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1.The appearance of the hero(英雄、現る)

「・・・本当に行っちゃうんだな。」

「うん、もう引き返せないし、一度決めたことだし。」

「まったく、最後まで変なところで頑固だったね・・・」

 ここは、羽田空港の出発ロビー。二人は、僕を見送りたいと言い張って聞かないので、ここまでついてきたのだ。

 ・・・やがて、僕の乗る飛行機の搭乗案内のアナウンスが流れる。

「・・・じゃあ、行かないと。」

「俺たちはこっちから応援してるから。がんばれよ!」

「これは別れじゃないから、さようならは言わないよ。いつでも帰ってきてね!」

「うん、ありがとう。行ってきます!」

「「行ってらっしゃい!」」

 二人に笑顔で手を振り、保安検査場へと進んだ。

 僕を乗せた飛行機は、ゲートを離れ、滑走路を疾走し、やがて宙に浮いた。窓から見える東京の摩天楼。しばらくは見ることもないだろう。

「・・・お客様にご案内いたします。この飛行機は、定刻通りに羽田・東京国際空港を出発いたしました。出雲空港までの飛行時間は1時間30分、到着時刻は午前9時35分を予定しております。出雲市の現在の天候は晴れ、気温は摂氏10度とのことでございます。どうぞ到着まで、ごゆっくりお過ごしくださいませ。」

 シートベルト着用サインが消え、客室乗務員がサービスを始めた。

「・・・お飲み物はいかがですか。」

「じゃあ、コーヒーください。」

「アイスとホット、どちらになさいますか?」

「アイス・・・いや、ホットで。」

「かしこまりました。少々お待ちください。」

 個人的にはアイスコーヒーの方が好きなのだが、向こうは寒い。島根県は西日本とはいえ、日本海側であることをすっかり忘れていた。日本海側の冬は雪が降るほど寒い。体を温めておいた方がいいんじゃないかと思ったのだ。

 僕は客室乗務員からコーヒーを受け取ると、かばんの中に入っている書類を出した。

 僕の名前は宮崎(みやざき) (まさ)(はる)。大学病院で外科医をやっている。研修医を上がったばかりの新米だが、救命センターで培った技術を元に出世していく、はずだったのだが、どういう風の吹き回しか、山奥の村へ飛ばされたのだ。

 僕が今から向かうのは、島根県出雲市、日本海沿岸に位置する村、社不知(やしろしらず)村。島根県出雲市といったら、何と言っても出雲大社だろう。しかし、立地条件的に考えると、出雲市駅や出雲空港から出雲大社に行くルートだと、社不知村は通らない。それどころか、出雲大社の北側にそびえる山を越えないといけない。最近はインフラ整備がされているから、海岸沿いに走る一本道を走れば車でも行けるが、アクセスの便がいいとは言えない。だから、あまり人の行き来のない村だ。昔はそれゆえ、出雲大社などの様々な情報や文明が伝わらなかったとのことで、社不知となっている。

 僕はまず出雲空港に到着後、荷物をまとめるために、一旦出雲市駅近くのマンションに向かう。引越し業者に頼んで、家具や荷物は先に家に運んでおいてある。今日は忙しいから、バラすのは明日にしよう。

 その後、同じく運んであるマイカーに乗り込んで、社不知村の診療所に向かう。あそこには一応バスが走っているが、本数が少なく不便だ。

 社不知村にある診療所は、少し前からあるものだが、前所長が急病だとのこと。前所長と僕のいる大学病院はつながりがあるらしく、僕が出向という形でそちらに向かうことになった。

「・・・皆様、当機はまもなく出雲空港に着陸いたします。シートベルトをしっかりとお締めください。」

 眼下に宍道湖が見えてきた。一旦海上に出て、ぐるっと回り込むように出雲空港に着陸するようだ。やがて自分が行くであろう、社不知村の辺りも見えた。海岸には灯台がひとつ。付近には森くらいしか見えない。・・・大丈夫か、こんな村。

 機体が旋回を終え、降下を始めた。僕はこうして、新しい人生の一歩を歩みだすことになった――


「・・・弟が?その話は本当か!?」

「・・・はい、てっきり、ご存知なのかと。」

「・・・スサノオが、来るのか・・・でもなぜ?」

 あいつは確か大海原を任されたはずだ。高天原に何のようだ?それに、あいつに関する良からぬ噂も耳にする。正直、姉として恥ずかしいものだ。

「何があるか分からないからな、念には念を入れて、武器の準備だけしておこう。」

「武器、ですか?」

「やはり真意が分からない以上、丸腰でいるのもまずいだろう。」

「分かりました。」

 準備を進めていると、遠くから地響きが聞こえてきた。次第にその音は大きくなり、揺れを感じるくらいにまでなってきた。

「まさか・・・もう近くに!?」


 僕を乗せた飛行機は空港に到着し、僕は飛行機を降りた。荷物を受け取って到着ロビーに足を踏み出すと、「歓迎 宮崎雅治様」と書かれた紙を持った女性が目に留まった。僕がその近くまで歩み寄ると、女性は口を開いた。

