以外の音に気付くことができた。

 ・・・すぅ・・・・・・すぅ・・・・・・

 人の呼吸音そのものだ。さっきまで聞こえなかった。ということはもっと奥に、誰かいるのだろうか?!

 その音は、隔離病棟の病室の一室から聞こえてきた。ドアに耳を押し当て、聴覚を研ぎ澄ませる。

 ・・・すぅ・・・・・・すぅ・・・・・・

 ・・・ピッ・・・ピッ・・・

 ウォーーーン・・・

 規則的な呼吸音以外に、機械音のようなものが聞こえてくる。病院なんだから、機械の一つや二つあってもおかしくはないが、神経質になっていた僕には、それすらも思考の対象となる。

 覗き穴から中を覗く。部屋は暗い。というか、奥の窓から差し込んでくる太陽光が眩しくて、室内の物がシルエットになって見える。ベッドの上に誰かが寝ているようなシルエットが見える。そのすぐ傍にモニターがあり、緑や青などカラフルな光を発していた。

 このドアの奥、即ちこの監獄のような部屋の中に、誰かがいる。だけど僕はこんなところに患者がいることはおろか、この場所の存在すらも知らされていない。

 中途半端な施錠、知られていない場所、見知らぬ人間が眠っている。この3点だけで十分怪しい。意を決してドアを開けようと、ドアノブに手をかけ、左右にねじる。

 ガチャガチャとやかましい音を立てるだけで、ドアは開かない。くそ、また中途半端に施錠されている。手間が惜しいが、ピッキングで開けてしまおうと、メッツェンの入っているポケットに手を忍ばせたとき・・・

 パタパタッ!

 誰かが廊下を駆けていく音が聞こえた。反射的に身を翻し、すぐにメスに持ち替えて、音のした方へゆっくりと歩き出す。階段に戻る途中の通路の角で立ち止まる。そしてメスを構えて姿を見せる。

 ・・・誰もいない。無駄に神経質になったのが惜しまれるくらい、そこには蛍光灯に照らされた廊下が広がる。

 パタパタッ!その音は、再び僕の背後から聞こえた。しかし今度は至近距離で聞こえた。

 ・・・しまった、虚を衝かれたようだ。この廊下には、行き止まりというものは存在しない。つまり今いる分岐点から、どちらの廊下に向かっても、今いる場所に戻ってくるのだ。上面図で見れば、ホイッスルを横から見たような形になっている。だから、僕の真後ろから足音が聞こえてきても、不思議ではなかった。

 バシッ!

「むっ!?」

 振り返ったときには既に遅かった。何かが視界を埋め尽くした直後、頭頂部に衝撃が走り、一瞬で視界は真っ白になった。平衡感覚を失い、意識朦朧としながら、その場に倒れこむ。

「くっ!」

 誰かの呻き声。直後に血のついたメスが、カランと音を立てて床に落ちた。その音が耳の中に木霊して、消えていくのにつられるかのように、僕の意識もすうっと遠のいていった。


「帰り道、こっちで合ってるのかー?」

「だーかーらー、何度も言ってるけど、私が間違える分けないでしょ!?」

「だってさっきから山の中を彷徨ってばっかりじゃないか!」

「多分、こっちで合ってるはずなんだけど・・・」

 ひたすら山の中を歩き続ける。肉体的な疲労は休めば何とかなるのだが、ひたすら緑一色の景色を見ていると、嫌になる。精神的疲労は尋常ではない。

「・・・あれっ、何か開けたな。」

「おっ、人里発見!帰ってこれたかな?」

 藪の中を抜けると、平地に家々が軒を連ねる山里が見えてきた。

「やったー!やっとくつろげるー♪泊まってこ、泊まってこ!」

「ったく、歩かされたこっちの身にもなってくれよ・・・」

 郷里の中に入ってみる。古風な家が立ち並び、田園風景がいかにも山村という感じ。過度に着飾るわけでもない、至って平凡と言ったら言い方が悪いが、代わり映えしない村だった。

