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マイクを握り、デマンダの隊長としての言葉を掲げる。紡がれた言葉は人々に魔法を掛けるように、鮮やかに希望を灯していく。だが笑顔で対応するのとは反対にアテナの瞳は乾いていた。――アテナは端からこの戦に勝てるとは思っていないのだ。
人類がどうなるかはわからない。それは別の問題だと割り切っている。人とサリファンダで争えば人が負けるだろうとは思うが、サリファンダが必要以上に人を襲うことも無い。そして人もシブトイ生き物だがやすやすと滅ぼされないだろう。
ただ、ひたすらに思うのは――オメガに対する憎しみである。そしてもう一人の復讐対象……「銀の髪――私は忘れない」
いつの間にか、マイクを掴んだまま言葉を搾り出していた。
「なんで……なんで、あんたがここにいるのよッアイラ――!」
叫びが人々の間を貫く。皆の視線が道を空けるようにしてその場までたどり着いた。
一際呆けた顔でアテナと視線を合わせる、アテナのもう一人の復讐対象――“吾平”。
場が混乱に満ちた。アテナが壇上を降りたのだ。
デマンダの隊長としての立場を忘れたわけではない。私情を優先させたのかもしれないが、立場を忘れることはない。デマンダの隊長というものだけがアテナの存在だからだ。
アテナもまた、自らの存在をその地位で、その強さで確固とする。……吾平と同じに。
「あんたなんて信用ならない!あんたなんて、あんたなんて……ッ!」
アテナは握り締めていたマイクを吾平の顔にぶつけた。吾平もそれを真正面から受け、マイクは下に落ちた。――吾平は茫然と口を開いたまま、ひどく緩慢な動作で頬を押さえた。何が起こったか、まるでわからないというわけではないらしい。
けれど、全く予期していなかったことで反応も出来なかった。ただ、ぽつりと零す。
「……そうか、隊長になったのか、アテナ」
「お前がその名を呼ぶな!!」
鋭く叫び声を上げ再び暴挙に及ぼうとしたアテナの手を、誰かが握る。誰かなんて分かっていた。それはアテナの弟のものだ。
「オメデトウ、というべきか。大きくなった」
「今更どの面下げてここにいるのよッ!どんな神経してるのッ!?」
またしてもとぼけたことを言う吾平に、血の上った頭はすぐさま行動に移そうとした。
だが、囚われた腕はどうにも動かず、アテナは己の身長をはるか超した弟を――ハウネを睨みつける。ハウネは無言でアテナを見つめ返している。だが、手を出すことは許可するつもりはないようだった。感情の高ぶりは未だ最高潮だが、怒りが一度爆発したおかげでアテナは自らの矛を収めた。打つ事も、攻撃する事も引き下がろう。だが、この場で糾弾する事を辞去するつもりは更々無かった。
言いたい事はいくらでもあった。それらはこの場で言うことで罪となり、ただの愚痴ではなくなる。公の発言として認められるのだ。
(二年間も――任務放棄に加えて職務怠慢よ!それどころか出て行った時には死亡者こそいなかったけれど重軽症者は二桁以上!登録外武器の使用に――)
「あんた逃げたじゃない。私達から、軍から、サリファンダからも!背を向けた!」
だが、アテナが口に出したのは明確な罪状ではなかった。
吾平を精神的に追い詰める言葉であり、皆を不用意に疑惑に落としいれ、信用をなくさせる言葉だ。アテナという“美しい少女”を筆頭に団結したこの場で最も効率よく、吾平を独りに陥らせるやり方。
「卑怯者――!私はあんたを認めない……ッ!!あんたは――」
残りの全てを一言に、一息に言う。
「――私の敵よッ!」
すべての者たちが二人を見ていた。全てをみていた。
「吾平を糾弾して、楽しいんですか」
だが、言葉が庇う。アテナから舌打ちが洩れそうになった。




