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「吾平独りを悪者扱いですか?どういうことで?――何も僕らは知らない。明確にはっきりと述べたらいいじゃないですか、デマンダの隊長さん」
「――関係ない者はひっこんでなさい。何も知らないものが口出しすべきでは無いわ」
痛いところを突いてきた山茶花に、アテナは冷静に言葉を打ち返す。
「ならばあんたはここでそれをいうべきじゃなかった。知ってしまったからには俺らはもう当事者です。何があったのか、詳しい事を聞きたいんじゃない。吾平を攻める理由は何だって俺は聞いているだけです」
「……吾平が関わったことで人が死んだわ。そして、軍にも多大なる被害が出た」
「吾平が?――関わった人は大勢いるんだろう。なんで吾平だけのせいになるんだ」
(人に対する聞き方も態度も悪い)
だが、見た目よりも馬鹿でない事はわかった。さっさと会話を終わらせることにする。
「いなくなったからよ。当事者として責の一端を被るはずの者が姿を消した。音信不通でどこにいるかもわからない。完全な使命放棄よ」
「違う!吾平はずっと戦っていた。アカデミアに戻ったのだって……」
「そうね、アカデミアに戻ってきたのは予想外。けれど、それまでの間戦っていたかどうか、証拠も無い。――証明するならば彼に助けられた人を捜してくるのね。最低でも、二年間で……そうね、30人くらいかしら」
「……っ」
息を飲む音が聞えた。それは目の前に言う青年だけではない。隣のハウネもだった。咎める視線が降りてきたがそれについて誰かと議論する必要性は感じなかった。
無茶難題を吹っかけた自覚はある。
一月に一人、それでも足りない人数だ。デマンダでの出撃回数はそれに相応する事は出来るが、それも複数人に当たっての仕事になる。しかも大抵が大事になった時で被害者数もそれに相当している。デマンダのところまで回ってくる時は情報も回ってくる。サリファンダの情報は凡そがデマンダのところに入ってくる。
デマンダの誰ともかち合わないような、小さな被害では被害者が複数人になることはない。加えて都合よくサリファンダに相間見えることも無い。
だが問題のすり替えであっても口では勝った。
アテナは余裕で背を向けた。
「吾平は助けたよ。その何倍もの、ずっと多くの人を――」
背に声が追ってきて背筋が粟立った。振返える、合わさった視線。睨むようにみてくる、青年の顔。それがいつかの人にダブル。
(オルイナ――!?)
だが、直ぐにそれは逸らされた。いや、視線が吾平に移った。愛しげに吾平を見つめる青年の姿は、もう、姶良とオルイナの姿にしか見えない。
(いや、馬鹿な。そんなはずは――死んだんだ、オルイナは。彼があの重症で生きているはずが無い。あの場で直ぐ息絶えた……)
ざわりざわり、周囲の動揺は吾平と、そしてアテナに向けられている。
山茶花は徒に不安を煽らせる意図はなかった。だが、あの場で沈黙してしまえば吾平が一人悪者になる。――吾平がアカデミアに入った当初の周囲に恐れられ忌避されていた状況が再現しようとしていた。しかも狙ったように最悪の場所で最悪の時に。
アカデミア生でさえもあの場の雰囲気に流されていた。吾平と接し、共に笑いあった仲間だ。デマンダの隊長という、既に神格化されたような存在によって。共に過ごした時間で理解し合った仲間がこうも容易く――それがアテナの能力だ。
加えてアテナとはさすが姉妹と言うべきか、姶良に似た面立ちの美しい少女だ。崇拝の対象としてはうってつけといえるだろう。
だが、山茶花には見過ごせない。山茶花は吾平を知るから、過去を知らなくともわかることがある。不器用で誤解されやすいが素直なたちの吾平がそんな一方的に悪いという行為はしていない。少なくとも、アテナの行為には悪意があった。
「久しぶり、吾平」
ぼんやりとした表情の男が後に残った。吾平に声を掛けるも、それも夢心地のように見える。
「ハウネか」
「……アテナはいいのか?」
「よく、ない。けど、姶良のことも大切、だから」
姶良、と呼ぶその言葉に吾平が僅かに表情を変えた。区別して、その男は言っているのだろう。そしてその上で、吾平を前に姶良を大事と言った。
「……隊長と副隊長だってな。すごい、上り詰めたじゃないか」
「そうでも、ない。皆、もう現役から退いた、から」
「――用件は」
「姉さんの調子はどう?」
吾平は首を振って答えた。
姶良に声を掛けるのは習慣であり、癖でもある。姶良の意識は呼びかけに答える事はないし、相も変わらず眠りの鼓動を続けている。けれど起きかけではあるんだろう、時たま胸を跳ねさせるのは姶良の感情だ。吾平を通して感情が伝わるのか、音を聞いているのか。――確実に眠りは浅くなっているだろう。
けれど、吾平は否定を繰り返す。結果が伴っていない。
「変わりない、か」
零す言葉は鮮明ではなかった。ムニムニとしきりに口元を動かしているハウネが歩む。
「じゃあね」
その去り際は針か棒のように細長く、雪の上に薄く紫を引いて棚引いていた。
「……なんだあの人」
「ハウネ――アテナの弟だよ」
(変、だったな)
山茶花に答えながら思う。主役の二人がいなくなった場でも漸く収まりを見せていた。
以前からハウネには無口なところがあった。だが、それにしても何処か夢を見るようにぼんやりとして、けれど何処かしらに威圧感が感じ取れる現在を成長としてしまってよいのかは判断に困る。それほど、吾平は二人のことを知りはしない。




