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3.Worthless promise(価値のない約束)

 目を覚まして最初に目にしたのは、無機質な真っ白い天井だった。耳に飛び込んでくる鳥の囀りが心地いい。

「・・・あ、起きました?」

 その声は、まるで久しぶりに聞くかのような懐かしさを含んでいた。

「先生が病室のベッドに寝そべってるなんて、珍しいこともあるもんですね。」

 確か診療所には、建物のスペースの考えで、入院病棟に個室はない。4人くらいが一緒の病室に入るタイプだ。

 ・・・状況を整理しよう。僕は昨日・・・車を運転中に事故って、幻のようなものを見て、それから・・・ここに運ばれたのか?目を覚ましたら、診療所で満君と同じ病室にいたってことか。

 僕は体を起こし、向かいにいる満君と視線を合わせる。

「僕がここに運ばれてきたことは知ってるの?」

「ええ、夜中に目を覚ましたら、何やらドタバタしてたから、気になって見に行ったら、雅治さんが頭から血流しててさ。」

「血?」

 気付けば頭に包帯を巻かれていて、思い出したように鈍痛が襲ってくる。

「いてててて・・・」

「大丈夫ですか?無理しないでくださいよ?」

「大丈夫、これくらい。」

 僕は再びベッドに横になる。・・・患者の気分になると、入院中って案外暇なものだ。テレビでも見ようと思ったら、横のテーブルに、ちょこんと小さなブーケが置いてあった。

「これは・・・誰が?」

「ああ、魅鳥さんが置いていったんですよ。」

「魅鳥ちゃんが?」

「そういえば、昨日先生が運ばれてきたときも、海斗さんと一緒に、魅鳥さんがいましたね。」

 どういうことなんだろう。小さく添えられているメッセージカードを手にとって読んでみる。

「事故現場を最初に発見したので、救急車の手配と救出のお手伝いをしました。早く元気になってくださいね。 魅鳥」

 ちょっと嬉しい気分になったが、そんな気分は一瞬で吹っ飛んだ。

 あの時、僕の目の前に現れた幻は、本当は魅鳥ちゃんだったのか?でも、あの大きさとシルエットは、どう見ても馬鹿でかい鳥にしか見えなかったと思うが・・・

「・・・あ、雅治さん、起きられました?」

「あ、ああ。ごめんね、初日なのにこんな羽目になっちゃって。」

「大丈夫ですよ。まだ受付開始時間じゃないですし、CTスキャンやその他の検査でも、特に問題はなかったし。」

「まだそんな時間か・・・って、さり気なく『働けよ』って言ってるよね?」

「頭の傷も、ちょっとした切り傷だったので、すぐに治ると思いますよ!今日からよろしくお願いしますね!」

「ははは。じゃあ、こんなところでのんびり寝てる場合じゃないな。早く準備しないと。」

「着替えてる間にコーヒー淹れておきますから、早く来てくださいねー。」

「はいはい!」

 水穂ちゃんの清々しい笑顔を見ると、さっきまでの不穏な感情が吹き飛ぶ。

「へー。水穂さんとできてるんですか?」

「・・・何言っちゃってんねん。来てまだ1日だぞ?」

「その割には流暢な関西弁ですね~。ここ、島根県なんですけど。」

「だって島根の方言知らないもん。」

「まあ、この村は、若年層は皆標準語だから、気にならないと思いますよ。」

「ってことは、ご年配の方たちは難解な方言で来るわけか。診察、やり辛いだろうな~。」

「回診の時間になったら、いろいろ教えてあげますよ!それまで横になってますね。」

「おう、じゃあ、仕事始めと行くか!」

 あまりよろしくない出だしとなったが、気を引き締めて、病室を後にした。


「・・・・・・あぁ・・・」

 目の前の黒い物体を目の前にして、私は完全に固まっていた。

「お母さん・・・だよね?どうしたの?」

 私は怖くて、ただ怖くて、金縛りのようなものに囚われていた。

「セレネー様、大丈夫ですか!」

「おい、奥に何かいるぞ!」

 背後から衛兵たちの大声と足音が響いてくる。

 ガタッ

 持っていた剣を床に落とし、足の力も抜けて、かくんと膝を曲げて崩れ落ちる。私は・・・どうすればいいんだ・・・?

