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world for you  作者: ロースト
四章 深雪に蹲る
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77


「吾平。君に機会をあげよう」

 やけに偉そうな男が目の前に立っている。隙の無い気配に軍人だとわかった。そして、その紡がれる言葉も、理解した。

「父親に、会うんだ」



「――姶良か?」

 暗い空間は穴の底よりも深く闇に包まれていた。

「……ライナス」

 小さな燈篭の明かりが照らす影。疲れの濃い顔は壮年の男性よりも老人に思えた。

「覚えているか、姶良よ。私のことを。父だ、お前の父だ」



「……」

『かつての友のあんな姿を見るのは辛いのだよ……』

 ここに来るように言った軍人の呟きが頭に蘇った。

「――狂ったか、ライナス」


『どうか、あいつを、救ってくれ』

 姶良の父ライナス。デマンドの元隊長。軍の憧れの人物、伝説ともなりえた人。ファラカイナの能力なしでサリファンダと渡り合える最強の軍人。かつての英雄。

 しかし、


「俺は、……生憎と、あんたの娘じゃない」

 その眼はかつての威光を濁らせた、曇った色。

 吾平を逃し、その罪で投獄されて――長年の闇に、狂った狂気の色。覇気がなかった。嘗てはあった威圧感も消え去り、畏敬の念など覚えるはずもない、そこにいるのはただの老人だった。



「アンタが名付けたんだろ、俺の名前……」



「呼べよ、その名で。俺のこと……呼べよ」

 ただ、認めてほしかった。

 ただ、名を呼ぶだけでよかった。ほかの誰でもない、ライナスでなければいけなかった。

 ライナスだからこそ、名を呼んでほしい。。そんな思いが胸を締めつける。


「名付け親が、――親が、間違うんじゃねぇよ……」

 吾平は自分で何を言っているのか、わかりもせずに、その言葉を放っていた。



「“父”も“娘”も……」

 弾かれたように頭を上げた。

 低い声。落ち着いた貫禄のある声音。その瞳には先ほどまでと違い、意志が、理知的な光が灯っていた。望んでいたものだ、吾平がその声に、その喉に自分の名が乗ることを期待して――

「――名前など、ただの記号だ。区別するための認識番号に過ぎん」

 冷酷に言葉が響く。


 先ほどまでの狂ったような色は欠片も見受けられない。だが、それだけに身に染みた。

 吾平への痛烈な言葉だ。向けられた凶器は刃を向く。


「姶良じゃないから吾平とつけたに過ぎん」

 抉り取られた。

 胸を、心を、感情を、過去を。


「所詮、お前は俺とは何の繋がりもない。お前のことなど、俺は知らん」

 そして、“吾平”というもの全てが抉り取られた。




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