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「そうやって人に怒り、恨み、責任転嫁しているだけに過ぎない」
それ位ならば意味を、理解を、認知を、名誉を……それこそが死者に出来る最大限だ。自己満足、酔い痴れてるんだ。
「あなたは妹を失ったと嘆くけど、――彼は自分の弟を手に掛けた」
自らの手で、命を奪いとった。
「……感情をぶつける対象すらいない彼に、――これ以上責任を押しつけないでよ……」
最前線で戦って、血糊を張りつかせて、感情さえも凍り付かせた。
「仲間の屍を踏み付けながらも戦い続けた彼に、まだ、戦えと言うの……?」
子どものような口調で、責めるような視線で、チセが零したそれは静観する人々の中に木霊した。
「戦争よ、死にたくないというなら逃げればいい」
ここで瞬きをするわけにはいけなかった。そうすれば零れてしまう。感情のままにいられるのは子どもだけだ。泣いて全てが終わるのは甘やかされた世界だけだ。
零れ落ちる寸前のそれを耐える。弱さを露呈するつもりも、ない。けれど、
(ああ、甘やかさないで)
「彼女もここにいて戦いを学んでいた以上、――覚悟は、できていたはずだよ」
優しく乗せられた方の上の優しい温度。零れだす、感情の欠片が溢れ出す。
(なにより、……彼女は吾平くんを自ら呈して、助けたのだから)
それが軍規に則る行動としてなのか、吾平くんのために動いたのか。それは彼女にしか分からない。けれど、結果は物語る。今ここに吾平が立っていることが、事実だった。
「あなたの妹さんの信念まで、否定しないで」
歪んだ視界に眩暈がした。瞳が移す世界に現実感が消える。
「っ――」
傾く体に駄目だと思った。見えなくなった瞳をぎゅっと瞑ったのは生態的反射光だろうか、それとも昔に縋りたいだけか。「チセ」
衝撃の来ない体は腕に抱きとめられていた。
「……吾平くん?」
「無理、するな」
押し殺したような声に苦笑した。
「――無理、するよ」
否定が出るとは思わなかったらしき動揺が手から伝わった。
「私は早く戦線に出たい。戦場に戻りたい。私の居場所はあそこだよ」
身体を立て直す際の手を遠慮して再び視界を開いた。そこには、すでに鮮明なる世界が広がっていた。――偽りの、けれど
安定のしない視界。けれど、それは一度は失った光だった。
(吾平くんがいなければ、私は……どうなっていたのだろう)
光を失うことになった原因を追究すればそれは吾平のせいだ。そのことはチセもよく理解していたが、そのことに対して責める気は何処にもない。自分にも悪かったところがある、と反省するような諦めのような気持ちで、そのことに対してはなんの感慨も覚えない。だが、その瞳が再び世界を取り戻したのは、吾平の存在があったからだ。
シグマに願った。もう一度、と。
けれどそれは一時的なものではない。その刹那の瞬間に希望を蓄え、戦いを退かない決意を固めた。視界の無いままでも戦う、と。だからそれとは関係ないのだ。吾平がチセの光を取り戻そうと尽力したことは、吾平の意志であり、懺悔だ。再び戦線に出ることを推奨したというわけではない。(――反対、だって言ってたな)
吾平は石の、ファラカイナの奇跡の力によって瞳を取り戻すことは可能ではないかと言った。実際、苦痛も無く、視界が暗いだけの自覚症状で、認識は薄かった。もう一生分の浴びたのだと、これからの全ての光を失ったのだという。現実味のない話だ。皆してからかっているのではないかと思ったほどだった。チセにとって色を褪せさせた曖昧で暗い世界はもう一つの世界だ。一つの世界を失ったのだという自覚よりももう一方に取り込まれたのではないか、夢から覚めきっていないのではないか、と疑いが出る。本物なのかの区別は人々でしかなかった。陰の世界には数多くのものが入り込んでいる。さざめき、蠢く気配、生暖かい呼気、嘘の仮面……。
けれど、どれもが本物とは似つかない。
想像力の力で引き起こす奇跡は、光の消失という事象に関して、成功を収めた。視界は当然あるはずのものだ。そこにあってしかるべき、無いということの方が常識外。当然の意識として呼び起こされた能力は効を発する。
チセが殆ど以前と同じように行動できるのはそのおかげだった。逆に、以前よりも利便になった部分もある。




