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「どうして!吾平くんは私たちの仲間でしょッ!」
チセの悲鳴のような叫びが小さな部屋に籠もった。
隊室だ。休憩室と会議室を伴う、第11隊専用の部屋。そこに集まったのは当然のように半数が欠けた状態で……だからこそ、今になって会話をする。
チセが非難する――吾平の処分。
「……あっちはそう思ってないかもよ」
ボソッと、連夜は紡ぐ。
それもそうだ、不審があって当然。龍城がこの場にいない理由、吾平がこの場にいない理由。……大腿部の付け根から失われた足。当然、そのままでは出血多量で死に至るところだった。いや、そうでなくとも片足がない。龍城の脚が失われた。そしてそれは吾平の目の前で起こったことだ。
「どうあっても、俺は許せない」
あの日。いくつもの状況が変わった。
内側に籠もっていた吾平が部屋から出て、戦うための、前へと向くための説得を皆でした。その時の龍城はいわゆる、失恋というような状態で……山茶花と吾平が惹かれあっているのは誰が見てもわかりきっていたが、素直な性格の龍城が吾平に対しては随分と周囲に悟られないようにしていた。吾平を最初にアカデミアに迎えた龍城はたぶんその時すでに、恋に落ちていた。
(手酷い裏切りだ)
恋愛が成就しなかったことを責めるつもりは毛頭無い。ただ――そこまで己を思ってくれる人物を、いとも簡単に切り捨てた……その事実が嫌らしい。
吾平が何をどう思ってどこに行っていたのか。連夜には当然のように思いもつかない。この同じ隊のなかにあって、連夜は吾平から一番遠かった。だからこそ、許せない。
己の友人を見捨てた、吾平のその行動が許せない。
(カレン……)
連夜は以前、サリファンダによって恋人を無くしている。そして今そのことから立ち直られてくれた友人が死の際にいる。
再び、自らの中に暗い思いが湧き上がるのを連夜は自覚する。
「事情があったって変わらない。結果的に、龍城は吾平のせいで死に掛けたんだ。……仲間を見捨てるような奴を、俺はもう信用できない」
背中を預けるに足らない、と冷酷に断ずる。しかしそれは当然の判断だ。冷静に考えれば誰もが至る答えで、それにはシグマも同意する。
この場に集まる11隊のメンバーは渦中の人物である吾平と龍城を抜かし、山茶花の欠員が出たままだ。それでも、導き出される答えは変わらない。
「――彼をこのまま11隊に再び迎えることはできない」
シグマは結論を出した。
「そんなの納得できません!彼の貢献度だってあるでしょうッ!失うには惜しい戦力――」
「これは隊長としての判断だ、チセ」
そう、たとえ――偶然でなく、連夜の目の前に龍城を移動させたのが吾平の能力だとして。吾平の目の前にいたのがオメガだとして。敵の前から龍城を逃がしたのだとしても……吾平はその後に姿を消し、戻ってきた。
オメガに囚われていたならばよし、殺されていたならばよし、……けれど、一人で満身創痍でもなく無事に戻ってきた吾平。龍城があの状態のまま、どこかへと行ったという事実は変わりようも無い。“吾平は仲間を見捨てた”――それは事実でしかない。
「……ッこのままじゃ、隊が、なくなっちゃう――」
ダンッと机を叩いて、崩れ落ちるチセ。その悲痛なる心の叫びは、けれど的外れではない。未だ、龍城が目覚めない。目覚めても戦える状態ではない。山茶花はあの日から、行方不明となっていた。もしかしたら死んでいるということも考えられる。そして、吾平は牢に繋がれている。……たった六人だけの隊で、これほどに皆がバラバラになのだ。
自分が作り上げていた、隊。本来が10までしかない隊から、特別に作られた。まとめるのは上級生でなく、四年生のシグマが選ばれた。特殊な位置にあるし、特別だった。自分で作り上げ、まとめている。その辛さはあったが、楽しかったし、誇らしかった。
「セルシア」
幼馴染の少女の名を呼び、シグマはそのか細い体を抱きしめた。
「ごめんね」
縋っているのはチセではない。隊長という皮の剥がれてしまったシグマだ。
誇りだった、大切だった、大事にしていた――宝物が壊れた。
それはあるいは、シグマの心の寄り辺だった。両親を無くし、従妹とだけ残されたシグマが得たもの。孤児となった二人が生きるために軍に入った。資質があると認められてアカデミアに入って、……人員集めから任務、すべて二人だけでやってきた。次々と入れ替わる隊員、ついて回る噂。任務の成功率は誰が入っても変わらなかった。シグマとチセだけでたいていのものはこなせたから、隊といっても名ばかりのものになっていた。優秀な生徒を見つけては引き抜いて、追い出して……そんな中で、龍城と連夜を見つけた。トライグも誘ったが、彼には断られた。それでも、任務が無い時には遊びに来ていたし、用が無くても皆がここに集まっていた。そこに吾平と山茶花が加わって……少人数の隊、大切な友人たち。背中を預けられる信頼する人物――家族だった。
シグマも、チセも、一度は無くした家族が、そこにはあった。第11隊は“家”だった。
「――君も意外すぎるよ。立派な龍城スキーだね」
ちゃかして言う、あんまりにもなその表現に、連夜は無言を通した。
連夜にとっても、この場所は、無くしたものを補ってくれる場所だったのだ。