「・・・宮崎雅治さんですか?」

「はい。」

「私、社不知診療所の看護師、徳永(とくなが) (すずな)です。よろしくお願いします。」

「よろしく。」

 ・・・何か、魅力的な何かを隠し持っているような女性だ。

「今日は、わざわざ空港に?」

「・・・どこかほかに寄る場所があるなら、送ってあげますけど?」

「うーん・・・」

 わざわざ迎えに来てくれたのに、出雲市駅前のマンションまで行って荷物を整理してもいいのだろうか?かといって、支度もろくにできていないのに、帰宅に時間のかかりそうな辺地に行くのもシャクだ。どうしよう?

「・・・何でしたら一回ご自宅に向かわれたほうがいいのでは?私はここまで車で来てますし、すぐに帰れます。お気遣いなく。」

「そう、なんだ・・・じゃあ、お言葉に甘えようかな。」

「お早めに村に来てくださいね。村長さんも歓迎したいと申し上げていました。」

「分かりました。準備ができたら早速向かおうと思います。」

「よろしくお願いします。失礼します。」

 何か、すべてお見通しなような気がして嫌だなぁ。

 僕は出雲空港から出雲市駅までバスに乗り、30分ほどで駅前に着いた。駅前から少し歩いたところにマンションがある。

 家具はだいたいはセッティングされているが、ダンボールのままになっているものもいくらかある。今日は予定が押しているから、整理するのは後にしよう。とりあえず、必要なものを揃え、部屋を後にした。

 出雲市駅のバス停に、出雲大社を経由して社不知村まで行くバスがあったが、僕はマイカーがあるのでそれで行くことにした。途中、バス停の前を寄っていったが、驚いたことにバスを待つ行列ができていた。それはまるで僕が東京にいた頃に乗っていたのと変わらないくらいだ。まあ、大体は途中の出雲大社で降りていくんだろうけど。

 出雲市から出雲大社の脇を通り、社不知村に至る道は、海岸沿いを走るこの一本しかない。もし何らかの理由で一本道が塞がったら、社不知村には出入りできなくなる。

 とはいえ、海岸沿いの一本道というのは走っていて気持ちがいい。屋根を取り払って風を受けながら走ってみたいが、生憎僕の車はコンバーチブルじゃないし、この時期に窓を開けるのも寒すぎる。仕方なく、音楽を聴きながら、海岸沿いの一本道を走り抜けることにした。


 あの地響きは日に日に大きくなる。やはり弟・・・スサノオが近づいている証拠だろう。体格もいいし、力もある。非力な私は弓矢を構えて待つくらいしかできなかった。

 やがてスサノオの姿が見えてきた。私は覚悟を決め、弓矢を構えた。

「・・・あれ、姉さん、どうしたの?出迎えなんて珍し」

「何しに来たの?」

「え、何だよ姉さん、そんなに冷たく」

「何をしに来たのか聞いてるの!」

「ま、待て待て!そんな物騒なもの振りかざすなよ。俺はただ、姉さんに会いに来ただけだって。」

「証明できる?」

「何でそんなことしなくちゃならないんだよ。」

「できないの?」

「・・・・・・」

「それに、そこに携えてるキラキラしたものは何?」

「ん、ああ、これ?これが嫌なら外すよ、ほら。」

「ちょっと貸して。」

 私はスサノオから剣と勾玉をもらった。十拳の剣か。

「・・・ちょっとこっちに来て。」

「・・・?」

 私たちは川に向かった。そこで私は十拳の剣を三つに折り、口に含んだ水を吹きかけると、三柱の女神が出てきた。

「あなたの持ち物から出てきたのは女神だから、あなたは潔白ね。」

「信じてもらえた?」

「・・・いいえ、まだよ。今度はあなたの番。私のこの八坂の勾玉を使って。」

「俺の番?」

 スサノオも同じように口に含んだ水を八坂の勾玉に吹きかけると、五柱の男神が出てきた。

「・・・これでどう?」

「やるじゃない、見直した。疑ったりして、ごめん。」

「いいんだよ、信じてくれれば、それでいいよ。」


 カーナビ通りに海岸線をずーっと走っていると、集落のようなものが見えてきた。錆びた小さな看板に「ようこそ 社不知村へ」と書いてある。

 村の中はどちらかというと「小都市」という言葉が似合いそうだ。無駄に道路や建物は整備されているし、出雲の市街地を出てきたときの田園地帯はあまり見受けられない。その代わり山がちなので、坂道がたくさんある。交差点で止まる度にカーナビの地図を拡大し、ルートを再確認する。来る前に調べてきた地図も参考にする。このカーナビには診療所の場所が載っていないのだ。

 信号が青になると、その方向に車を向ける。車の通りも結構多い。時折観光バスなんかもすれ違う。

 随所に「社不知診療所」の看板が目立ってきた。矢印の方向とカーナビの指示に従いながら行くと、公民館のそばにそれはあった。駐車場もあり、外観も立派だ。

 公民館にはご年配の方がちらほらいたが、診療所の方には人影はない。表札には「定休日」と書いてある。定休日、というか、医者がいないから休みにしているだけなんじゃないのか?

