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world for you  作者: ロースト
三章 深雪に惑う
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 いきなりのサリファンダの突入に宣戦は一気に開けた。

(もっとも、事前に今から襲いますよーなんて言って来たら更々可笑しいんだが)

 トライグは自分の思考を可笑しく思いながら前を見やる。トライグの結界という能力は多く、怪我人の保護のために使われる。前半の方では活躍の場が少なそうだ、と思い、けれど考え直す。龍城と連夜の二年生最強コンビがトライグに背を向けている。

「攻撃一直線の龍城と、守り一辺倒の俺。そんで二人をカバー、利用する頭を持つずる賢い連夜」

 三人でいたときによく言われてた言葉を思い出しながら口にすれば、二人が振返った。

「ちょっと、そのいいかたはないんじゃないか?」

 眉根に皺を寄せて拒絶する連夜だが、事実、的を得ている評価だけに広がったのだ。それに今ここでトライグにそれを訴えたとて、意味もない。


「……でもよ、何で入んなかった」

 龍城が零す。不満げな顔は未だにその選択を納得していないという証拠だった。

 一年の時はこの三人でいつも一緒にいた。最強のチーム。けれど、隊に選ばれた。

 選ばれたのは二人だ。実際にはトライグも誘われた。けれど、入隊の決定していた二人に対し、トライグは未確定だった。本人の意思尊重ということで、トライグは辞退した。

 理由は、ある。

 単純なタイプの差からだった。相手方が決定事項としなかったのもトライグの能力が非戦闘的だからだ。複数のファラカイナを持つことで攻撃の手段を得る事はできる。対術が苦手なわけでもない。――だが、相性の問題がある。

 トライグは戦闘には、攻撃には向いていないのだ。逆に、守護・防御に対する圧倒的な適正がある。だからトライグはそのまま己の能力を特化させることを選んだ。

 複数の頂点を軸に面を作り、重ねて織り上げる結界。その頂点の数を増やすことで防護力を上げる。――言葉ほど単純な問題でも無いが、トライグは二人と別れてから己のやり方で己を鍛えてきた。実力を上げてきた。それは生徒の誰もがトライグを信頼し、背を預ける状況からもわかる。――誰もがその成長を、強さを認めている。

「……隊には俺のような弱腰はいらねぇよ。それに、俺には俺の守りたいものがある」

 生徒会長として、そしてここで死んでいった者たちの、ここを出て行った者たちのためにも、――“アカデミア”は守らなければならない。

 トライグの強い想いがファラカイナに投影される。絶対の防御は守り通す、固い意志だ。

「なんたって、ここの生徒会長様だからね」

「おう」


 いきなり強い衝撃が来て、結界を張っていたトライグの身体が吹っ飛ぶ。

「……ッ!」

 自らが背後にしていた壁に激突して、息が詰った。立ち上がろうとして、それが無理なことを悟る。先ず、足に来た。自らの身体を支えることも出来ないのだと、踏み出した足に理解せざるを得なかった。

(一発で、この様か。意識が奪われないのが僥倖だったな……)

 五体満足なのはトライグの結界能力の為だ。能力の開放中は他方に能力を向けていたとしても、己へ必ず結界が展開されている。それがトライグの無意識なのか、結界の能力としての効果なのかは分からないが、それでも、身体へと受ける衝撃は甚大だ。

 元々、結界の能力の代償は“身代わり”。攻撃を受ける分だけ、トライグ自身にその負担は掛かる。衝撃の重さがトライグにまで反映される。

 それでも人を守る為に結界を張ることが出来るのは直接に攻撃を受けるよりもはるかにマシといえるからだ。それでも、マシと呼べるだけでまったく無いというわけではないのだが、自己犠牲とも思えるようなその能力の行使を、けれど、“生徒会長”のトライグは身体を張って生徒を守るために使う。

 霞んだ視界に映したものは想像以上だった。


 人というべきか、化物と呼ぶべきか。――いや、それは化物としか呼べないのだろう。人ではありえない様相は、いくら人に似通う部分があったところで人とは呼べなくなる。人と化物の融合した生物――サリアンダであって、そうでもない別の、中途半端な生き物。

(擬者の姿、か)

 あれでは元が誰だかわからないが、人に扮装していたのが、理性が利かなくなり体までもがサリファンダに――より強さを求めた状態へと変化してしまった。もう、欲求などを抑えるなどと温い事は言ってられない、後戻りの出来ない状態だ。