「ねえ、どうしちゃったの?」

 まるでその一声が拍車をかけたように、ふっと気が遠くなっていくのを感じた。

「セレネー様、どうなさいましたかっ!」

「さっきの奴はどこに行った?!探せぇ!」


「・・・じゃあ、痛み止めのお薬、出しておきますね。」

「あんがとなぁ。まめになれるから、信用して来れるわ。」

「ははは!じゃ、お元気で!」

 診察室から老人女性が出て行く。僕にとっての診療所での患者第一号もあんな感じのおば様だったが、何しろ方言がドギツい。思わずメモに書き留めてしまったくらいだ。

 割と標準語や関西弁と大差ない。ただ、「転んだ」という意味の「まくれる」という言葉には、最初は首を傾げてしまった。所々、標準語とかとはまったくかけ離れている単語もあり、覚えるのは難しそうだ。

「学生時代を思い出すよ。こんな風に単語のカード、作ったっけ・・・」

「愚痴ってる暇があったら、次の患者さんの相手してあげてください!」

「はいはい・・・」

「これ、悠馬君のカルテと問診票です。」

「うん、ありがとう。」

 次の患者は・・・千葉(ちば) (ゆう)()君、16歳。既往歴・・・特筆すべき重大疾患にはかかったことがないそうだが、今年の初め、出雲市内にて交通事故に遭い、それ以降下半身不随となっている。今日は、足の状態を確認してから、リハビリとして歩行の練習をするって、さっき菘さんが言ってたな。

「千葉悠馬君、診察室へどうぞ。」

 しばらくして、「失礼します」という声があって、ドアが開いた。車椅子に座っている悠馬君は、童顔で髪の毛が長く、最初は女子なんじゃないかと思った。後ろから、「失礼します」と言って、ショートヘアの女子が車椅子を押して入ってくる。付き添い人と見えるが、母親ではなさそうだ。

「改めて自己紹介させていただきます。今日からこの診療所の所長に就いた、宮崎雅治です。よろしく。」

「千葉悠馬です。こっちは同級生の中谷(なかたに) (たから)。」

「よろしくお願いします!」

「悠馬君と宝ちゃんだね、よろしく。さて、じゃあ今日はリハビリってことだよね?ええと・・・前の所長さんのときはどんな感じに進んだ?」

「最初に足を見てもらってから、歩行の練習・・・でしたね。」

「見るって、どんな感じ?レントゲンとか撮る必要はある?」

「そうですね。骨の状態とかも確認してました。」

「OK。じゃあレントゲン室、行こうか。菘さん、いるぅ?」

「ああ、大丈夫ですよ、私が連れて行きますから。」

「そう?分かりました。じゃあ、ゆっくりね。」

 初日からハードな症例だなぁ。もう一度カルテを読み直してみる。今年の頭に交通事故に遭ってから、1週間に1回程度の通院となっている。若いから骨も簡単に治ると思っていたが、何を手こずっているのだろう?

「・・・呼んだ?」

「ああ、菘さん、受付はもういいの?」

「午前中の診察の受付は終わったから。」

「そうなんだ。いや、悠馬君の診察の仕方が分からなくてさ。とりあえずレントゲン撮りに行かせたけど。」

「そうね・・・もうちょっと細かいところまで目を配ってみたら?」

「え?」

 僕はカルテをもっと細かく読んでみることにした。

 骨折に関する細かい説明書きがされていないことに気付いた。しかも、処置内容も、簡単なギプスの取替えやレントゲンなど。骨折したのなら、もっとちゃんとした処置もあるはずだし、ましてや交通事故で3ヶ月以上も車椅子ならば、ちょっとやそっとの骨折ではないはずだ。

