第六段 開封
崩落し始めた追憶の遺跡の最深部で、進退窮まったエイダン一行。咄嗟にエイダンが大声を張り上げた。
「みんな、円陣を組めッ!!」
怒鳴りながらペリとクーロンに手を差し伸ばす。言われるがまま、ペリとクーロンもエイダンに手を伸ばして繋いだ。もちろん、アンニンも忘れてはいない。ペリとクーロンの間に挟まれたアンニンは二人にぶら下がる形で円陣を組んだ。
【帰りなん、いざ
帰心、矢の如し
我らを光の矢と変へよ
帰りなん、いざ
帰陣ッ!!】
呪文の詠唱が済んだ途端、パーティー四名の姿は光に包まれ、一本の巨大な矢となって崩れゆく遺跡を突き破り、天空を駆け抜けた。たちまち崩れ去る追憶の遺跡。間一髪で脱出を果たしたエイダン一行は瞬く間にティズンの街へと舞い戻り、月光堂の店先へと着地した。魔法は役目を果たし、光の矢はたちどころに三人と一匹の姿に戻る。辺りは既に夕闇だ。
「……って、なんで店の中じゃないんだ?」
エイダンは不思議そうに周囲を見渡した。
「何を探してるの、エイダン?」
ペリの質問にエイダンはきょろきょろと辺りを探りながら答える。
「いや、帰陣の魔法を使う時、帰る基準点になる宝玉を姉さんに店の中に置かせてもらったはずなんだけど、なぜか店の外に戻っちゃったから宝玉を探してるんだ」
「店先に戻ったってことは、店の外にあるんじゃない?」
「灯台下暗し、ってことで、道に埋められてたりしてな」
カラン、コロン。
三人がワイワイ言い合っている間に割り込むように、月光堂のドアが軽く音を立てて開いた。
「人聞きの悪い。埋めてなんかいませんよ」
店の中から現れたのはマーサだった。
「宝玉なら、ほら、そこに」
マーサは月の絵と屋号が描かれた頭上の看板を指差した。看板の一部、星の絵の部分がくり抜かれ、代わりに宝玉がはめ込まれている。
「店の中に飛び込まれても困りますから、外の盗られにくい場所に移したんですよ」
「マーサが自ら?」
ペリの質問にマーサは頭を振った。
「いえ、日中、木彫り職人さんに依頼しました。経費は店持ちで」
「たった一回の帰陣のために?」
エイダンのツッコミにマーサは小首を傾げ、
「一回で済ますつもりですか? 今後、自警団で外に出張った時にも使うかも知れないでしょう?」
と訊き返した。
「そりゃまあそうか」
「宝玉と看板の話はそれくらいにして、戦利品の話に移ろうぜ! 袋の中に仕舞ったまんまだよな、ペリ?」
クーロンが二人の間に割り込んでペリを手招きした。
「盾にしろ何にしろ、小綺麗な装飾がやってあるから、さぞや値の張る名品なのかも知れないよな!」
「うーん、この大きさなら、盾にしては小さいかなあ? 今、鑑定してみるよ」
ペリは今回の戦利品を袋から出して鑑定の呪文を唱えた。ペリが目を閉じて戦利品を掲げると、戦利品はペリの手の上に浮かんで光輝きながらくるりとゆっくり回転したが、一周だけでストンと呆気なくペリの手の上に落ちてしまった。ペリの表情が険しく曇る。
「駄目だ、よく判んないや。どうやら呪われてはいないようだけど……」
「何なんだろうね、一体? 見た感じではフタの付いた何かなんだろうけど、肝心要のフタは錆び付いてるのか固く閉ざされているし」
エイダンが戦利品をペリから受け取り、グルグルと眺め回したり、力任せにフタを開けようとしたが、戦利品はビクともしない。
「ホントにワケ判らんな。薄くて平べったいくせに頑丈だぜ。せめてフタが開けばなあ」
クーロンがエイダンから戦利品を引ったくり、同様に弄るが、戦利品のフタは微動だにしない。
「私が見た感じでは、鏡ですかね、フタ付きの。昔、どこかで似たような品を見た覚えがありますわ。ちょっと貸して頂けますか?」
「おっと、専門家を差し置いて俺たち素人がグダグダ言っててもしゃーねーな。ほらよ、頼むぜ」
クーロンがそう言いながら戦利品をマーサに手渡した瞬間――
バチバチバチバチバチィーッ!!
戦利品に極小の雷でも落ちたかのように、電撃がマーサの体を貫き、周囲に発散した。
「キャアァーッ!!」
マーサの絶叫が東に満月の昇り始めた夜空に谺する。突然の閃光に三人と一匹は顔をしかめて手で覆い、光源となった鏡と思しき戦利品から目を背けた。
一瞬の静寂。閃光が消えた頃合いを見計らって三人と一匹が恐る恐る目を開けると、マーサは意識を失って地に倒れ、戦利品は天に向けてフタが開いた状態で道に落ちていた。
「姉さァーん!!」
エイダンが身を屈めながらマーサに駆け寄り、上半身を抱き抱えて左右に揺さぶったが、マーサは目を閉じて意識を失ったままだ。
「――ハァーッ! ハッハッハッハァーッ!!」
突然の高笑いに一同が声の主を探すと、月光堂の屋根の上に怪しい人影が立っていた。地平線から昇り始めた満月に照らされて、その姿が次第に明らかになってくる。女だ。上半身も下半身も露出度過多な黒い衣装を身に纏い、長い波状の緑髪を風に靡かせている。
「御苦労さま。あんたらのお蔭で忌々しい封印から解き放たれたわ。礼だけは言ってあげる。ありがとさん」
「姉さんに何をしたァーッ!?」
烈火の如き形相をしたエイダンの怒号にも、謎の女は動じる色が無い。
「なァに、ちょいと魂を頂いたのさ。でも安心をし。妾は全てを奪うほど強欲じゃないよ。まあ、一生眠りの中で過ごすことになるがね」
眼下の四人と一匹を見下ろす謎の女の顔のすぐ脇を、エイダンの剣の切っ先が掠めて飛び去った。渾身の力を込めて剣を投擲したエイダンは肩で息をしている。謎の女の頬に青い線が走り、金色の瞳が怒りに歪む。
「いい度胸だ。魔の君マチュア様に楯突いて生きて帰れると思うとは。これでも喰らいな!」
マチュアと名乗った謎の女は両手を天に突き上げて呪文の詠唱体勢に入った。
【来たれ、岩の民
来たれ、神の拳
怒り以て
彼の敵を粉砕せよ!
巨人!!】
倒れたままのマーサを庇うようにエイダンとペリとクーロンとアンニンが四方から覆い被さった瞬間、虚空から岩の巨人が出現し、落下しながら握り固めた両拳を四人と一匹に振り下ろした。轟音と共に地面は陥没し、四人と一匹は瀕死の体で地面に埋もれかかった。誰も動けない。役目を終えた岩の巨人はたちまち消え失せた。
「さあて、妾はこれから忙しいのさ。雑魚を相手にしている暇などありゃしない。二度と会うことも無いだろうね。オォーッホッホッホッ!!」
魔の君マチュアは高笑いを残しながら家々の屋根伝いに跳び去った。最早虫の息のエイダンたちを打ち捨てて。