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world for you  作者: ロースト
三章 深雪に惑う
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 答えのない吾平に、ハウネは背を向ける。腕に引きずられてだったのかもしれない。

 その様子に警戒はない。隙だらけだ。けれどそれは油断ではない。吾平が何も出来ないことを知っているからだ。――ハウネの思うとおり、吾平には何もできなかった。

 聞いたばかりの情報が頭を圧迫するでもなく、混乱に思考が停止してしまっているのではなく……吾平は何も動けなかった。

 動く意味すら感じない。生きている意味すら感じない。戦う意味がとうとう、見えなくなってしまった。



『私はあんたを認めない……ッ!!あんたは――――私の敵よッ!』

 アテナの睨みつける眼。あれはほんの数刻前のことだ。以前会った時は泣いていた。

 二年前、姶良が消え、吾平が残った。それはどこかの場所で行われた秘め事。その間の記憶は吾平にはない。ただ、意識が消えては失せる。……曖昧な意識。それは確固とした吾平が無かった頃だ。吾平の記憶の始まりだ。


「姉さん……?」


 何処から入り込んでいたのか、少女はいた。そして、状況を理解せず、ただもっとも信頼できる人を――姉を、姶良を呼んだ。だが、そこに姶良はいなかった。まるで知らない他人を見る眼に落ち合った少女は理解する。それは“姶良”ではない。

「お前は吾平だ。今からお前は姶良ではなく、吾平になる」――ライナスが言った。姶良にとって男は“上司”であって“父”ではなかった。けれどそこにいたライナスは、吾平が初めて眼にしたものは、“父”の姿だった。そしてライナスは言った。

「ここにいてはならない。外を、世界を見ろ。そして探せ。何が真実かを、己を――――」

 言葉が途切れた。ただ、赤い景色だけが絶え間なく続く。吾平と少女しかいなかった。

 幼い少女は戦う術を知っていたが、何も知らなかった。そこで何が行われたのか、少女はその場に入り込めず、何も知らされもしなかった。

 吾平を見つめ続ける少女に影が覆いかぶさろうとしていた。吾平は何気なしにそれへと手を向けた。身体が何かを覚えている。思考に即して何かがズルッと引き出された感覚があった。そしてそこで初めて、吾平はファラカイナを使用し、サリファンダを倒した。血が舞う。そして、赤い世界にまた一つ、赤が増えた。何も変わりはしないほど赤いだけの世界は、ただそこに、吾平の前にあり続ける。少女に再び眼を戻した。

 けれど、そこには変わったものがあった。少女が強い憎しみを瞳に灯し、吾平にぶつけていた。

「復讐してやる……」

 怨念のようなそれが低く、小さく漏らされた。

 それに対して吾平が返したのは――無反応。吾平はアテナのことなど知らないし、姶良とは何なのか、その男が誰なのか、それさえも分からない。今いる場所、立っていることさえ不思議な感覚で――けれど、初めての肉体の感触に、激しい違和感を得た。

 だからこそ、顔をしかめて外へ出た。何の感慨も抱かず、血の場所を振り返ることも、少女の瞳の色もその時の吾平には些細なものでしかなかった。

 ただ、“外”と“世界”を彷徨う。



 それは過去の記憶だ。吾平とアテナの記憶。吾平が吾平になった日の記憶。

(偽物でも家族だった。憎しみをぶつけられても、顔を合わせずとも)

 吾平はその後、軍で数日間を過ごした。現状を把握したのはその時だ。世界に蔓延る死、サリファンダという化物、ファラカイナという奇跡、奇跡を扱う人々……。

 姶良の“家族”にも会った。意識を失った後のライナスには会わなかった。

 けれど弟を名乗るハウネと妹らしいアテナ。二人と顔を合わせ、そして姶良が“家族”として育った、デマンドの人々とも対面した。

 けれど姶良は戻ることなく、吾平は――人々から姶良という存在を奪ったのだと知る。

 姶良の家族は、姶良の大切な人は……吾平にとっても大切な人だった。守るべき、対象だった。姶良の代わりに、そして吾平の擬似家族として、彼等は大切だった。

 (――けれど、一人は血の繋がった家族に殺された。一人は人を止め、守るべき存在から戦うべき存在へと変化していた)

 吾平は姶良じゃない。ならば、二人に対して吾平はどうすることもできない。

 姶良ではないから、吾平は彼らを救うことが出来ない。

(アテナの敵討ちなんて的外れだ。ハウネを留める?それも的外れ)

 ならば、“吾平”はどうすればいいのだろうか。

(……殺すのか。姶良の大切な存在を)

 姶良の心はざわめく。

 それでも、眠りから目覚めることはない。


 考えている暇はない。一分一秒を争う場面だ。呆然と立っている間に全てが変わる。全てが終わる。全てが始まる。停滞した思考はいらない。


『吾平くんは、戦いを終わらしたら、何をしたいの?』

 声がした。それはよく知る少女の声で。

 でも、誰だかはっきりとはわからなかった。チセとのいつもの会話のひとつでそれがなされたのか、先ほど息絶えた少女が吾平に詰問したものか。それとも、

『終わったら、なんて考えたことなかった』

 素直に答えた吾平に笑顔で言葉が返る。

『なら、――素直になればいいわ』

 吾平によく似た、姶良(しょうじょ)の声――?


「す、なお……に」

 感情を剥き出しにすればいい。何をすべきか、ではない。“何をしたいか”。ならば今ここで、吾平がすることは――

(俺が、守りたい人を――守る)

 十一隊を、フィグローゼを、ギギドナを、フィガルノを、ガガラファを、クラスメイトを、みんなを――吾平として生きてきた時間に出会ってきた人々を、今、ハウネの手を摘み取られようとしている命を、……守らなければならない。

 それが、吾平としての本心だった。



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