「ちょっと気付いたんだけどさ、悠馬君がこの診療所に通院し始めたのが、3ヶ月前だよね?その前はどこに行ってたの?」

「それは知らないけど、出雲の市街地で、しかも交通事故、骨折するような重傷だったとしたら、普通は最寄りの病院に救急搬送されるわね。」

「ってことは傷の処置はそっちでやったのかな。悠馬君は、元々この村の住民なの?」

「ええ。だから多分、出雲までの通院が遠いから、ここの診療所にしたんじゃない?」

「ちょっと待って。そしたら、少なくとも事故に遭ったのは、ここに来る時期よりも、少しばかり前じゃない?それなのに、未だに車椅子?どんだけ重傷だったんだろう・・・」

「うーん、前の病院がどこかも分からないし、詳細データも分からないのよね。」

「後で直接本人に聞いてみようかな。」

「それがいいんじゃない?」

「他に怪しい点はっと・・・体重が72キロもあるの!?」

「ああ、彼は贅肉じゃなくて、筋肉で重たいのよ。」

「そうなの?」

「ええ、この村の高校で弓道やってるらしいんだけど、去年まだ高一なのにインターハイに出たからね。相当鍛えてるよ、彼は。」

「へー。菘さん、触診、代わる?」

「・・・何を厭らしいことを言ってるのよ。」

「ははは!」

 詳細は、どうやら本人から聞くしかなさそうだ。しかし意外な経歴が次々と出てきたな・・・

 しばらくして二人はレントゲンから戻ってきた。

 撮ってきたレントゲンを見て唖然とした。大腿骨に粉砕骨折の痕跡があり、外科的処置を用いた形跡もある。つまりは手術によって、骨折した箇所を金属で固定していたのだ。

 大腿骨のほぼ中央が砕けていたことも気になる。この位置が折れると、すぐ近くを走っている神経に障害を及ぼすこともある。ひょっとしたら、この神経が麻痺を起こしたせいで、歩けていないのだろうか。

 だけど、少なからず治癒の形跡も見受けられるので、特に気にする必要もないだろう。

 宝ちゃんには外で待っててもらって、僕は悠馬君をベッドにうつぶせに寝かせ、足をいじり始めた。足の可動領域を調べるためであり、事故による後遺症が残っている患者の状態を確認する目的がある。

「すごい太い足だね、弓道部なんだっけ?」

「そうですよ。去年はインターハイ出たんですけど、今年は無理そうだな・・・」

「そ、そんな暗いこと言うなよ。えいっ!」

「いてててて!」

「ああ、さすがにこれ以上は無理か。やっぱり神経が痛んでるのかな~?」

「俺が骨折った経緯は聞きました?」

「少しはね。詳細が知りたいけど。例えば、事故直後はどこの病院に行ったのか。」

「いや・・・事故ったときのことはほとんど覚えてないんですよ。思いっきり吹っ飛ばされたくらいしか。」

「そうなの?」

「ええ。気付いたら、病院の病室に寝かされてて、体中に管を繋がれて・・・足には分厚いギプスがされて、足だけ吊り上げられてました。」

「どんな処置をしたかは聞いたの?」

「担当の先生から一応。事故で骨が砕けてたから、金属のボルトで固定したっていうことを。」

「なるほどね・・・これは行ける?」

「あいたたた・・・」

「あれ、これが無理か・・・坐骨神経麻痺ってところかな?」

「ああ、神経も傷つけてるってことも聞きました。前の先生から。」

「場所が場所だもんね。手術で幾分治せても、やはり長期間のリハビリは強いられるんだろうな。」

「ですよね・・・」

「でも、レントゲンを見た感じ、骨も綺麗にくっついてるし、神経以外に問題はないと思う。ギプスもとっくのとうに取れてるんでしょ?」

「まあ・・・」

「じゃあ、気を取り直して、歩く練習からしようか!宝ちゃんも呼んでこようか?」

「・・・いや、たまには一人でやってみます。」

「ん?」

「いつも、あいつに支えてもらってますから。骨折した当初言われたんですよ、『私を支えてくれたから恩返しがしたい』って。だから・・・」

「ははは!何を強がってるんだか。そんな事情があったのかぁ。あのね、金八先生じゃないけど、人っていう字は、長い左払いと短い右払いが支えあってできてるんだよ。お互いが支えあうって意味では、ある意味で当然だし、ある意味で重要だと思う。」

「・・・・・・」

「・・・な~んて人の受け売りで説教して、何やってるんだか。じゃ、行こうか。肩貸すよ。」

「あ、ああ、ありがとうございます。」

 確かに体重72キロは重たい。でもこれを傍で支えてあげられる一員になれるなら、これくらい大した仕事ではなかった。

 入院病棟の一室に、リハビリ用の施設がある。専門のスタッフがいてくれた方が心強いのだが、人件費等々の問題で、僕らがそこの職員も兼ねている。

 エレベーターを降りると、僕に押されなくても、自分の手で車椅子をこいで訓練用の歩行器の前に止まった。

「強がっちゃって・・・」

 また同じ言葉がこぼれる。

 立つところまで支えてあげようとしたが、自力で車椅子の固定道具を外し、両手で支えの棒をしっかり握り、腕力だけで体を持ち上げ始めた。

 それには正直驚いた。持ち前の筋力と雖も、その顔は「限界だ!」と叫んでいるかのよう。全体重をあの両腕で支えているようなものだから、スポーツマンが腕を鍛えるのに使うトレーニングとか、体操の競技に出てくる吊り輪や鞍馬のようなもの。

