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world for you  作者: ロースト
三章 深雪に惑う
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「喚いてんじゃねぇ――」

 それまで黙っていた龍城が低い声を発した。

 それは獣の威嚇する唸りにも似た、激しい怒気。苛烈な怒り。

 龍城の純粋性。

「何をうじうじといつまでも言ってるんだ。喧嘩かと思えば惚気。それで終わって置けよ、気弱になって繰言紡いでるんじゃねぇ。眼を逸らし続けんのも前に向かって歩くも、後ろを向いて留まってるのも、ぜんぶお前が決める事だ。他人に頼るな、甘えるな!」

 一喝。いや、畳み掛けるように、追い討ちをかけるように言葉は重ねられていく。

「吠えるだけなら誰にでもできる。――腑抜けは足手まといだ。戦えないなら、出て行け!この学園からっこの場所からっ!」

 そうだ、戦う理由がないのなら、戦いたくないのなら、逃げ出せばいい。戦う必要のないところにいけばいい。そんな、単純な……(無理だ!)

 心が拒否する。あまりにも簡単に打ち出された解決策を、けれど吾平の心は拒絶する。


「テメェなんざいなくとも、俺たちは勝つ!」

(いいや、吾平がいなくては駄目なんだ)

 一人だけで安穏とした日々を過ごせるわけがない。

 吾平は戦場を離れても、離れても、切れることは決してない。

 それはアカデミアに来るまでの放浪の年間でわかりきっていたことだ。サリファンダは吾平を逃しはしない。


「戦えねぇよ、今のお前は」

 空ろな吾平を龍城が的確に指摘する。


 それでも、

(目的が、俺、……だから)

 吾平はその言葉を、否定する。

 結局、吾平がいなければ戦いは始まらなかったし、戦いは終わることもない。

 戦いから逃れることはできない。たとえ、戦場を出たとしても、新たな場所で戦場が開くだけだ。それこそ、まったく関係なく力も持たない人々の間で、殺戮が行われる。

「意味がなくて、理由がなくて、戦うなんて出来ないんだよ。半端な思いじゃ死ぬだけだ」

(追いかけっこをしていても、ゴールがなければいつかは追いつかれる)

 死ぬという結果は同じじゃないか。

 戦場で、今ここで、戦っている人たちを見捨てて、一人で孤独の戦いをしろというのか。


(……それこそ、残酷じゃないか)

 龍城は、知らない。

 この戦いが、何を争うものなのか。すでに、吾平にはわかっていた。

 吾平に近しいものが死んでゆく。吾平を執拗に狙うオメガ。サリファンダは吾平の後を突いて回る。世界のすべてが吾平の敵のようだった。まるで、世界から追い詰めらていく。

 どうにもならない状況にまで、拘泥されてしまった。



「……姶良を大事にしろってんじゃねぇよ。テメェを大事にしろ!」

 どこをどう展開してそんな言葉が出たのか。

 相も変わらず自分のことしか考えられない自分を吾平は嫌悪する。

 折角の龍城が普段まじめに使うことのない頭を働かせて、言葉を尽くして吾平に訴えかけていたのに己の思考は深く沈みこむ体質なようだ。

 けれど、どちらも同じかもしれない。言葉での説得なんて、意味を持たない。いくら言葉を尽くされたところで――

「俺が言ってんのは、ここで、一緒に戦ってきた仲間だ!誰もお前が何者かなんて知らねえ。お前も知らねえ。でも、他の奴らの昔を誰が知ってる?」

(もっと、態度で表して)

「ここにくる前のことなんて誰も気にしちゃいねぇ。てめぇが誰であってもみんな気にしちゃいねぇよ、ここでともに過ごしたやつが、俺らにとっては“吾平”だ」

(もっと、愛して)

 人に、愛されていたい。人でいたいと、そう望む心はずっと、吾平の中でくすぶり続ける。


 沈黙が降り注ぐ。誰も、山茶花でさえも、何もいえなかったし、動けなかった。

 膠着した状況はやがて、一人の男が破る。

 訓練室の扉が内側に開いた。どこから嗅ぎ付けたのか、その男は――カガラファの兄は、その止まった時間を動かした。

「……悪かったな、無責任なこといって」

 「でも、選ぶのはお前だ」――そう言って、龍城は男と入れ替わるようにして出て行った。残されたのは、空ろ扉を見る吾平と、そんな吾平の背を見つめる山茶花。そして、新たなる人物。


「いったい君は何のために自ら傷つこうとする?」

 男は初めにそう、吾平に問いかけた。



 だから吾平は揺れた。

 まったく関わってこなかった人物にそれほど――それほど的確に心情を読まれた。そのことに動揺した。そして、動揺したことに対して、男は激昂した。

「ふざけるなよッ!妹は、――そんな顔をさせるために死んだのか!?」

 妹を死なせたと吾平をなじったのとは違う。

 妹の死に対しての意味を無駄にするなと、吾平に訴える。それはチセが男に言った言葉だ。男がなじった言葉に対して吾平はそれを受け止めた。カガラファに対する責任は自分が負うものだと思ったし、男がそんな感情を覚えるのも当たり前だと思った。肉親の死に、その死を与えたものに恨みを持つ。復讐の心を持って当然だ。だから姶良が吾平に向けるのもまた同じはずだ。

(そして堂々巡りの思考)

 なぜ、カガラファは自分を助けたのか。――仕方ない、と笑っていた。体が勝手に動いたと、あれほど嫌っていた吾平に対して微笑んで見せた。命をもって、助けた。


(今、自分はどんな顔をしているのだろう)

 “笑いなさい”

 声が、聞こえた。


「ち、……がう。笑えって――幸せ、になれって。でも、」

「俺はおまえのことなんて知らない」

 当たり前の言葉が当たり前のように返ってくる。それがなぜだか痛かった。



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