 新たなる強敵に混乱の深い戦場は更なる過酷へと移ろうとしていた。だが、それよりも前に小さな影が化物の後を追随しているのを見つけた。

「あれは――吾平くん?」

 連夜がぽつりと呟いた。



 その後は、敵も味方も、関係なかった。皆がその光景を見て、固まっていた。

 ――首に語りかけていた吾平の視線が上がる。それがひた、とサリファンダに張り付く。

 怖気が走った。自分に向けられたものでもないのに全身が総毛立つ。

 深い闇の底をのぞき込んだかのようだった。定められた暗い瞳はから逃れることができないような気がした。

 緊張に汗が滲む。瞬き一つ。

 その間に終わっていた。


 一瞬前まで目前で息していた生物が事切れている。不死身により近づいた存在であるサリファンダが生命の主張を止めていた。――それからはまるで地獄だった。


 見慣れていたはずの光景に今更ながら恐怖を覚える。

(幾多の戦場を見た)

 会長という責務を放り出して現場に赴くことは幾度もあった。それは総じてひどい戦場だった。人を守るという役割があっても攻撃が基本形である。守りに徹するようであれば敵の方が有利だからだ。戦線で戦う者が必要とされるのだ。

 結界の能力は珍しく、有用性がある。だが治療の行われない場で、他に戦う者のいない場で、役立つことはない。――それでもなお、戦場に呼ばれるような事態ならば、それは悲惨の戦場だ。しかも負傷者や死者が相当数に上る、既に進行した戦場だ。

(……あれは序の口だったのか?)

 懐疑するほど、それは“ヒドイ”有様だった。


(それとも、ここは本当に地獄なのか)

「呆けてんな」

 龍城の声が聞こえた。

「大丈夫だ、あいつは仲間だ」

 トライグは肩に手を置かれて自覚する。自分が震えていたのだということに。

「一瞬でも仲間を疑うなんて駄目な会長だな、俺は」

「ほんとだぜ、会長様だろ。大丈夫か、頭」

「……くそバカめっ!」

 頭を小突きながらの言葉に悪態をつく。後頭部にヒットしたものは固い金属の感触だった。龍城の武器に違いない。(ぜってぇー後で万返し……)

「ちょっとーそこの二人ぃ。くだらないことに無駄口叩いてんなら敵の一匹でも倒してくれるー?そこらに転がるしぶとい犬っころでいいからさぁー」

 倒した敵の上に腰掛けながら群がる敵に武器を振るって払いのける姿はどう見たって人にどうこう言えるものではないはずだ。それでも攻撃に当たりもせず五体満足に少しずつでも敵を消費しているところがさすがというべきかなんと言うか。だが、

「俺、がんばっちゃってるじゃん」

 続けられた言葉にトライグが突っ込みを入れたのは至極当然な反応といっていいだろう。

「「はぁ!?」」

「これが犬かよ!?」

「いや、そこじゃねえだろ。んで、てめぇは怠けすぎ!」

 つっこみどころを激しく間違える龍城を訂正することから始める。

「働け連夜っ馬車馬のごとくっひたすら、俺のために!」

「いや、何キャラだし」

「俺様だろ」

「バカは直ったみたいだね。馬鹿だけど。元から馬鹿だけど」

 二人がトライグの調子を取り戻そうと会話を向けてきたのは分かっていたから連夜の“馬鹿”発言は今回スルーするとして、漸く立ち上がった連夜に龍城が背を合わせる。そしてその更に後方でトライグは怪我人を結界の力で守り通す。――それは最強のスタイル。

「しっかりしろよ、俺らの会長様だろ」

「安心して背中向けられる奴がいないと不安で仕方ないよーって龍城が泣いてる」

「ああ゛!?」

 二人のバカに笑う。彼らの馬鹿に安心を、日常を忘れかけていた自分を知って、思い出す。難しく考える必要は無い。

(びびってんな、俺。バカはバカらしく笑って無鉄砲にいりゃいい)

「怖いんなら俺が守ってやるよ、龍城ちゃん。なんせ俺様は連夜の狭い心とは違って男にも懐が広いからな」

「「ウザ」」

 トライグもまた、馬鹿の一人なのだ。三人に友人たちからの声が飛ぶ。

「んなことと言ってねーで動け馬鹿トリオ!」



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