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綺麗な断面からは最初、血が吹き出ることはなかった。だが、重い音を立てて倒れた身体が衝撃に血が滲んだ。徐々に傷口が開いてゆき、夥しい量の黒い血が雪に染みて広がっていった。絶命したことは一目瞭然だった。だが、吾平は攻撃の手を緩めず、怒涛の攻撃で肉体を解体する。回復力の強いサリファンダはその四肢が弾け跳んでさえも平気で自らを蘇生させる。肉片から新たな個体が生まれ、元の個体は原型に再生する。確実に息の根を止める必要があった。
回復の見込みが欠片もないことを確認し、仕事を終える。だが、生徒たちの表情は明らかに吾平へと向けて明確な恐怖を描き出していた。戦意を失って吾平を恐れる生徒達。
今の吾平は命を奪うことを作業としてこなす機械でしかない。そして、ここにいる全ての者がそれを最終的な完成の形とするだろう。化物を倒して世界を救う?誰かを守る為に命を賭す?――そんな夢想を抱くようでは生き残る事すら難しい世界がここにはある。今現在持っている希望が淡く脆く崩れやすいことに誰が気づくだろうか。平和に馴染んだ者には異端にしか見えないこの姿を、誰が己の未来と信ずるだろうか。
「化物だな。だが、化物に勝つには己が化物に、化物以上にならなければいけない」
魔女の静かで、それでいて力のある声が静寂に響いた。
「化物?なんだそれは。家畜を殺すのに躊躇う者はいないだろう。肉をミンチにするだろう。同じじゃないか。いや、サリファンダは食べられない。ただの生ゴミだ」
当然のことを当然のように言いながら吾平は剣を雪に、化け物の肉片へと突き刺した。蠢き始めたはずのそれは、沈黙し、完全に停止した。
吾平は雪山の先を見た。変わらず、聳え立つ建物が銀世界を一点、黒く汚していた。
(演説は無駄になったな)
恐怖支配のように吾平の言葉に従う生徒達に吾平は表情を取り繕う事を止めた。
「二十分の休憩だ、腹ごしらえと情報交換をしておけ。午後は各自グループで移動しろ」
先導していた吾平は枝だけしかない林で足を止めると宣言した。膝から下が崩れ落ちるように倒れる者が多かった。そのまま毛布に包まり暖を取り始める。無理もない、平地とはいえ列車を出てから数時間、雪山を歩いてきた。サリファンダに遭遇することも数回。今まで生きてきた中でサリファンダを見たこともない者もいただろう、その精神疲労は計り知れない。――だが、暢気だ。
「少し、出てくる」
隣にいた者へと声をかけて吾平はその場を後にした。長く、線路のように続く生徒の列を後尾に向かって走り始めた。まだ、戦闘はどこかで続いていて、サリファンダは人を食い物にしている。それを吾平は止めに行くのだ。
彼らが暢気に、平和でいる内に誰かは犠牲になっている。平和とはいつでも何かを踏み台にしていて、選ばれたものたちだけが得ることのできる特権なのだ。
そして今、この場においての選ばれなかった者、とは平和の夢想も大志もなく現実しか見ることの出来ない、吾平自身に他ならない。――白の草原を駆け抜ける。
そして、暫くも経たない内に轟音で雪を掻きわける黒は白い波の中に消えた。