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第一段 招かざる客

序「七七変幻」


魔族奉魔神叛王

 魔族、魔神ヲ奉ジ、王ニ叛ス。

高祖伴教主伐魔

 高祖、教主ヲ伴ヒ、魔ヲ伐ツ。

戦生痍呼死了息

 戦ハ痍ヲ生ミ、死ヲ呼ブモ、了ニ息ム。

王平賊封魔於月

 王ハ賊ヲ平ラゲ、魔ヲ月ニ封ズ。

王国復安寧長栄

 王国ハ安寧ニ復リ、長ク栄ユ。

然時流人老封綻

 然レドモ時ハ流レ、人ハ老イ、封ハ綻ブ。

豈能謂平穏永久

 豈ニ能ク平穏ハ永久タルト謂ヘンヤ。


 ティズンは王都セン・トラールより南方に下った田舎町だ。王都から近いというだけで、これといった産業は無い。町民はほぼ自給自足で生活を営んでいる。町全体がひとつの家族みたいなもので、皆が互いに協力して生計を立てている。

 だから、余所者が町を訪ねれば一目でそれと判る。

 盛夏満月の早朝、一人の男が町の衛門を潜ろうとした。みすぼらしい風体の男だ。頭髪も髭も伸び放題になっている。恐らく物乞いの類であろう。門番はそう判断して男を押し留めた。

「待て。何用で我らが町に入る?」

 男は前髪に隠れた両目を出そうともせず、ただ笑った。

「詮索無用。全木戸御免の手形なら、ここにある」

 男はそう言うと懐から二枚の書付を取り出し、門番に示した。片方は東方の象形文字で門番程度の語学力ではとても判読できなかったが、もう片方は大陸公用語で書かれており、紛うこと無き通行手形だった。

「うむ、確かに正式の手形だが、詮索無用とまでは書かれていない。来意くらいは述べても差し支えあるまい。いや、決まりは決まりだ。来意を話せ」

 門番のしつこさに男は露骨に不愉快な表情を浮かべ、舌打ちまでした。

「路銀が尽きたから手持ちの品を売りたい。ただそれだけだ」

 門番は男の無礼な態度にムッとしたものの、形式が整ったことでそれ以上は追求せず、「通って良し!」とだけ吐き捨てて男を通した。

 男は大通りを行く。町民が顔をしかめてヒソヒソ話しているのも意に介さない。むしろ、道を開けてくれたとでも言いたげに上機嫌だ。

 男は広場に出ると周囲を見渡した。そして斜め正面に星と月の絵が描かれた看板を見出した。屋号と思しき「月光堂」という名を口の中で読み上げてから、その店を訪ねた。

「頼もう!」

 男が扉を開けて店内に入ると、商品棚を掃除していた青い髪の女性店員が、面喰らいつつも応対のため、男に歩み寄って来た。

「はい、いらっしゃいまし。何か御入り用ですか?」

「あー、逆、逆」

 怪訝そうな顔つきの店員に男はヒラヒラと手を振った。

「これ、買い取ってくれや!」

 男は背負っていた行李を床に下ろして中から小さな宝飾品を取り出すと、店員に見せた。

 地味な宝飾品だ。金属ではない。色合いは真珠にも似ているが、やや違う。形が不自然な曲線を描いている。おたまじゃくしが最も似ているだろう。しかも、ふたつが対になって組み合わさったような構造だ。

「さあ、幾らだい?」

 単刀直入に問う男に、店員は困惑を隠さずに眉をひそめた。

「あのう、買い取りは私の一存ではでき兼ねます。ただ今、店主を呼んで参りますので、少々お待ち下さいまし」

 そう言うなり、店員は一礼してパタパタと奥へ走り去り、別室の扉を叩いた。

「すみません、社長。買い取りを御希望のお客様がお見えです」

「……判ったわ。今、行きます」

 返事から間を置くこと無く、別室の扉が開いた。

 別室から現れたのは、妙齢の女性店主だった。すらりとした長身で、服装もサマードレスに紗の上着という涼やかな出で立ちだ。長い黒髪を後ろで束ねただけの簡素な髪型も潔い。

「月光堂へようこそ。私が社長のマーサです。御用の向きは伺いました。お品は?」

「これさ」

 客は先ほどの奇妙な石をマーサに渡した。しばらく目を凝らして品定めをしていたマーサは、ひとつ深呼吸をして鑑定台に石を置き、作業を終えた。

「……これですね」

 マーサは右手の人差し指だけを上に伸ばした。

「金貨一枚か!? そいつァありがてえ!!」

 喜色満面の客に、マーサは頭を振った。

「いいえ、違います」

「じゃあ、銀貨一枚かい? 背に腹は替えられねえ。それで頼むわ」

 頭の中で素早く算盤を弾いて返答する客に、マーサは再び頭を振った。

「いいえ、それも違います。銅貨一枚が精一杯です」

「な、何だってェーッ!?」

 驚愕して激昂しかけた客をマーサは片手で制した。

「それは宝石の類ではありません。ただの石を削って磨いただけの品です。言わば、土産物屋の民芸品。宝飾品としての価値は限りなくゼロに近いです」

 マーサの情け容赦ない追い打ちに、客は頭を抱えた。

「……だ、騙された……! あんにゃろ、金目のモノだとほざいていたくせに……!!」

 内に向けてブツブツ独り言を繰り続ける客に、マーサは決断を求める。

「それで、いかがなさいます? 売ります? 売りません?」

 客の目が俄かに光を取り戻し、安物の「民芸品」を睨みつけた。

「そんなん、決まーー」

「ハーイ! エイダン、いるー!?」

 無遠慮に扉を開けて店内に闖入して来たのは、金髪をポニーテールに結った背の低い少女だった。Tシャツの袖を更に捲り上げ、裾をたくし上げて脇で縛っている。ホットパンツの下は生脚で、上はへそが出ている恰好だ。

 マーサは突然の闖入者の非礼に顔をしかめた。

「何の用ですか、ペリさん。今は商談中ですよ」

「ワァオ! これって、追憶の遺跡のレリーフにそっくりじゃん!!」

 ペリと呼ばれた闖入者はマーサの話を聞きもせず、ズカズカと店内に踏み入る。そして鑑定台の上に置かれた品に顔を近づけてしげしげと眺めた。

「ねえ、マーサ。ちょっと手に取って調べてもいい?」

「その点はお客様にお尋ねしませんと……よろしいですか、お客様?」

 呆気に取られていた客は我に返った。

「おう、いいぜ。こんな『民芸品』で良ければな!」

 客は「民芸品」にアクセントをつけた。

「では、お願いします、ペリさん」

 マーサは涼しげな表情で客の嫌みを受け流し、ペリに鑑定台の前の位置を譲った。

 今度はペリが鑑定台の正面に立ち、奇妙な石を拾い上げた。

【我は問ふ

 こは何ぞ?

 光を以て

 我が問ひに答へよ

 鑑定アプレイズ!】

 ペリが古代語と思しき呪文を唱えると、右の掌に載せられた石が光を纏って僅かに浮かび、水平方向にゆっくり一回転してから、やがて元に戻った。

「……判ったわ」

 目を凝らして石を見詰めていたペリは、石を鑑定台に戻しながら告げる。

「答えは『鍵』。追憶の遺跡の鍵で間違いないわ」

「だったらーー」

 今まで押し黙っていた客が、不意に語気を荒らげて石を鑑定台から奪い取った。

「ーー容易く売り渡すわけにはいかねえな!」

 客はマーサとペリに睨みを利かせ、そう言い放った。


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