 ドアを開けて中に入ると、東京にも普通にありそうな、個人経営のクリニックのように整っていた。

「・・・あのぅ、今日はお休みなんです~。」

 受付から女性が顔を覗かせる。出雲空港であった女性とは対照的に、快活そうな印象がある。

「いや、あの、僕は・・・」

「・・・あ!もしかして、今度からここで働く方?」

「・・・ええ、そうです。宮崎雅治といいます。」

「私は雨宮(あめみや) 水穂(みずほ)です。社不知診療所で事務やってます。」

 ・・・菘さんといい、この水穂さんといい、僕のことを見透かしているような気がして、ちょっと居心地が悪い。

「菘さ・・・徳永さんは帰ってる?」

「ええ、奥にいますよ。菘さあん!来ましたよぉ!」

 横の診察室のドアから菘さんが顔を出す。

「・・・ああ、来ましたね。」

「お待たせ。・・・あ、これお土産です。よかったら皆さんでどうぞ。」

「ありがとうございます。・・・今日は下見ですか?」

「そうだね、何も知らずにここに来たから。ここまで迷わずに来れたのが奇跡だよ。」

「「あはは。」」

「でも、立派な診療所だね。設備も整ってそうだし、堅苦しくない待合室。こんな診療所なら僕も」

 ガチャン!

「ああ、私の水飲み鳥がぁ!」

「ご、ごめん!大丈夫?」

 カウンターに寄りかかった拍子に、置いてあった水飲み鳥に肘撃ちを喰らわせてしまった。

「大丈夫です。コップの水は全部ひっくり返ったけど、書類とかも濡れてないし。」

「ごめんね、気をつけるよ・・・」

「意外とそそっかしいんですね。」

「まあね。それは君のなの?」

「はい。緊張している患者さんに、癒しと平和をもたらす・・・ちょっとしたお守りです。」

「へー。」

「・・・せっかくですから、村を一周しましょうか?村長も会いたがっています。」

「そうだね。一通り村の様子を知っておきたいかな。」

「じゃあ行きましょう。水穂ちゃんは留守番お願いね。」

「わっかりましたー!」

 診療所を出て、公民館の駐車場に止めてある菘さんの車に乗せてもらう。

「・・・では、まず海の方に行ってみますか。港がある方です。」

「分かった。お願いね。」

 公民館の駐車場を出ると、住宅や商店が軒を連ねる道を走る。車だけでなく、通行人の数も多い。

「こんな辺鄙な村ですけど、海と山に囲まれたここで暮らしたいといって、越してくる方も結構いるんですよ。」

「へー・・・気になったんだけどさ。」

「何でしょう?」

「僕ら、仮にも同じ職場の人間でしょ?僕だって威張りたいわけじゃないからさ、そんな丁寧口調じゃなくてもいいよ。もっとほら、何ていうか・・・フレンドリーになろうよ。」

「・・・いいんですか?」

「もちろん。所長だからって権力振りかざしたりはしないよ。・・・多分。」

「・・・ふっ、分かったわ。」

「菘さんは、年はいくつ?」

「・・・女性に年齢を聞くの?」

「いや、気になっただけだけど。」

「・・・いくつに見える?」

「えっ・・・」

「いいわよ。あなたの想像にお任せするわ。いくつって言われても、別にどうとも思わないし。」

「・・・・・・・・・・・・」

 この沈黙の間に、必死に考えていた。何て答えればいいのか、僕の社会観が間違っているのではないか、などなど。

「・・・一応、あなたよりは年上のはずよ。」

「そうなんですか?」

「あら、今度はあなたが敬語?」

「いや・・・その。」

「年上相手じゃやりにくい?」

「そんなことはないよ。東京にいた頃は、目上の先生にアタマが上がらなかったけど。」

「いいんじゃない?身分とかを気にしない姿勢っていうのは。」

「はあ・・・」

 車は山だらけの公民館周辺を抜け、海岸沿いの道路に来た。診療所の周辺やこの辺りは、守崎(もりさき)地区という。港や村役場、商店街、郵便局などがあり、東部住宅街から比較的近い。

 まず、村役場に向かった。やっぱり最初に村長さんの顔を拝んでおきたい。

 中に入り、菘さんが窓口の係員と軽く言葉を交わすと、係員に案内されながら、村長室の前まで案内された。・・・僕の性質なのだろうか、○長室と書かれた部屋の前に立つと無性に緊張する。東京の病院にいた頃には、院長室に行くことは滅多になかったが、医局長室や婦長室に行くときはいつも緊張しい状態になる。学生時代にも校長室や生徒会会長室なんかに行くときには怖くなる。

