72
「くっ……ふはははは」
酷薄に笑うのに悪寒が駆け上って思わず、手で自分を抱きしめた。
「そうか、そうか俺は――――人間じゃ、ない……」
泣き、笑いだった。
とめどなく零れ落ちる涙を拭うこともせず、ただ狂ったように笑い続ける。
目の前に佇むそれを見て、泣き笑い続けた。
「登録外鉱石使用違反に始まり任務放棄、単独行動、敵前逃亡、規律違反、指示反抗、……その他諸々計百四十一項目に該当する軍規違反として貴様を拘束、処罰とする」
いつの間に帰ってきたのだろうか。
吾平の目の前には要塞が、アカデミアがある。
ふらふらとした足取りで、それでも行き着いた場所は……けれど、本当に帰る場所だったのかさえ、定かではない。
吾平を囲むようにして武器を向ける兵士。軍規違反を唱え、吾平に警戒する者ども。
抵抗なんて、する気も起きない。今の吾平には些細なことだった。
頭を占めるのは――――思い出した自分と、これまでの事。
「なあ、姶良……お前はいつまでそうしているつもりだ?逃げるなよ、姶良」
月にかかる雲、それが曖昧な姶良の意識を表すように揺らいでいた。
吾平は姶良に問いかける。君は初めからすべてを知っていたんじゃないか、と。
暗闇の中、人影が辛うじて見つけられたのは空間に慣れきった視界による功績だった。
「なんだ、こんな所まで来たのかお前」
吐き出した言葉は枯れてひどく聞き苦しかった。
長く使われなかった声帯は張り付き、言葉を明瞭にしない。それだけで不快だったが粘ついた口内がおまけのように不快度を上げる。
暗い闇の中の人影は何かを言う。けれど聞こえない。無音は聴覚までも狂わせる。蝕まれるのは精神だ。
ガリガリガリ。ガリガリガリ。削ってゆく。削られてゆく。
「ら……いら……あいら!」
聞き慣れた声だ。名を呼ぶ先には優しさが込められていた。直接言葉を交わさなくても伝わる思いははっきりと人物を判別させ、認識させ、吾平の中に存在を落としていく。希薄のはずの吾平が深みを持ってゆく。そんなことを望んだわけでもないのに。
いつしか、声は途切れていた。時間のない空間はそれがいつのことかもわからない。しかし、思考の波にたゆたわせていた間に状況は変わる。
ガシャンッ!
一度鳴る。
ガシャン!
一度鳴らされた。
人型は闇の中に沈んでいた。姿型は先程と似ている。そこにいるのは山茶花ではなかった。
「何のつもりだ、オメガ――」
随分とハッキリした声が出た。視界も回復していた。いや、いつもよりも鮮明なほどだった。暗闇に適合しているというよりも、暗闇こそが正常なる視界であるようだった。世界が暗闇の中に浮かび上がっていた。
「君に、会いたかった。“愛羅”」




