第五段 追憶の秘宝
唸りを上げて襲いかかってきた剣風の餌食になったのは、一行で最弱のアンニンだった。
「キュー!!」
アンニンは、ヘルメット代わりに被っていた鍋に敵の剣がかすっただけでよろめき、地に伏した。
「「「アンニーン!!」」」
三人の絶叫も空しく、意識を失うアンニン。ボブとサムの放つ光が照らす中、アンニンの顔から血の気が失せてゆくのが誰の目にも見えた。
「クケケケケケケ! カッカッカッ!」
場にそぐわない、乾いた笑い声。
アンニンの敗北と三人の悲嘆を嘲笑ったのは、一体のスケルトンだった。剣と盾を携えた、全身が骨のみの骸骨戦士。
「アンニンの仇ィーッ!!」
ペリが涙ながらにそう叫び、反撃に出た。振り向き様に次々と短剣を投げ放つが、対するスケルトンは盾を構えて難無く全てを防いでゆく。
「こんのォーッ!!」
スケルトンの盾の死角から剣を振り下ろしたエイダンだったが、スケルトンも長剣を巧みに操り、エイダンの斬撃を悉く受け流す。
ボブとサムの照明はまだ消えていない。その薄明かりの中、短剣が盾に弾かれ、長剣が長剣と斬り結ぶたび、辺りに火花が散る。
文字通り火花散る剣撃の場とは真逆の方向から、ひたひたと忍び寄る影。
「……たーい、よーう、けェーん!!」
先程から鳴りを潜めていたクーロンだ。ペリとエイダンが正面で陽動の攻撃をスケルトンに浴びせている間、気配を殺しつつ背後に廻っていたのだ。陳腐なる作戦、挟み討ち。だが、効果的だからこそ、多用されるものだ。
ペリとエイダンの連繋攻撃を捌くのに忙しいスケルトンのガラ空きとなった背後から、頭蓋骨めがけてクーロンが太陽拳を叩き込む。当たった瞬間、スケルトンの頭は高い破裂音を立てて吹き飛んだ。トドメにエイダンの剣が閃き、スケルトンの剣と盾を薙ぎ払う。そして間髪入れずにスケルトンの四肢を胴体から断ち斬った。スケルトンは、糸の切れた操り人形のように、フツリと魔力を失ってその場に崩れ落ちた。
白骨の山と化したスケルトンには目もくれず、三人はアンニンの側へと駆け寄る。
「「「アンニーン!!」」」
アンニンは倒れたままで、ピクリとも動かない。いや、息すらしていない。ボブとサムの放つ光に照らし出された顔面は蒼白だ。
「……駄目だ」
エイダンがアンニンを抱き抱えて胸部に手を当ててから、渋い顔で頭を横に振った。
「心臓も動いていない」
「嘘だろ、アンニン! たった一撃で死んじまうのかよ!?」
クーロンは流れ落ちる涙を拭いもせず、背嚢から薬草を取り出すと、アンニンの口に無理やりこじ入れようとした。しかし、アンニンの口は固く閉ざされたままだ。
「ボブ、サム、あんたたち妖精なら働きなさいよ! 治癒とかいう魔法、使えるんでしょ!?」
止めどなく涙を流しながら、ペリがマッチョ妖精二匹を責める。
「ペリ姐さん、もうやってますがな」
「あかん、全く効かんわ」
ボブとサムがポージングしまくって鱗粉をアンニンに振り撒くが、アンニンは生き返らない。
「やめよう、クーロン」
エイダンがクーロンの肩に手を載せる。
「手遅れだ。生き返らない。葬ってやろう」
エイダンの手をクーロンが払い除けた。
「なんでそんなに冷静なんだ、エイダン!? お前には血も涙も無いのか!?」
激高するクーロンの罵声に、エイダンは息を呑み、返す言葉を失った。自らの胸に手を当てて顔を歪め、そのまま黙り込む。
「そうだ、アンニン! 杏仁豆腐だ! お前の大好きな杏仁豆腐を好きなだけやるぞ!」
