85
そして見事、その予想は当たった。オメガは窪地のど真ん中で待ち構えていた。
「バカだよコノヤロー!」
「肯定してやるっ!俺らはバカだ!でもバカだから今ここにいる。おまえを連れ戻しにきた」
真正面から、オメガに怒鳴り返す。
バカだといわれても仕方ない行為だ。罠を張っていると思われる場所にわざわざ赴いて、目の前に現れる。何かと思えば言う事は馬鹿の一つ覚えのように「連れ帰る」だ。
「ど突いて吾平に平謝りさせて『私めは本当にみなさまにご迷惑をおかけいたしましてすみませんでした。この度はどうぞこの馬鹿めをぼろ雑巾でもなんなりと好きなようにこき使って下さいませ』と言わせようと計画をだな……」
「ながっ!!」
そんな事を言いながら、他愛もない遊びのように、じゃれ合うように攻撃をして、離れていく。ヒットアンドアウェイ、しかしその攻撃が当たるということは全く予想もしていないようで、それは単なるポーズでしかない。
「んなこといってねーよ。ただ、このまま俺らが連れて帰っても吾平ちゃんに抱きつかれていい目に遭うだけだから私刑に処そうと……」
「あ、馬鹿!」
軽口。それと同じく、軽いジャブのような戦いだ。
いや、それを戦いというのはおこがましい。……いつも通り、練習試合。いつも通りの、訓練。それが、今では一方だけが充分本気な、命を賭けたものになっているというだけで、彼らの心積もりは変わらない。
変わりようもないほど、二心も抱かないほどの純粋性でひたすら思う。そこにあるのは絶望に塗れた中の希望ではない。そこにあるのは現実から逃亡した先にある祈りでもない。
単に、信じている。確信しているとまでに、信頼している。それが、彼らの答え。
「あ。つい、ポロッと。でもねー馬鹿犬の去勢しに行こうってみんなが――」
「あーあーあー。何も聞こえない、何もいってない」
いつもバカやるメンバーで、いつもみたいに笑って話す面々をどう思ったのか。吾平にはオメガの――山茶花の想いが手に取るように分かった。苦笑に滲み出た、どうしようもない歯がゆさ。居た堪れない気持ち。むず痒く嬉しく、そしてとても悲しい。それは諦めが心を支配しているからだ。理解されないと、最初から拒絶して――恋しく思う。
ふと、オメガは防御の腕を降ろす。
それは全ての事象に対する拒絶を行う、“時”の防壁が失われた事を意味する。彼に流れる、不可視な時の流れを断絶する事は彼自身にもどうにもなりえない。けれど、それはオメガに対してかけられた呪いだ。――その身体を所有するのはただの人間である、山茶花だ。傷は、つく。――無防備に、オメガは防御姿勢を解いた。
「本当の馬鹿だな。――勝てると思うのか?」
懐疑の声は希う音にも重なっていた。
だから、吾平は力強く頷く。信じない事ほどに悲しいことはない。信じなければ、何も始まらない。だから、吾平は信じる。
彼らもまた、ニヤリと底意地の悪い笑みで返す。
「ああ。こんだけいりゃ、まぐれも起きる。勝利の女神も俺らにはついてるしな。それに、忘れたか?俺はお前と52勝42敗だぜ。俺様の方が強ぇ」
「何言ってんだよ、俺は32勝31敗だって」
「俺は0勝1敗」
「負けてんじゃねえかっ!」
「うん、戦意喪失。昼時だから一緒に飯食った。そっちは俺無敗よー?」
冗談にすぎる。この状況で、そえを言うかと思うほど、……けれども、どこまでも真剣に、バカみたいに真っ直ぐ、思いを貫く。