「カミムラ村長、診療所のお二方がお見えです。」

「・・・通してください。」

 ・・・声的には女性だな。

「失礼します。」

 菘さんに先導されて村長室に入る。部屋の奥には、窓から入ってくる太陽光が反射するほどピカピカに磨きこまれたテーブルがあり、部屋の両サイドには賞状や写真などが飾ってある。

 当の村長はというと・・・ピカピカのテーブルに置いてあるパソコンと睨めっこしていた。机の上のネームプレートには、こう書いてある。

「社不知村村長  神村(かみむら) 晴子(はるこ)

 その容姿は若々しく、インテリ系。どこか冷酷そうなものを感じなくもない。

「・・・ようこそ、社不知村へ。村長の神村晴子です。」

「初めまして。この度、社不知診療所所長の任に就きました、宮崎雅治です。」

 こうやって握手している間にも・・・緊張しているな、僕。話し方が硬くなっている。

「本日は、役場まで遠路はるばる、ようこそいらっしゃいました。仕事始めの前に、観光ですか?」

「・・・お世話になる方々に、挨拶回りも兼ねて。」

「ははは。何もない村ですが、どうぞおくつろぎください。・・・お急ぎでしたら他の場所を巡ってみてはいかがですか?」

「そ、そうですね。いろいろ見て回ろうと思います。では、失礼します。」

 ああ、怖かった。村役場を出るまで緊張しっぱなしだった。

 僕らは次に、その先にある社不知郵便局に立ち寄った。郵便局といっても、東京の下町の商店くらいの大きさしかないが。

「社不知村じゃあ、郵便局はここだけだけど、スタッフの人数が少なくて、ちょっと前まで不安視されてたの。でも助っ人が来てくれたの。言わば救世主。」

「それは大袈裟じゃない?」

「商店街で見たでしょ?店主がいなくなって、シャッターを閉めた店ばかり。」

「ああ、そうか。」

「子供は皆、こんな片田舎よりも都市部を好むのね。だけど、自然を求めてここに越してくるご家族も少なくないのが不幸中の幸いかしら。」

「そうなの?」

「ええ、そうよ。その子も半ば住み込みで働いてるわ。」

「ふーん。」

 僕らが郵便局のエントランスをくぐると、窓口にいた女性が出迎えてくれた。

「こんにちは~。・・・あ、菘さんも。」

「ミドリちゃん、今平気?」

「大丈夫ですよ!何か用ですか?」

「ううん、紹介したい子がいてね。明日からうちの診療所で働くことになった、宮崎君。」

「はじめまして、宮崎雅治です。」

「私は須賀川(すかがわ) ()(どり)です、よろしくお願いしますね!」

「・・・君一人だけ?」

「ええ、ほかの職員はランチタイムなのですよ。」

「魅鳥さんは平気なの?」

「ほかの職員の方よりも早めに昼食を取ったのです。」

「大変なんですね。」

「慣れれば楽ですよ!」

「なるほどね~。」

「雅治さんも、早くこの村に溶け込んでくださいねっ!」

「うん、頑張るよ!」

「じゃあ、私たちはこの辺で。」

「またお越しください!」

 車に戻る最中、受け取った名刺をまじまじと見ていた。社不知郵便局局員、須賀川 魅鳥。すごい漢字だな、魅せる鳥って。

「次はどこに行きたい?」

「そうだな。道はこの先もあるの?」

「北東の方にある住宅街まで道は伸びてるけど、その先は行き止まりになってるわね。」

「それじゃあ、北の方に行ってみようかな。」

都賀(つが)()地区ね。この村の灯台が有名なのは知ってる?」

「うん、来る前に一通り調べたから。」

「そう。」

 菘さんが車を出す。しばらく海岸沿いの道を走った。

「都賀野地区って、灯台のほかには何があるの?」

「そうね・・・ホテルがあるくらいかしら。」

「そうなんだ・・・たまにそこに泊まることになるかもなぁ。」

 確かに山の向こう側に、大きな建物が二つ見える。灯台とホテルだろう。このエリアは目立つ建物がこれくらいしかない。ほかのエリアにはないものを補っているのだろう。しかし、そんな何もないエリアに灯台とホテルがあることに、ちょっとした違和感を抱いていた。


 海辺で一人の女性が水浴びをしていた。白波は、彼女を包み込むように、優しく彼女の足を洗う。

 そのとき、周囲が眩しいほど明るくなり、声がした。

「・・・ウンディーネはいるか?」

「・・・アマテラス、こんなところに来るなんて珍しいわね。」

「水浴び中失礼、ちょっと話したいことがあってね。」

「何?」

「それより先に、こんなところで水浴びしてて平気なの?」

「え、どうして?」

「だってこの辺には怪」

 バシャーン!

