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凍りついたような場所から暖かな湯気の伴う、食堂へと吾平は足を向けていた。
そこには多くの生徒たちが、軍人たちが食事をしている。戦争は続いているとはいえ、昼食時。警戒が緩まないといっても不眠不休では人は生きていけない。暖かな食事のある場所で、ほんの少しの心の休息を誰もが味わっている。
そこで、吾平は目的の人物を見つけていた。
「山茶花。話が、ある」
不思議と、そのテーブルには山茶花以外の誰もがいなかった。
普段は何がなくても人に囲まれているような山茶花が、皆が談笑しあうこの場所でのみ不思議と一人でいる。
「うん?食事しながらにしよう」
何のテライもない了承。目の前にいるのは初めて会った時から変わらない山茶花だ。
けれど、出会った頃とは二人は違っている。吾平は山茶花と知っているし、山茶花も吾平のことをよく知っている。吾平自身、気づいてもいなかった弱い部分を、ずっと前から知っていた。――首にかけた二つ目のネックレスを服の上から握って、目の前で引かれた椅子に座る。
「話が、あるんだ」
言葉が震えそうになるのを堪えて、もう一度口にに出す。
「うん?聞いた。――あ。吾平も食べる?」
「……ああ」
吾平の様子に何かを感じているのか、感じていないのか。
前ならば鈍感、と決め付けていた。でも今は?分かっていてすっ呆けているのではないだろうか。それほど、山茶花は吾平の心を読み取るのが上手い。
「……何か変だぞ、吾平。体調悪いのか?」
はっきりとしない吾平に声がかかる。けれど、感心あるふうなのは表向きだけでその実殆ど注意を払っていないということを吾平は既に知っていた。たぶん、他の誰も気づいていない。本気を向けられた事がなければ、きっと吾平も気づかなかった、その表裏。
「いや、――言うことにしたんだ」
(覚悟を決める時が来たんだ)
龍城の覚悟を見たからには、吾平も、山茶花も、曖昧のままではいられない。
山茶花は何を、とは聞かなかった。ただ何もいわないまま、待っている。吾平が覚悟を決めるのを、言葉が落ちるのを――時期を待っている。
「言わないままでいたら、無くすんだよ。大切なものはきちんと、握ってないとダメなんだ。ようやく、わかった」
それは本当に長い間だった。ずっと、気付かなかった。だから多くを無くしてきた。
間違いは間違いとして認め、たださなければならない。
「はっきりとさせる必要がある」
“甘えるな”――龍城が言った。
吾平は今まで、頑張って、努力をして、前を見てきたと思った。でも、それは眼を逸らしていただけだ。前を見ることで周りを見なくていいと、自分に甘さを許していた。
(違う、そうじゃない。すべて、持って行く)
抱え込む必要がある。責任が、吾平にはある。
「俺は、お前がこの世界を守りたいんだと思っていた」
けれど、彼にはこの世界で守りたいものがあるのだろうか。
この世界を守る価値は彼にあるのだろうか。
「――お前は、本当は何のために戦う?」
かちゃん、と最後の音がした。




