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world for you  作者: ロースト
四章 深雪に蹲る
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「馬鹿なのか、おまえ等は」

 そう、呆れたように言った声音は、表情は、皆がよく知る山茶花のものだった。

 白が世界を蔽うような、雪山。その窪地で山茶花は佇む。約束の場所より手前。

(やはり、か)

 吾平の脳裏に先ほどのやり取りが蘇る。


「ちょっとタンマ」

 先頭を行っていたフィガルノがその場で止めた。空は白み始めているが、吹雪の予兆はない。とはいえ、山の天気は変わりやすい。アカデミアに過ごす内にこの冬山の気候変動には慣れたとはいえ、迅速に行動するに勝るものはない。

「吾平。方向はこのままでいいんだよな?」

「ああ」

 アカデミアから東に1200km行った所に広がる針葉樹林。高さの低い木々の隙間は人を隠すことが辛うじてできる。故に他の生物や光などは隠す事も出来ずに、人の目に入る。そのことを聞いた時にはなんとも人間に利になる森林だ、と人工的なそれに驚嘆を覚えたものだが、実際に利用してみると、雪山の丸裸にそこだけ緑が冴え冴えと輝いていたら広域攻撃を受ければ一溜まりもないものだと実感した。対サリファンダでも中型までにしか利用の出来ないその地は、しかし、こんな時にはちゃっかり利用している。

 降り積もった雪を重そうに葉が載せている。たまにドサッと音を立てて落ちるそれは人の足音にも似ていて、気配を消して近づけば吾平にさえ人か自然かを間違えさせる。

「目的地は――この間11隊で見つけた祭壇、か?」

「っああ。よくわかったな」

 この“禿げた森林地帯”よりも更に東。東の最果ての地と呼ばれるガダン国の地続きの一番端。このルーザリカ山脈の奥地。普通の物ならばそこにたどり着く前に何週間と掛かる道を、けれど彼らは一日も関わらずに行く。谷を空高く飛び、通れない地面を掘ってでも進む。いや、もっと端的に言ってしまえば一度行ったことのある吾平の空間能力で道を繋げてしまえばいい。そうして、星の輝く下にアカデミアを出て空が白んじる時にこの森林に辿りついた。冬国となって陽の登るのが遅い国となった、かつての日出る国。東へ向かうのにも彼らの超人的能力を使えばなんということもない。

「まぁな。伊達にお前らと過ごしてきてねぇよ。……で、だ。俺はこの先トラップを張ってると思う」

(わざわざそんなことをするだろうか)

 わざわざそんな事をするまでもなく、オメガは吾平たちに優位に立っている。誘き寄せているということでも、実力という面でも不利を持っているのは吾平たちだ。


「吾平はこの先、どういう路線で行くつもりだった?」

「?直線だ。時間の短縮になる」

「だよな。吾平はそれで問題ない。多分、吾平はだから、ひっかからない」

 吾平は、という限定での話だ。「問題は、迂回ルートの場合の事だ」

「っ」

「わかってる。迂回は本来、関係ない。そんなことに時間を費やしてる暇はない」

 そこまで言って、フィガルノは吾平に落ち着くように促す。決して、時間の無駄ではない。それよりも、もっと早く。もっと優位に進める方法だ。

「だが、あいつは吾平にだけ居場所を告げただろ?だから別働隊が吾平の後を追った場合。特に軍や“上”から吾平に追尾が掛かってもおかしくない状況だ。二人きり、という状況をセッティングしといてそいつらを見過ごす事はしないはず」

 山茶花と吾平が同じ隊員同士だった、しかも同期だ。そのことで二人のことを知らない者でも、気付く関係性がある。怪しんで、貼り付ける。そうでなくとも、吾平は未だに厳重注意の状態。この間の戦地離脱・軍規違反。反旗行動中の詳細が分からない以上、オメガとの接触も考慮に入れてあるはずだ。――サリファンダ側のスパイ、そう監視されていた可能性すらある。だから、ここまでのことは確実に山茶花は読んでいる。

「ここまで来れば“追っ手”は目的地を推測できる。そしてより安全な道を行く。つまり、平地で遮断物のない直通ルートより、窪地ばかりの迂回ルートだ。この際、時間の遅れは意味を成さないからな」

(山茶花が読めなかったのは、俺たちだ)

 上からの命令で吾平を追った者たちは簡単にトラップに引っかかる。

 けれど、フィガルノたちは違う。山茶花を知っていて、吾平を知っている。山茶花が何処にどうトラップを仕掛けるか、吾平がどう思考して行動するか。(――半年だ)

 たった半年。けれど、その半年、密な時間を過ごした。異常な状態、滅多にないような状況、日常生活、辛い時も楽しい時も、共に過ごしてきた、行動してきた。

(わかるさ。俺たちなら)

「あいつは追っ手を確実にトラップに嵌める為に姿を現す」

(分かっていなかったのは、山茶花の方だ)

 先輩たちが、仲間たちが、教師たちが、見逃した。

 吾平に差し伸べたのは追ってではなく、仲間。実力や経験があっても、山茶花の思考が読めないような軍人ではなく、甘ちゃんでお気楽な――仲間。

「約束の場所とは違うし、奇襲という手段で卑怯だ。だが、劣勢を対等に持ち込める」




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