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「うおああああぁああああああぁああああ!!!!!」
吾平は避けなかった。大振りなモーションをつけた攻撃は通常でも彼には避けられた。男が怪我をしているせいで余計に遅くなっていたというのに、彼は頬に跡を残した。
男の感情を少しでも宥めるためなのか、動作することを億劫に感じるほど疲れているのか。吾平がそうしたのは心情的には前者だけど実際的には後者なのだろう。ゆっくりと首が動き、視線を逸らした。
「――んで!!……っ何で妹が死ななきゃならなかったんだよおお!!」
(あの、女の兄か)
視線を逸らしたまま、思考の闇に沈み込む。
(呆気なく死んだ)
入学当初から何度も突っかかってきた彼女はいつでも吾平を嫌っていた。吾平も嫌っていた。その態度が悪いからではなく、戦いに向ける姿勢というものが気に食わなかったからだ。化粧に服装、爪を磨いて、髪を気にかけて……戦いに真剣だったのかどうかは知らない。けれど、彼女も吾平のことをよく知らなかったに違いない。
互いに、相手をよく知らず、嫌いあっていた。
「聞いたぞっ!お前の知り合いが……妹を!!!」
知り合い――それがハウネだと、いったいどれくらいの人間が気づいているだろう。アテナは誰かに発見されただろうか、それがハウネの手によるものだといったいどのくらいの者が気づくだろうか。……それは孤独な死だ。分かち合えるものではない。決して――交わらない。
「……なんでそんな奴、野放しにしたっ!?何でこんなところに来たっ!?」
感情の高ぶりによるものか、明確な意図を持って行われたのか――顕現は行われた。
“兄”の腕に握られた武器は妹を思う心だ。戦う為の武器、いや思いの結晶。大きな掌に隠れるような懐刀。それは己が身を守る為の必殺を目的としていたはずだった。だが、この場では憎き仇を討つためのもの。攻撃範囲の狭い武器を大きく振りかぶるなど、なんて無様なのだろう。なんて隙だらけ、まるで止めてくださいとでもいうかのようなモーション。だが、――誰も止めることなく、振り切られた。
鋭い痛みが傷つけられた頬に走る。吾平は――一歩たりとも動かず、首を捻る事すらなく、真っ直ぐな視線のまま、目を逸らす事もなく受けた。
「お前が……っ!!お前のせいで……っ!!」
胸倉を掴みあげる仕草が滑稽で、掴みあげられた姿もまた滑稽だった。
一方は敵を屠る為に守りの剣を凶器に変えた。それなのに、甘さが邪魔をするらしい。男の巨碗でなぎ払う事もできる小さな身体に、憎き仇に、それ以上傷つける事もかなわず訴えるのみ。
一方は何を考えているのかわからない視線で、心ここにあらずのように無反応で、けれど平然としない態度は感傷に浸っている。己に傷つける者を許さないと嘯きつつ、避けることも無い矛盾。だが、責められるその姿はまるで泣いているかのようだった。
掠った刃先が切り裂いた頬骨辺りから流れる血が吾平の頬を濡らす。
「人のせいにするのは止めなさいよ」
そこに、少女が立つ。
「情けなくないの?」
目を閉じ、杖をついた状態で、けれど少女は――チセは凛と立つ。
何も言い返さない吾平に苛立ちを、そして男の八つ当たりへの正当なる反論を。
「力がなかったのは、救えなかったのは誰よっ!あなたでしょ!?彼は精一杯やった。その結果が!今なの、みんなが必死で勝ち取った現在でしょ……!」
忘れてはいけない。
結果の前には過程がある、社会の中で必要とされるものは、大事とされるものは結果だ。結果がついてこなければ意味がない。
けれど、過程にも意味がある。いや、過程に意味を見出さなければならない。それは人の思いが詰っているからだ。現在に至るまでにどれだけの人が心を熱しただろう。どれだけの人が命を落としただろう。どれだけの人が望みをかけただろう。
「たくさんの人が死んだし、私たちは生き残ったの。勝利ではないかもしれないけど、命は残った。誰も、責められない。精一杯やった結果を――――否定するな!」
死んでいった者たち、生きている者たち。繋がっている。誰かがそこにいて、誰かが何かをやって、誰かが何をしなかったから今があるのか。繋がっている。
現在はその結晶で出来上がったのだ。だからこそ、今を否定する事は過去を、その過程に果ててきた者たちの意味を放棄するようなものだ。
「皆が皆、恐怖や自分と戦いながら今ここにいる。大切な人や身近な人を死なせてしまったのはあなただけではない」
「あなたは、……ずるい」