 突然水しぶきが上がり、我に返ったようにウンディーネは水辺に上がった。

「・・・おいおい、こんなところで暢気に水浴びかい、お嬢さん方。」

「だ、誰がお嬢さんよっ!」

「おや、そちらの方、見慣れない顔だね。名前は?」

「・・・天照大神だ。」

「ほえー。神様とこんなところで会うとは思わなかったなぁ。」

「お前が勝手に出てきただけだろ。そういうお前こそ名乗れ。」

「俺か?俺はリヴァイアサン。そこのウンディーネと同じく、この辺にしょっちゅう出没するんだぜ。」

 ガツン。ウンディーネが持っていた桶でリヴァイアサンを殴った。

「痛っ、何するんだよ!」

「もういいから、早くどこかに行ってよ!」

「ったくもう、自己紹介はまだ終わってねーのによ。しゃあねえなぁ。じゃ、また会おうぜ、お二方。」

 そういうと、巨体を翻して海中へ戻っていった。その際の大波が二人にかかる。

「・・・ただのスケベじゃないか?」

「あのねアマテラス、あいつは仮にも怪物なんだよ?あんまり近づいたら食い殺されちゃうよ!」

「知ってるが、本当なのか?私にはお前を口説いているようにも見えたが?」

「何で私がド変態の海蛇に口説かれないといけないの・・・」

「そう悲観的になるなって。二人が結ばれたら、私が祝おう。」

「勘弁してよ~。」

 ・・・神と精霊。服従の関係でも密接につながりあった関係でもない。それでいて、双方とも絶対的な立場にある。

「・・・で、話って何?」

「ああ、私の弟のことだ。」

「そういえば、この辺りに近々来る・・・みたいなのが噂されてたけど?」

「それが、嫌がってるらしくてな。」

「ふうん、世話の焼ける弟さんね。それで、私にどうしてほしいの?」

「・・・・・・・・・・・・」

「一度、私のところに連れてきたら?私がビシッと言ってあげるよ。」

「でもなぁ・・・」

「リヴァイアサンに協力してもらえば、男友達もできるし、ちょうどいい機会じゃない。」

「そうだよな。だけど・・・」

「言うこと聞かなかったら、私とリヴァイアサンとで、根性叩き直すから、任せてよ!」

「・・・・・・・・・・・・そうだな。それはいい名案だ。」

「そうと決まったら善は急げ!かわいい弟さんが来ることを期待してるよ!」

「ああ、世話になるな。よろしく頼む。」

「うん、任せてちょうだい!」


 灯台の周りには石碑がやたらとたくさんあった。有名な人が詠んだ和歌があったり、日本で一番高い灯台というのを記念したものだったり。

「この辺りは小島も多いし、何しろ入り組んでるから。漁船とかにとっては、この灯台の明かりが頼りなのよ。」

「うぅ、海風が冷たい・・・」

 灯台があるのは岬だから、当然のように吹きさらしになる。僕は寒さから逃れようと、足早に灯台の階段を登る。しかし、灯台のてっぺんから見た景色は絶品だった。

「うわー、綺麗!」

「まるで女の子みたいね。」

「だって綺麗じゃない?男の僕の素直な感想だよ。・・・あれって隠岐の島?」

 青い日本海、ポツポツと点在する小島がそれを彩る。僕は本当にいいところに来たな、と思った。

「次は西部の高徳院(こうとくいん)地区にご案内するわね。神様が祀られてる神社があるのよ。」

「へー、それは気になる。」

 車は再び海岸沿いの道を進む。途中、漁港の岸壁で水着姿の若い男女の集団を見つけた。

「泳いで平気なの?この辺。」

「お盆の時期にはクラゲがいるけど、漁船の出入りがない範囲内なら黙認されてるみたい。」

「にしても、この時期に泳ぐのは、相当寒いんじゃないの?」

「・・・慣れ、としか言いようがないな。」

「あはは。・・・彼ら、学校は?」

「これから行く高徳院地区にあるわよ。今日は土曜日だから休みなんじゃない?」

「ふーん。」

 この村のみならず、大多数の村は過疎化が進んでいるはずだ。それなのに若者がこんなにいるとは、頼もしい。

 途中の交差点に交番があった。菘さん曰く、村で唯一の駐在所なんだとか。こんなだだっ広い村を駐在さんが守っているとは。

 駐在所というものを知らなかったが、外観は普通の交番と変わらない。引き戸を開けて中に入ると、壁にはポスターがベタベタと貼ってあり、小さい部屋の真ん中にはテーブルがある。・・・肝心の駐在さんはパトロールで不在だった。