クーロンは更に背嚢を探り、杏仁豆腐の入った器を取り出した。
「だから生き返ってくれ、アンニーン!!」
アンニンの両目が突然パチッと開いた。
呆気に取られる三人と二匹をよそに、アンニンはクーロンの持っている器にかじりつき、ガツガツと杏仁豆腐を貪り始めた。
「「「アンニーン!?」」」
「キュー!」
杏仁豆腐を完食したアンニンは、嬉しそうに両前足を上げてバタバタと振った。
「……美味しい、って言いたいみたいね」
ペリが呆れ顔で通訳する。
「どうやって生き返ったんだよ、アンニン!?」
エイダンの問い掛けに、アンニンは片前足を左右に振ってから両前足を合わせ、首を斜めに傾げて両目を閉じて見せた。
「……眠っていた……ううん、死んだフリってトコかな……?」
ペリの解説が入る。
「たぶん、直撃じゃなくてカスっただけだったようだから、ビックリして仮死状態になってやり過ごした、って感じだと思う」
「キュー、キュー♪」
その通り、と言わんばかりにアンニンは胸を反らせた。
「……こんの……」
今まで肩を震わせていたクーロンが、不意に呟く。
「大馬鹿野郎がァーッ!!」
そしてアンニンを抱き締めると、わんわん大泣きしながら頬擦りした。
「心配掛けやがってェーッ!!」
「キュー!」
苦しいと言いたげにアンニンは四肢をバタつかせる。
「暑苦しいってさ、クーロン」
「確かに暑苦しい」
「暑苦しいですぜ、兄者」
「同感、同感」
ペリやエイダンに合わせるボブとサム。
「あれ? まだいたんだ。えーと、ボムとサブ?」
「名前を間違わねえで下せえ、旦那!」
「ああ、まだいたんだ。えーと、役立たずのマッチョ妖精二匹?」
「ひでえっスよ、姐御!」
エイダンとペリにボブとサムがそれぞれ返す。
「俺らは元々癒やしの妖精なんスから、この場に留まるのも、そろそろ限界ーー」
と、ボブが言い掛けたところで、ボブとサムの姿はかき消えた。魔法の持続時間が切れたらしい。
「消えちゃった。仕方ない、松明の灯りでゆっくり奥まで進んでみよう」
「だってさ。いつまで感動の抱擁してんの、クーロン? アンニンが苦しがってるよ」
エイダンとペリはクーロンに出発を促す。
「……案外冷淡だな、お前ら」
クーロンはアンニンを抱き締めたまま、二人を睨んだ。
「まあいい。行こうぜ、アンニン」
クーロンはエイダンの手から松明を引ったくると、アンニンを床に下ろし、スタスタ先陣を切って奥へ向かった。
「キュー!」
やっと解放されたアンニンは、嬉しそうに全身を伸ばしてから、クーロンの後について行く。エイダンとペリも、微笑がかった苦笑を漏らし、後に従う。
広間に敵影は最早無く、やがて一行は最深部の祭壇に辿り着いた。松明を翳してみると祭壇の中央には何かが安置してあった。八角形の木の板。いや、中央で二つに分かたれており、取っ手が一組存在する。扉のように左右に開く構造のようだ。
「何だろう?」
「盾かなあ?」
「盾にしては小さいよ。それに脆そうだし」
「飾り物なんじゃね?」
「うーん、判んないから取っちゃおう!」
そう言うなり、ペリがその物体を手に取った瞬間、ズゴゴゴゴゴゴと地響きが鳴り始めた。
「これって……」
「まさか……」
顔を見合わせるエイダンとクーロン。
「ごめん。トラップのスイッチ、入っちゃったみたい」
テヘペロするペリ。
「「ごめんで済むかァーッ!?」」
次第に大きくなる地響きにかき消されるツッコミ。
遺跡全体が音を立てて崩れ始めた。