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 混乱する乗客。そこに、小さく響き渡る熊の低い唸り声。

 僕は生に頓着するタイプではなかった。むしろただ何となく生きていて、それでも軽い生きずらさのようなものも感じていた。それなのに、こんなところで突然人生を終わらせなければならないことを考えると、涙が出るほど悔しかった。それは僕にとって意外な感情だった。

「熊が入ってきたぞ!」

「ドアが開かないじゃない! 責任者はどこ? どうなってるの!」

 乗客は一斉に、熊が入ってきた側の反対側に移動した。隣の車両に逃げる人もいた。途中で小学生ぐらいの女の子が転び、その上を逃げようとする人々に踏みつけられた。

「危ないよ! 早くこっちに!」と僕はその女の子に向かって叫んだ。その子はうずくまったまま震えている。僕はボーイスカウトで熊は火が苦手だと習ったことを思い出し、すぐに着ていたTシャツを脱いでポケットに入っていたライターで火をつけた。

 燃え盛る僕の萎びたTシャツ。熊は全く動じず、ゆっくりと女の子に近づく。まずい、効果がなかったか? 他に何か役に立つようなものはないかとポケットに手を入れると、ダイナマイトが入っていた。ダイナマイト?

 僕はダイナマイトの導火線に火を点け、目の前の熊に向かって投げた。ダイナマイトは熊の後ろに転がり、数秒後、爆発した。

 前かがみに倒れる熊、耳を押さえる乗客たち。咄嗟に僕は反対側のポケットに手を入れると、またしてもダイナマイトが入っていた。どうなってるんだ? 僕はそれに火を点けると、苦しんでる熊に向けて再び投げつけた。今度はちょうど顔の近くに転がり、頭ごと爆発した。


 車両内は火に包まれていた。僕が熱さのあまり、燃え盛るTシャツを椅子のところに投げてしまったからだ。僕はうずくまる女の子を抱きかかえると、割れた窓から飛び降りた。着地に失敗し、尻から地面に激突した。その瞬間、二匹の熊と目が合ってしまった。僕は破れかぶれで再びポケットに手を突っ込む……あった、ダイナマイト。

 ライターで手元のダイナマイト火を点けると、こちらに向かってくる熊に向かって投げた。爆発し、爆風で僕は少し吹き飛ばされた。耳の中ではキーンという音。女の子は必死に耳を押さえている。良かった、無事なようだ。熊は二匹とも逃げていった。そのまま僕は女の子の手をとって立ち上がった。

「だ、大丈夫?」

「ありがとうございます……大丈夫です」

 女の子は呆然とした表情でそう答えた。きっと何がなんだか分かっていないのだろう。僕だってそうだ。

 電車を振り返る。乗客たちの悲鳴、熊の鳴き声。僕は恐ろしくなってしまい、女の子と一緒にその場から逃げ出した。


 十分ほど草原を走り、後ろを振り返る。電車は完全に見えなくなっていた。僕はその場でへたり込み、泣いてしまった。女の子は驚いた表情でこちらを見ている。早く夢から覚めればいいのに、と僕は思った。

 

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