「おかしいわね・・・定時巡回の時間じゃないんだけど。」

「・・・何してるんですか?」

 外から声をかけられた。それは駐在さんだった。僕と同じくメガネをしていて頭はよさそうだが、ひょろっとした体躯で、肝心なときに活躍してくれるかどうかというと微妙だ。

「あれ、菘さんじゃないですか。そちらは新しく赴任された?」

「はい、宮崎雅治と申します。」

「僕は、出雲警察署社不知駐在所の駐在員、片岡(かたおか) (りょう)です。以後よろしく。」

「仕事始めの前に観光してるのよ。魎くん、何かお勧めスポットとかある?」

「デートですかぁ?だったら社不知神社は欠かせないでしょ~。」

「ち、違うわよ。・・・まったく。」

「この辺りだったら、学校も漁港も消防署もあるし、暮らす分には苦労しませんよ?」

「誰も暮らすなんて・・・」

「ま、学生さんたちに顔でも見せてくればいいんじゃないですか?」

「・・・だそうよ。」

「そ、そうですか。じゃあ順番に回ってみるかな?えーっと、神社だっけ。」

「そう、社不知神社。あの天照大神が祀られているって噂ですよ。」

「そうなんですか?」

「ええ、田舎だから、普通の人はここじゃなくて出雲大社にお参りに行きますけどね。」

「へー、ぜひとも行ってみたいです。」

「そこの巫女さんに会ってみたらどうですか?約1名、かわいい子がいるんですよ。」

「本当ですか?」

「はいはい、メガネ同士の会話はそこまで!時間押してるから、行くよ?」

「ああ、それじゃ、失礼します!」

「お元気で!」

 言葉の端々に棘があったような気がしなくもないが、この駐在さん、魎さんとは話が合いそうだ。


「嫌がったって状況は変わらないんだから、早く来い!」

「やめてよ、姉さん!」

 海辺にいる二人には、こんな感じのやり取りは、さぞかし騒がしく聞こえただろう。

「何の騒ぎだ?津波が起こりそうだぜ。」

「ほら、前に話した、アマテラスの弟さんだよ。」

「ああ、男前だっていうから期待したんだけど、失望させてくれそーだな。」

「まあ、大半のことはあんたに任せたから。」

「は?」

「見たところ・・・私には手のつけようがないからねぇ。」

「勘弁してくれよ~。海蛇の俺にだって限界があるぜ。」

「力あるし、デカいんだから、丁度いいでしょ?」

「そういうときだけそんな風に煽てて・・・」

「文句ある?」

「ねーよ。やりますよ。」

「よろしい。」

 やがて周囲がぱあっと明るくなり、二人は目を瞑った。光が止み、目を開けると、アマテラスとスサノオが立っていた。

「お、想像以上に男前やん。」

「そして案外かわいい!」

「よろしく頼むぞ、二人とも。」

「恥ずかしがらなくて大丈夫よ!ほらほら、こっちこっち!」

「ああ、いや、その、よろしく!」

「はあ・・・まるで保育園に子供を預ける親の気分だな・・・」

「そんなこと言うなって~。俺たちが愛情を持って世話するから!」

「それを一番信用ならない奴に言われてもなぁ。」

「え、信じてなかったのかよ?!それは心外だぜ。」

「まあ、こうやって見れば、兄弟みたいだな、お前たち。」

「「え?」」

「えー、そしたら私の立場はどうなるのー!?」

「・・・分からん。」

「恋人でいいじゃん、お前。」

「やめてよ、もー。」

 神、精霊、怪獣。こんな構図、御伽噺や神話では決してありえないであろう。

「じゃ、行こうか。またね、アマテラス!」

「おお、頼んだぞ!」

「お前、泳げるか?泳ぎ方なら教えるぜ?」

「こら、リヴァイアサンは執拗に絡まない!」

「あはは、悪りぃ。」


 駐在所から車で数分。社不知神社は小高い丘の上にあった。春休みが明けた時期なので、境内は閑散としている。

 立派な朱色に染められた社殿があり、僕はその周りを練り歩く。

「お、これが、天照大神が祀られてる社殿?」

「そうね。あっちには弟の素盞鳴尊(スサノヲノミコト)が祀られているらしいわね。」

「へー。お賽銭でもしていこうかな。神様のご利益があるといいけど。」

 徐に財布から10円玉を出すと、菘さんが制止した。

「ご利益を期待するなら10円じゃ足りないんじゃない?」

「うーん、そうかもね。」

 僕は10円玉を財布に戻し、代わりに100円玉を出して賽銭箱に放った。そしてお辞儀をしたり手を叩いてお祈りをしたり。

「何を祈ったの?」

「え?いや、だから、ご利益を・・・」

「何の?」

「う・・・何事もうまくいくといいなって。」

「きっと叶うわよ。」

「そうだね。」

「もう行く?」

「いや、あっちの方にも行ってみたいな。」

「ああ、素盞鳴尊が祀られている方ね。」

「思ったんだけど、素盞鳴尊って、何の神様?」

「え?」

「いや、天照大神は、その名のとおりにこの世を照らす、太陽みたいな存在でしょ?」

「えーっと、何だったっけ・・・」

「それなら私がお答えしましょう。」

 いきなり声をかけられびっくりした。片手にほうきを持った巫女さんが立っていた。

「元々は大海原を任せられていましたが、それを嫌がって大暴れしたため、親であるイザナミに追放され、根の国というところに向かいます。」

「根の国?」

「今で言う、地上とも地下とも言われています。そこに行く前にスサノオは、姉のアマテラスを尋ねに高天原、所謂天界に向かいます。」

「何か子供みたいね。」

「アマテラスは急にスサノオが帰ってきたので、弟とはいえ厳戒態勢で迎えました。スサノオは何とか身の潔白を証明しますが、その高天原で再び乱暴な振る舞いをし、そこも追い出されてしまいます。」

