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world for you  作者: ロースト
四章 深雪に蹲る
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 「御馳走様」と言って手を合わせる、祈りか感謝かのような格好をすると給仕が食器を片付ける。そして漸く山茶花が吾平に目を向けた。


 楽しげな色を灯した瞳は笑みを浮かべた表情に細く吸い込まれた。――オメガの笑みだ。「さぁね?」

 何だと思う?

 問いかけていた。瞳が、吾平に。――悲しげに。



「……俺は、今の生活が好きだ」

 それが、吾平の答え。


「傷つくこともあるが、みんなが笑いあって、バカやりながら生きてる。外にいるよりもずっと生きていることを実感できる。芽生え始めた命の息吹が感じられるようだろ?」

「そうかな、蝋燭の燃え尽きる様じゃないかな」

「お前はこの生活、好きじゃないのか?」

「好きだよ。いつまでも続くといいよね」

「――続かないとでも言いたげだな」

「続かないよ。幸せは長く続かない」


 食事の提げられたテーブルで、二人は横に揃い、瞳を合わせず、会話していた。

 一方通行な思いだと感じさせるかのような、そんなやり取りだ。山茶花の瞳が合わさらない。だから、吾平はそっと、机の下でその手に触れた。

「……俺は、幸せになりたい」


 びくり、と震えた手は、でも握り返すことはなかった。

「誰だってそうだよ。でも幸せな現状に気づかずに逃してしまう方が圧倒的に多い」


(……好きだと、言ったのに)

 そう、思うと自然に口ずさんでいた。


「――お前は、俺を幸せにしてくれないのか?」


「えっ?」

 素っ頓狂な声は、予想もしていなかったと、山茶花よりも低い場所にある吾平の目を見返した。


「アカデミアに入った頃、俺が恋愛事にかまけてらんないと言ったの、覚えてるか」


「うん、カガラファさんに言った」

 今、この瞬間。時が止まってしまうなら良いのに、そうはならない。

 そんな当たり前のこと分かっているのに、願わずにはいられない。言葉が止まることはない。ここまで来たら、もう最後まで。

「あの女さ、最後に何て言ったと思う?……俺に、恋してるじゃないって言ったんだ」

 山茶花は同じなのだ。吾平と同じ、孤独。

 いつも人に囲まれている山茶花と、自ら人から離れようとする吾平。

 でも根本は二人、同じだった。最後に喜びを分かち合う時、隣には誰がいる?

 誰かと共に何かを分かち合う時――山茶花の隣には誰がいただろう。

 ただ、賭けるしかない。

 なぜ、この状況で、山茶花が食堂にいたのか。ここで、人々を眺めていたのか。


 ――吾平は紡ぐ。見つめあう視線の中、ただ一つの答えを探して。


「好き。俺は山茶花が好きなんだ」



『緊急事態発生。緊急事態発生。敵・オメガがアカデミアに潜入。アカデミア一年、山茶花はオメガである。オメガを捕獲。場合により抹殺も許可』


 二人を裂くように、放送が鳴った。




 答えは、得られそうもなく。

 吾平はうつむいた。山茶花も、握り返す事のなかった吾平の手を軽く振りほどく。


「……『いったい俺の何を知っていると言うのか』」

 それは復唱だった。

 吾平が山茶花に向けた言葉。つい先日の出来事。意図的に山茶花を、そして自分自身を傷つけようとした言葉の数々。そのひとつ。それが再び、今度は山茶花の口から放たれた。

 心を抉り取る。状況なんて構えないほど、その言葉が突き刺さる。


「――ッ!!!」


 とっさに伸ばした手。

 いつだって、手の届く距離にその存在はいたにもかかわらず――

 いつだって、おせっかいでうっとうしいと思う時もあったほど近かったその存在が――今は、手を伸ばしたところで届きもしない。触れることさえ、叶わなかった。

「何、だって?――ぁははははははは!そんなの、そんなものっ」


「すべてに決まってるだろう、――愛羅」

 山茶花に紡いだ想い。

 そのすべてを壊すように、“オメガ”はそこにいた。




「……ぁ――」

 急激に冷たくなる心。

 警報と怒号が耳に入り、現実が吾平を襲い込む。

 頬を、一筋――心の欠片が零れ落ちた。



「……じゃあね、吾平。待ってるよ」

 指がそっと頬に触れ、離れる。

 名残惜しげに感じたのは――オメガも同じだったのかもしれない。微笑して見えるその表情は綺麗に作られていて……そして儚く、今にも壊れそうな上辺だけのもの。

 どうしても、三人が同一人物だと証明せざるを得ない。知りたくなかった、知っていた事実。


「――ッ!!」

 叫んだ。誰を呼びたかったのかわからないまま。名前を、呼んだ。

 自分は何といったのか、吾平はわからなかった。それでも、


「もう、いないよ。何処にも」

 存在を否定する言葉。“影”は言った。

 誰の事を指しているのか。果たして、言葉は“誰”に届いたのか。それとも、届かなかった手のように……誰にも、届かなかったのか。

 三人の存在をかねる、吾平のすべてがそこから掻き消えた。



「あぁ……っうあ、あ……あぁあ――ぁああ……!!」


 上手く泣けない吾平が、涙を零す。叫んで、慟哭し、けれど、届いて欲しい者には、まだ届かない。(――心がバラバラになる)

 ぐちゃぐちゃの思考は、吾平を突き落とす。どん底へ、暗い思考へ。

 吾平は、山茶花が、オルイナがオメガだったのが悲しいわけじゃない。ただ、

(――いない)

 ただ、……吾平が悲しく、泣いて、求めて。そんな時に今、彼が隣にいないことが、悲しいのだ。




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