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第三段 川辺にて

 剣士ソーディアンエイダン、盗賊シーフペリ、修道僧モンククーロンの一行はーー

「クリティカル! 母猪の脚を斬り落としたぞ!!」

「任せて! トドメ!!」

「へーい。腕のかすり傷に薬草塗るぜー」

 ーーひたすら追憶の遺跡を目指してーー

「残敵の掃討に移る! うり坊を一匹も逃すなよ、ペリ!!」

「判ったわ、エイダン! ええい、ワラワラと数ばっかり!!」

「ほーい。咬まれた指に薬草塗るぜー」

 ーーいなかった。

 ティズンの町を出発した時はまだ朝の内だったのに、もう日は中天に達している。それにもかかわらず、一行は行程のほぼ中間点から進んでいない。いや、むしろ、自ら停滞している。

 今し方、敵を全滅させたのに、一行は前進せず、街道の脇の木陰で休息し始めた。

「もういい加減、先に進もうぜ。軽傷を治療してばっかで飽きちまったよ」

 クーロンのぼやきにペリが言い返す。

「駄目駄目。念には念を入れておかないとね。遺跡に入っちゃったら、補給が利かないんだし」

 そう言いながら、ペリは周囲から薬草をせっせと摘んで廻っている。

「だけどさ、ここら辺の薬草も粗方摘み尽くしたから、もうそろそろ出発してもいいんじゃない?」

 エイダンはクーロンに同調した。

「仕方無いわね」

 ペリは他の二人の表情を見比べると、鬱蒼と繁った木々の向こうを指差した。

「狩場を移動しましょ。向こうはまだ手つかずの薬草が山ほどあるはずだし」

「うえー、まだ続ける気かよ?」

 クーロンは心底げんなりした顔をエイダンに向けた。

「エイダン、お前、リーダーだろ? 男らしく何かビシッと言ってやれよ」

「ペリは昔っからこうなんだ。一度決めたらテコでも動かない。大人しく従った方が賢明だよ」

 エイダンは肩をすくめて見せた。

「二人とも、無駄口を叩かない! さあ、移動するわよ!」

 ペリは拳を突き上げて先導した。互いに顔を見合わせたエイダンとクーロンは、やれやれと溜め息をついてから後に従う。

 三人が雑木林を抜けると、小川に出くわした。清流だが水量が少ないため、釣りや水遊びなどはできそうにない。

「丁度いいわ。水があることだし、お昼にしましょ」

「お昼? 弁当なんて用意してないよ」

 エイダンの指摘にペリはにんまりと笑った。

「さっきまでタップリ狩ってたじゃん。これよ、これ!」

 ペリは荷物から猪肉を取り出した。

「……ということは……」

「当然、焼くわよ。エイダン、火を起こして」

「……だろうね……」

 エイダンは諦めモードで了解の意を表し、あり合わせの道具で手早く火を起こした。更に木の枝で火の上に台を組み、猪肉を炙り始める。

「そう言えば、クーロンてお坊さんのはずだけど、殺生したり肉を食べたりしてもいいの?」

「ああ、俺、破門されたから平気」

 クーロンは事も無げに言い放った。エイダンとペリは口を大きく開けて、返す言葉も出ない。

「管長、つまり俺たちの教団のお偉いさんが美女をこっそり囲っていたから俺が寝取ったら、教団から追放されちまったんだ。ま、よくある話さ」

 クーロンは火加減を見ながら説明を続ける。

「俺は見ての通りの生臭坊主だけどよ、法力っつーか、魔力っつーか、習得した魔法だけはとにかく失わなかった。だから役に立つぜ。今はそれで充分だろ? ……ほら、焼けたぜ」

 そう言うなり、クーロンは焼き上がった肉をペリに渡そうと差し出した。

 が、受け取ったのはペリではなく、不意に間に割り込んだ奇っ怪な動物だった。

 その茶色い動物は、ビーバーとプレーリードッグとペンギンを足して三で割ったような風体で、なぜか鉄鍋をヘルメット代わりに被り、二足で直立していた。前足は人間の両手みたいに自由に使えるらしく、肉の両端の骨を器用に掴んでガツガツと肉を喰らい始めた。

 突然の乱入者に呆気に取られる三人。

 やがてクーロンがボソッと呟いた。

「こいつこそ、焼いて喰っちまおうかな?」

「えー! 可愛いじゃん! 見逃してあげようよ? お腹ペコペコなんだよ、きっと!」

 ペリからは女子特有の「可愛い」判定が出された。その目はウルウルと乙女チックに輝いている。

「そうだ、餌付けして飼うのはどうだろう? 何かの役に立つかも知れないよ。第一、食べても不味そうだし」

 エイダンからは常識的な線で提案が出された。

「しょーがねーなー。だったら、丁度お誂え向きなヤツがある。今夜のお楽しみに取っておいたんだが、まあいいや」

 クーロンは背嚢から水筒のような容器を取り出して大きな草の葉に中身を載せると、その動物に差し出した。

「ほれ、杏仁豆腐だ。喰えさ」

 焼いた猪肉を一心不乱に食べていたビーバーもどきは、完食するや否や、差し出された杏仁豆腐をクンクン嗅いでから、一口で啜り込んで頬張った。これほど甘い物を食べたのは生まれて初めてなのか、食べ終わった途端、両前足を高く挙げて飛び跳ね始めた。

「あ、喜んでる、喜んでる」

「ああ、もう、可愛いなあ」

 エイダンとペリは幼子を見守る若夫婦のように和んでいる。

「ほい、それでお終い。旨かったか?」

 容器を仕舞いかけたクーロンの着衣の裾をビーバーもどきがはしっと掴んで引いた。円らな目を潤ませてクーロンを見上げる。

「……判ったよ。全部やりゃあいいんだろ?」

 半ばヤケになってクーロンは杏仁豆腐を残らず草の葉に移し、ビーバーもどきに与えた。

「全く、喰い意地の張った畜生だ」

 ビーバーもどきを見下ろしながら、クーロンは吐き捨てた。

「そんなに杏仁豆腐が好きなら、俺様が名前を付けてやろう。お前はアンニン。たった今から、お前はアンニンだ!」

「うわ、安直」

 エイダンの感想にクーロンは軽く手を振った。

「いいんだよ、そんなん適当で。だろ、アンニン?」

 同意を求められたビーバーもどきは、嬉しそうに目を細めると、両前足を掲げてクーロンの脚に抱き付いた。

「ほれ見ろ、喜んでる」

「餌与えたからね」

「仮のご主人様だからね」

 得意満面のクーロンに、エイダンとペリが冷静に分析を加える。

「仮だろうが何だろうが、主は主だ。ほら行くぞ、アンニン!」

「キュー!」

片付けもそこそこに、クーロンはアンニンを引き連れて出発してしまった。

「待ってよ、クーロン! ええい、この、この!」

 エイダンは残り火を踏み潰してから後を追う。

「全く、自分勝手な主従なんだから」

 ペリも呆れ顔で後に従う。

 かくして、ビーバーもどきアンニンが一行に加わったのだった。

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