 悠馬君は、僕の目の前でそれをやろうとしている。僕はしばらくそれに見入っていたが、踏ん張っていたのにも限界に達したらしく、がくっと力が抜けて崩れ落ちてしまった。

「大丈夫?焦らなくていいんだぞ?」

「はい・・・すいません。」

 僕がゆっくりと引き起こす。その細い体に似合わず、ごつごつした体つきだった。そして再び腕の力を使って立ち上がる。いや、腕の力だけに見えるが、本当は全身の筋肉をフル活用してるんだろうな。

 ゆっくりと足の微弱な力も交えながら、ゆっくりと歩き始める。しかし、折れていた方の足で踏み込んだ直後、バランスを崩して横に倒れた。

「おっと!」

 必死に上半身を掴んだが、悠馬君も踏ん張った。

 だけど見た感じ、長い休養のせいか、足の筋力は大分落ちてしまっている。弓道部だから足はあまり関係ないかもしれないが、歩くのに支障を来すほど筋力が衰えているのはまずい。こうやって、少しずつリハビリをしていかないと。本人にとっては酷かもしれないが、生きるため、最低でも自力で歩けるくらいにはなってほしい。

 歩行の練習が終わる頃には、悠馬君は汗だくだった。暖房が効いているというのもあるが、結構いい運動だったのだろう。骨折の経験がないので、本人の気持ちは分からないが。

 僕は隅にある物置からタオルを取り出し、「これ、使って」と悠馬君に差し出した。悠馬君は「ありがとうございます」といって受け取り、体中の汗を拭った。

「悠馬君って、負けん気は強い方?」

「そうですね、よく言われます。」

「確かに、患者のアフターケアがどんなに完璧でも、結局は患者自身の気持ちの問題だからね。その分、悠馬君みたいなポジティブ・シンキングはいいと思うよ。努力しようという気持ちが大事なんだから。してきた努力は裏切らないって言うけど、本当だよ、あれ。偏差値50弱から医学部入っ・・・ってこれじゃ自慢話になっちゃうなあ。」

「先生は・・・どうしてここに?」

「え?」

「この村に来た所以です。何でこんなところに?」

「・・・自分から来たわけじゃないんだけど、誤解しないでほしい。多分人事関係だと思うんだけど、僕がいた医学部の病院から、いきなり人事異動って形で左遷されたんだ。ここの前の所長さんが定年間近だったってのもあるんだろうけど。」

「そうなんですか・・・」

「ま、都市部は医者が有り余ってるし、人手の足りてないところで助けを待っている患者さんのところに行くのは、当然かなと思って、悪く言えば、乗せられるままにここに来たわけだけど。」

「断らなかったんですか?」

「いや、多分拒否権すらなかったと思う。きっと、僕の昔からの悪い癖を利用されたんだよね。常に誰かの役に立っていたい、人手の足りてない場所や仕事をしたいと思う癖を。」

「卑怯じゃないですか・・・」

「そうかな?『こっちは足りてるから、他を手伝え!』なんて文化祭の準備のときにしょっちゅう言われたけど。」

「・・・・・・」

「それに、ここにいる悠馬君のみならず、社不知村、いや、日本のありとあらゆる村落が、この問題、即ち医師不足の問題にぶち当たってる。少しでも力になれるのなら、僕はどこへだって行く覚悟がある。」

「ここに来たばっかりなのに、よくそんな風に言えますね。」

「あはは。半ば冗談。しばらくはここで働かせてもらうつもりだよ。改めてよろしくね。」

「・・・よろしくお願いします、雅治さん。」

 そういって固い握手を交わした。海斗のときとは違う力強さを感じた。

「少なくとも、悠馬が歩けるようになるまでは、ここにいるつもりだよ。一緒にがんばろう!」

「はい!」

「よしっ、じゃあ宝ちゃんも待ってるし、上に行こうか。」

 僕は悠馬と宝ちゃんを見送り、診察室に戻ったが、菘さんから「午前中の診察は終わったはずでしょ?」と窘められた。

 食事はどこで取ればいいのかと聞くと、公民館に食堂があるらしいので、そこを使うとのこと。僕は財布をポケットに突っ込むと、菘さんと水穂ちゃんに続いて食堂に向かった。

 ・・・確かに食堂だ。着飾るわけでもなく、みすぼらしいわけでもなく。まだ東京の病院の方が綺麗だったかなくらい。・・・いちいち東京と比較するのはやめよう。心機一転、という言葉もあるくらいだし。