「そのときにアマテラスが隠れたのが天岩戸・・・だっけ?」

「そのとおりです。その後、地上に降りてきたスサノオは、その地、現在の島根県と鳥取県の県境にある山で暴れていた巨大な怪物と格闘します。」

八岐大蛇(ヤマタノオロチ)だね。」

「はい。そこで櫛名田比売(クシナダヒメ)と出会い、結婚しました。その後、現在の安来(やすぎ)市に留まったとされています。」

「案外近いのね。」

「途中から日本神話のまんまだけど・・・」

「結局、何の神様だったかは、分かりません。八岐大蛇を退治した場所から、山の神様とか、櫛名田比売と結婚したので、縁結びの神様とか、最有力なのが、神産みの神様という説です。他にも、産業の神様だとか、何かの守護神だとか、諸説ありますが。」

「へー。」

「・・・申し遅れました。私、社不知神社の巫女、内藤(ないとう) 風香(ふうか)と申します。」

「・・・ああ、ちょっと前にここに来た巫女って、あなただったのね。」

「はい。挨拶もろくにできずに申し訳ありませんでした。以後よろしくお願いいたします。」

「私は社不知診療所の看護師、徳永菘。彼は今度から同じ診療所の所長に就く、宮崎雅治君。」

「よろしく。」

「何もない神社ですが、ごゆっくりどうぞ。」

「あ、そうだ。気になってたんだけどさ。」

「何でしょう?」

「あそこ、スサノオの社殿の方が、アマテラスの社殿よりも高い所にできてるよね。それは何で?」

「単にそこに丘があったからとか、正門が近いからじゃない?」

「それもありますが、ちゃんとした所以があるのです・・・話すと長くなります。それでもよろしければ。」

「い、いや、結構。」

「分かりました。では、失礼します。」

 巫女さんは掃除をしに裏手の方に向かっていった。

「随分博識な子だな。」

「そうでないと巫女にはなれないでしょ。」

「そうだよね・・・」

 僕らは階段を上り、素盞鳴尊が祀られている社殿の前に立った。財布から10円玉を出して放ろうとすると、突然強い風が吹いてきた。

「うっ、寒いっ!」

 寒さで手が震え、放った10円玉は放物線を描き、賽銭箱から逸れて、地面に落ちた。

「何、弟の方も、10円じゃ足りない?」

「そういうわけじゃないんじゃない?」

「な、何か、門前払いにされてる感じがあるね!」

「帰りましょうか!?ここは寒すぎる!」

「そうだね!お賽銭はまた今度にするわ!」

 10円玉を手早く広い、足早に階段を下りて、社不知神社を後にした。

 その後、学校や漁港に向かったが、人影はない。見るものもないし、消防署に立ち寄った。消防署とはいっても、イメージしていた、東京によくある大規模なものではなく、どちらかといったら東京でいう消防団の拠点みたいな感じの小規模な建物だった。

