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「何考えてるのかも、何を抱えてるのかも知らないし知ろうとは思わない。妹もそうだったはずだ。だが、妹はおまえを助けた。そういうことだろ」
何が、そういうこと、なのか。
そんなことで納得できてしまうのか。できてしまうものなのか。
(いいや、そんなはずはない)
そんなはずはない、のに
「――その命、大事にしろ。何も知らなくても、誰かを思うことはできる」
用件を終えたとばかりに、その背はさっさと外へ出る。再び残されたのは吾平と山茶花だ。冷たくも、厳しくもある言葉。でも、なぜだか温度が感じ取れて。
恨んでいないはずなどないだろうに。――吾平が落ち込んでいることを、誰に聞いてここまで来たのか。疑問になる前にそれは霧散した。
次なる人物が現れたからだ。チセとシグマが現れ、挫けないでというように応援のような言葉と苦笑を残して消えた。そして今度は連夜、次はギギドナ、引き続いてフィガルノ。……吾平に関わった人物がその扉から現れては消えていく。人生が再生と早送りを繰り返しているように、人々が入れ替わり立ち代わり、その扉の向こうへ歩いていく。未来へと踏み出す一歩を、その勇気を与えるために吾平のところへ寄り道したとでも言うように。
呆然と、それを二人して聞いていた。
彼らは二人にリアクションを求めていなかったし、言いたいことを言いたいだ言って去ってゆく姿は引き止めるには清々しすぎた。
やがて、そのめまぐるしい時間も終わりを迎える。訪問者が途絶え、ようやく思考が回り始める。ようやく落ち着いて考えることができる。考える以前に答えは出ていたのだけれども、
(慰め、られたのか俺は)
彼らに。言葉で、無言で、態度で、表情で。背中を押すように。
吾平に関わってきた人たちが吾平によって変わっていったように、吾平の存在に救われていたように。今度は、吾平を支えに来た。それだけの話だ。
「人という字は、……人と人が支えあってできてる」
ポツリ、と山茶花は言った。ガダンの文字の説明だった。吾平も知っていた。
山茶花はだから紡ぐ。
「俺は!」
支えあって生きていくうちの誰か、じゃ嫌だから。
共に歩ける、ただ一人の存在になりたいから。
「――俺が好きなのは、吾平だ。見た目も、身体も過去も関係ない」
吾平の、背筋がまっすぐな姿が好きだ。強くて、迷いのない実力を尊敬する。人を拒絶しながら戸惑い、心細く思う心が愛しいと思う。
「吾平が吾平だから、――好きだよ」
君の笑顔が救うんだ。
「お前がッ!いったい俺の何を知っていると言うんだ……!!」
激怒した吾平の叫び。悲痛なる思い。それが密閉した空間の中でしか留まれないことに、ひどく残念と感じた。届かない思いは自由になれない心の叫び。
「……少なくとも、今、吾平が何をしたいのか。わかってる」
行っといで。心の赴くままに、自分を主張していいんだって。
吾平は知らなければならない。主張することは、自分を認めてもらうことは――何を持っているかでも理由でもなく、ただ、真正面からぶつかること。それだけで、人は人を認める。吾平は、吾平になる。
「……っ!!!」
何か言いたげに、それでも何も言わずに吾平はその場から出て行った。
広い空間に残されたのは山茶花一人。不気味なほど静かな空間に、山茶花は一人、笑いを残し、消えた。