 食券を買って、カウンターに出すと、自治会と思われる婦人方が手早く定食を出してくれる。僕は料理を受け取ると菘さんと水穂ちゃんがいるテーブルに向かい、席に着いた。

「どう?初日は。」

「初日から頭が痛くなるね。片やQOLを考えなきゃいけないわ、此方方言を覚えなきゃいけないわ。」

「ははは。暗記は苦手だったんじゃないの?」

「そんなことないよ。医学部に入ってからは、ずっと暗記してばっかりだったよ。症例とか、薬品とか。」

「あれ、医学部って理系ですよね?菘さん。」

「そうよ。化学的な分野が多いからね。」

「のくせに、ほとんど暗記だよ。数学に出てくる公式や定理、化学式や有機化学も半ば暗記だったし。」

「数学や化学を暗記だと思っているの?」

「あ、それ私も思いました!必死こいて勉強したのにー!」

「え!?ね、根元を探ればあんなの暗記じゃない?形や使い方を覚えちゃえば、どんな問題が出てきたときに使えばいいとか、すぐに分かるじゃん?」

「あんた、それを満君の前で言ったら、株価下がるよ?」

「私たちだけでも下がりかけてるのに、そんなことしたら暴落しますよ?」

「ええ!?そんな爆弾発言したつもりはないんだけどなぁ・・・」

「女のネットワークはなめない方が身のためだよ?」

「以後気をつけます・・・」

 食事は淡々と進み、平らげて診療所に戻ると、数十分後に午後の診療が始まった。


 狩りで大事なのは、冷静になることだ。これは万事共通だが、焦ってもいいことはない。いつものように、冷静に、獲物を捉え、神経を研ぎ澄ませ・・・

「キャアアアッ!」

 突然の悲鳴に、気が散ってしまい、振り向いたときには、獲物は逃げていた。そんなことは構わず、悲鳴の聞こえた方向へ駆ける。

 茂みの奥に、縮こまった小動物に襲い掛かる黒い影が見えた。素早く狙いを定めて矢を射る。矢は黒い影に命中し、一瞬だけ怯んだところを見逃さない。

「おい、何してやがる!」

 足で追い払うと、黒い影は矢を抜いてそのまま走り去った。

「フッ、物騒になったものだ。・・・大丈夫かい?」

「あ、ありがとうございます、助かりました・・・」

 きっとまだ怯えているのだろう。そりゃそうだよな、こんな小さくて愛くるしい生き物が、馬鹿でかい俺を見てビビらないはずがない。

「あの・・・どうやってお礼をすればいいか・・・」

「礼には及ばない。困っている者がいたら助ける、それは当然だろう。」

「はあ・・・とにかく、ありがとうございました。」

「この辺はどんな獣が出てくるか分からない。気をつけたまえ。」

「はい・・・いてっ。」

「どうした?」

 立ち上がろうとしていた小動物が、再びしゃがみこんでしまった。後ろ足を押さえているようだ。

「見せろ・・・ああ、ちょっと擦ったみたいだな。ちょっと待ってろ。」

「あの・・・」

 近くに生えている薬草を手に取り、傷口に当てる。

「いっ!」

「沁みるか?ちょっとだけ我慢しろ。」

 これくらいの傷の処置なら慣れたものだ。手早く処置を済ませ、立たせてあげる。

「ありがとうございます、本当にいろいろしてもらっちゃって・・・」

「先ほども言ったはずだ。礼には及ばない。」

「・・・・・・」

「では、そろそろ失礼させてもらうぞ。」

「・・・あ、ちょっと待ってください!」

「何だ?」

「いや、せめてその・・・お名前だけでも。」

「・・・ケンタウロス。そう呼んでくれ。」

「私はカーバンクルです。命の恩人、ケンタウロスですね?この御恩は一生忘れません!」

「・・・その宝石、綺麗だな。」

「へ?」

「それを目印にさせてもらおう。では機会があったらそのときに。失敬する。」

「・・・カッコいい。」

 最後の言葉を聞いて顔が真っ赤になるのを感じた。照れ隠しで早く走ってしまう。今日の調子は絶好調だ。狙った獲物は、絶対に逃さない!

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