 外に止めてある消防車両の横に立つ男性の姿が目に留まった。菘さんは車から降りると真っ直ぐそこに向かった。

「海斗君、何やってるの?」

「あ、菘さんじゃないすか。今、整備作業をしてたんすよ。そっちは?」

「ああ、僕は診療所の所長に就くことになった、宮崎雅治です。よろしく。」

「よろしくな、俺は広野(ひろの) 海斗(かいと)だ。」

 手を出してきたので握手に応じた。がっしりした手だった。

「いててて!」

「ああ、悪りぃ悪りぃ。ちょっと力みすぎたかな。」

「ここにはお前しかいないの?」

「ああ。全部俺だけで切り盛りしてるんだぜ。」

「すげーな。大変じゃない?」

「使う人がそんなにいねーから、逆に暇。」

「そうなんだ・・・」

「デート中かぁ?俺も付き合っていいかなぁ?」

「何でどいつもこいつもデート中っていうのかなぁ・・・」

「ダブルデートなんぞ死んでもするつもりはないわよ。そろそろ失礼するわね。」

「はいはい。達者で!」

 こいつにも半ば茶化されたような気がする・・・

 その後、南の和上(わのうえ)地区に向かったが、まさに山の中といった感じだ。途中から僕がこの村に来るときに来た道に戻り、そしてまた途中で逸れた。

 行き止まりになっているところにある、ホテルがあったら眺めがよさそうな、高台の開けた場所。さら地になっているが、海の眺めは最高だ。

「周りに何もないから、かえって見栄えがいいのかな?」

「どうかしら?何度かホテルの建設計画があったけど、皆立ち消えよ。」

「うーん、アクセス面で課題が多そうな場所だもんね。」

「・・・社不知村散策はご満足いただけたかしら?」

「うん、村の概観は大体理解できた気がするよ。素晴らしい眺望も満喫したしね。」

「診療所までお送りするわ。先に車に戻ってるわよ。」

「うん。僕はこの景色をもう少し見てから行くよ。」

 太陽が西の海岸線に向かって沈んでいく。気づけば村を一周する間に夕暮れ時になっていたのか。背後の森から聞こえてくる木々のざわめきが心地いい。

 太陽が沈み行く様を目で追っていると、突然太陽が明るい緑色の閃光を発したのだ。僕はその一瞬で虜になってしまい、自分を忘れたような気分になった。

 気づけば足がふらつき、切り立った崖の方へよろけながら歩き始めていた。あまりに見とれていたとはいえ、こんなに近づくと自分でも危機感を覚える。しかし、足は金縛りで棒になってしまったかのように、言うことを聞かない。

 すぐ真下から波の砕ける音が聞こえてくる。これ以上前に出たら・・・落ちる!

 ガシッ!

「ちょっと、大丈夫?」

「ぁ、菘さん。」

 僕は寸でのところで菘さんに襟首を掴まれ、間一髪で転落だけは免れた。

「身投げ自殺でもする気?」

「いや、そういうわけでは・・・」

「それともこの辺のお化けの仲間に入りたかったのかしら?」

「え、お化け!?」

「出るらしいわよ、この辺り。」

「こ、怖い話は勘弁してくださいよ!」

「あはは。こんな辺境の村は別の意味で鬱蒼としているわよ。」

「はあ・・・」

 それにしても、さっきのは何だったのだろう。神通力・・・とは違う感じの・・・

「そろそろ戻らないと、この辺は真っ暗になるし、本当に不気味になるわよ?」

 半ば菘さんに脅され、僕は彼女の車に戻った。たちまち街灯の明かりが灯り、村は暗闇に包まれた。東京でいう入り組んだ路地のような不気味さを併せ持っている。

 診療所に戻り、定休日の表札を無視してドアを開けると、下駄箱に靴が2足あった。1足はおそらく水穂さんのだが、もうひとつ、このスニーカーは誰のだろう?

「水穂ちゃん、いるんでしょ?」

「・・・あ、菘さん、帰ってきたんですね!」

「ええ、誰かいるの?」

「ああ、来てますよ、ミツル君が。」

「ミツル君?」

 今日、まだ一度も会っていないし聞いたこともない名前だ。

 診察室のさらに奥には、カウンセリング用の面接室と、混雑時の臨時の診察室や、怪我人の治療に使う処置室があり、階段を上って2階に行けば、手術室や入院病棟もある。

 ただ気になるのが、この建物は2階建てのようだが、階段の横に施錠された扉があることだ。物置という様子でもなさそうだが、下の階に続く階段があるのだろうか?

 まあ、今はとにかく、明かりのついている面接室に向かおう。水穂ちゃんに続いて部屋に入る。カウンセリングの時間だろうか?

「ミツル君、あとどれくらいで終わりそう?」

「あともうちょい!30分もあれば終わるから!」

「もうちょいが30分って・・・まあいいや。ミツル君にも紹介するね。こちら、今度からこの診療所の所長に就いた、宮崎・・・なんでしたっけ?」

「雅治です。」

「そうそう、宮崎雅治先生よ。彼にも世話になるだろうから、挨拶しておいたら?」

「あ、初めまして、本山(もとやま) (みつる)です。よろしくお願いします。」

「よろしくね。」

「満君、夜は毎日ここに来て勉強しに来てるの。家じゃやりづらいから・・・だっけ?」

「それもあるけど、俺、大学受験するつもりなんで。」

「あっははは!本当にぃ?この前の期末試験の点数、いくつだったっけぇ?30・・・」

「ああ、その話はしないでくださいよ!」

「あっははは!雅治先生は頭がいいから、何でも聞きなよ、ねぇ?」

「えっ・・・あ、文系科目じゃなければ力になるよ。」

「本当ですか!?あざっす!」

「満君って・・・そこの高校の生徒?」

「そうですよ、社不知高校の。」

「昼間に漁港の辺りで泳いでなかった?」

「ああ、泳いでましたね、友達と。」

「寒くない?」

「・・・まあ、慣れですね。」

 とほほ。僕もいつか慣れる日が来るのだろうか。

「・・・よし、終わったー!」

「お疲れ、満君!気をつけて帰ってね!」

「はい、さようなら!」

 まるで離島の診療所に来た気分だった。家ではなく、ここの面接室の方が落ち着いて勉強ができるのかもしれない。

 実際勉強机にかじりついて勉強すると、案外捗らない。ダイニングテーブルで勉強しようにも、今度は落ち着かない。となると、予備校の自習室など、他所で勉強する必要がある。満君の場合は、ここなのだろう。


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