「あのーっ!誰かいませんかーっ!?」

 そう思うのも無理はない。寂れた村どころか、ゴーストタウンという表現が似合うほど、人の姿がないのだ。いくらウンディーネが叫んでも、人の気配はない。

「どういうことかしら?」

「本当に誰もいないのかな?手分けして探してみないか?」

「そうね。折角見つけた村が廃村だったら嫌だもの。」

 ウンディーネとスサノオは二手に分かれ、村の中をくまなく探して回った。そして、村の中心にある十字路で鉢合わせになる。

「誰かいた?」

「ううん、誰も。はぁ、どういうことなのよ・・・」

「・・・なぁ、あそこの家、明かりが点いてないか?」

「え?・・・あ、本当だ。誰かいるみたい。暗くなってきたし、ちょっと寄ってみようか。」

「そうだな。」

 山の麓に近い、村の外れにある民家。そこだけ明かりが灯されていた。中を覗き、声をかける。

「すいませーん、誰かいますかー?」

「はぁい?」

 野太い、それでいてしわがれた声とともに、老夫婦が顔を出した。

「うわ、怖っ・・・」

「そういうこと言わないの!」

「どうかしましたか、お二方?」

「あ、あの・・・この近くに、泊まれるところとかって、あります?」

「泊まれるところ、ねぇ?あったかい、テナヅチ?」

「さぁ、この辺の人は、皆いなくなっちまったからねぇ、アシナヅチさん。」

 さっきスサノオが、老夫婦のことを怖いと言ったのも頷けた。二人とも表情が暗く、沈んでいるのだ。口調にもそれが現れている。

 いなくなった、という曖昧な表現も気になる。引っ越していったなら、普通は「出て行った」と表現するはずだ。

「いなくなった、っていうのは?」

「・・・何年か前まではな、この村も賑やかだったよ。そりゃあもう、今と比べたらお祭り騒ぎさね。」

 明るい出だしで始まったが、その口調は重い。この矛盾に違和感を覚えながら、話を聞いていく。

「・・・でも最近、そこの山に大蛇が現れて、毎年のようにこの村に来ては、若い子を襲って、餌にしちゃうようになったのさ。」

「大蛇?」

「やだ、洒落にならないじゃない・・・」

「うちにも娘が8人いたのですが、とうとう最後の一人となってしまいました。」

「それは、お気の毒様です。」

「何てむごいの・・・」

「村の年寄りたちも、年老いたんだかショックだったんだかで死んでしまった、あるいは自分たちが捕食されるのを恐れて、余所へ行ってしまったのさ。」

「・・・・・・ウンディーネ、俺・・・」

「分かってる。私だって、何とかしたい。」

 本来日本神話に現れるべきではない存在である精霊が、ここで物語を左右する駒として動こうとしている。

「状況を整理させてもらうぜ。えーっと、その大蛇とやらが毎年ここに来て、若い奴だけひっ捕らえて食ってるんだな?そして、残ったのはここの家の娘一人だけと。」

「あのー、その大蛇って、具体的にはどういう?」

「・・・何度も見たからはっきり覚えとる。目は真っ赤に血走って、図体もデカい。そして何より、頭が8つあるんだ。」

「気持ち悪っ・・・で、それが現れる時期って・・・?」

「ちょうど今頃だよ。」

「「えっ!?」」

「・・・今夜は月が綺麗だ。ちょっと風が強いがな。今夜辺りになりそうだ・・・」

 ウンディーネは小さく、「聞くんじゃなかった」と呟き、後悔した。

「・・・立ち話もまずいから、中に入ってくだされ。もう寒くなってくるから・・・」

 さっきまで横で黙って俯いていた、テナヅチと呼ばれた老女が、急に顔を明らめて、二人を民家の中に入れた。そして、二人に夕食を振る舞い、空き部屋に泊めてくれると言った。二人はいくらかある部屋の一室に通され、腰を下ろす。

「・・・今だから言えるけど、足パンパン!もう歩けねーな。」

「わー、畳の匂いって爽やかー!今夜はゆっくり寝れそう!」

「おいおい、のんびり寝てる場合じゃないだろ。」

「ああ、そうだった・・・」

 再び重い空気になる。スサノオが縁側から月を眺めていると、ウンディーネが気になるものを見つけた。

「あら、綺麗な掛け軸。何が描いてあるのかしら?」

「何それ?」

「8つの・・・花かしら?これ。」

「でもそのうち7つは蕾じゃないか。」

「・・・あ。これ、一輪の花に意味を持たせてるわけじゃなさそうね。わざわざ蕾を7つも描くんだから。」

「・・・もしかして。」

 そのとき、襖を叩く音が聞こえてきた。

「お茶をお持ちしました!」

 元気な女の子の声だった。

「どうぞ。」

「失礼いたします!」

 ハキハキとした口調で、それでいてゆっくりと言葉を発した後、襖がゆっくりと開く。そこには10代半ばないくらいの女の子が、小さく正座していた。

「・・・綺麗。」

「可愛い・・・」

 思い思いの感想にも動じず、淡々と二人の前にお茶を出す。

「ごゆっくりお寛ぎください!」

 お茶を出して、襖の向こうに消えていこうとしたのを、ウンディーネが静止する。

「・・・あ、待って!ねえ、あなた、お名前は?」

「・・・櫛名田比売(くしなだひめ)と申します!」

 そう言うと、もう一度正座をし、ゆっくりとお辞儀をした後、襖を閉めた。

「・・・私、決めた。二人で、あの子のこと、守ってあげましょう?」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・ちょっと、聞いてる?」

「・・・ん?ああ、ええと、何だっけ?」

「ったく、真面目な話してるんだから、聞いててよ・・・」

「ごめん。」

 スサノオはそういうと、出されたお茶を飲みながら、再び縁側で月を眺め始めた。

「・・・私の話、聞いてた?」

 ウンディーネもお茶を持って隣に座る。

「・・・え、何か話してたっけ?」

「もー。これが本当の『お茶を濁す』だわ。私はね、あんな小さい子をみすみす大蛇に差し出すなんて真似はできないわ。何か考えましょう?」

「考えるったって、どうするんだよ。」

「だから、それを考えるんじゃない。」

「・・・・・・・・・・・・」

「ほら、私も考えるから、一緒に考えて。」

「・・・分かったよ。」

 二人して、お茶を飲みながら、夜空に浮かぶ月を眺める。端から見ればシュールな光景だが、二人とも表情は真剣そのものだ。

「・・・なあ、こんなのはどうだ?」

 先に案を出したのはスサノオだった。それを早速ウンディーネに話す。

「・・・えぇ~っ?そんな人間的思考が大蛇に通じるのぉ?」

「俺だって真剣に考えたんだ。そりゃあ倒し方なんか分からないし、時間もない。なら、手っ取り早い方法しかないじゃないか。」

「・・・そうね。ちょっと不安だけど、それで行きましょう。」

 二人は月を眺めながら、時が経つのを待った。その日の月は自棄に綺麗だった。

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