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「なんで山茶花が!?」
ギギドナが仰天した事実ではない。その、周囲の光景だった。
突然鳴らされた警報は、仲間への死の一歩。紡いだ言葉は残酷に、心の雫を絞る。
山茶花を、敵と断定する旨。……下された任務。それがどういう経緯を持つかもわからないまま、無理解のまま、断定された善悪を、何も考えずにただこなす。それが軍人としての正当なあり方だ。――けれど。それは人間ではない。機械だ。人形だ。
感情を殺す。それをしてしまえば、……人間ではなく、別の――化物と同じになる。
「てめぇら、あんなの信じてんのかよっ!仲間だろ!?」
無言に武器を取り出し始めた仲間たちを、見やる。
学年も学級も関係なく集まる食堂だ。数瞬前まで山茶花と吾平がいた。そこには賑やかな空間があったのだ。
けれど、放送が場を割る。山茶花は焦ることもなく立ち上がり、消えた。
皆が動き出せたのはその後だ。
武器を取り始めた周囲に、ギギドナが叫んだのが、その後。
「仲間だからだろッ!!」
だが、ギギドナの言葉は予想もしない激昂に返される。
吾平が、泣いたから。
だから皆が武器を取った。戦うことを選んだ。
「仲間だから、アイツを止める!」
吾平が、情けなく、見っとも無く……恥も外聞も捨てて、泣いている。
食堂の真ん中で、ただ一人。誰も近寄る事ができず、言葉をかける事も出来ず、吾平は不器用に泣いている。
吾平の心を浚ったまま、慰める権利も笑わせる権利も、全部、山茶花が持って行った。
だから、「見つけ出して、『吾平泣かせんじぇねぇよ、この大バカ者!』って叱る。殴る」
“仲間だからこそ、訂正しにいく。”
“仲間だからこそ、バカやってるな!とドツキに行く。”
そう、笑って見せた。それは敵に対するものではない、武器を持っているにもかかわらず、優しさが、強く滲んでいた。
「連れて帰って、吾平に謝らせてやる。『バカやってました』って土下座させてやろうぜ」
「吾平ちゃん、感動して俺を抱きしめてくれないかなぁ。ありがとう、とか言ってさー」
「うまっマジ死ね!きもっ!つぅか、その場合は山茶花を抱きしめるんじゃね?」
「山茶花殺すっ!処刑だっ死刑だっ」
それは軍人や、他の奴らから見ればお気楽な考えと一笑に付されるような、楽観思想だ。それでも、その瞳には輝きが灯っている。きちんと現実を見つめて、それでもそうやって笑い合っている。
彼らが数人がかりで相手にするサリファンダ。それを纏める、オメガ。人かサリファンダか、それさえもわからない歴史の陰に現れる存在。
オメガに対峙して、震えずにいられるわけがない。今笑い合ってさえも、恐怖にとらわれそうになる。そもそも、人かどうかも分からない存在に“友人”という言葉がどれだけ意味を持つものか。無謀すぎることは彼らも分かっていた。サリファンダに対する恨みを持つ彼らがその統率者であるオメガに憎しみを覚えないはずがない。
それでも――
「ハハッ!ばかじゃん。4軍、あたまわりぃー」
「俺ら二軍が吾平のキスもらったぁ――っ!」
「「抜け駆けしてんじゃねぇよ!!」」
(盗み聞きしてんじゃん。みんな)
それでも、彼らは笑い合うのだ。
「一番、悲しいのは吾平なんだ。その吾平が立ち止まらないのに、俺らが何もしないわけにはいかないだろ?」
フィガルノがドンッと重めにギギドナの背を押して、笑った。




