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「あれ?私、まぶた開いてない?」
木魂するように、自分の声がやけに大きく感じられた。
「いや、きちんと目は開いてるよ」
すぐ傍で気配がする。そして聞こえた声、優しげな耳に心地よい響き。そしてもう一人の気配がある。
「先輩?もぅ、いたんなら起こしてくれればよかったじゃないですか」
「……すまないね」
違和感がある。しかもそれは状況もわからない今、徐々に大きくなっているようだった。
「先輩なんか変ですよ」
変なのは何だろう。すべてに違和感がある。目覚めた世界はすべてが歪な様相をしていた。まるでパラレルワールドに潜り込んだかのようだ。似ているのに決定的に違う。
「てか暗いです。何で暗くしてるんですか?」
耐えきれない不快感が吐き気をよもおす。暗い部屋に黙々とした空気が沈んでいく。
(……暗い部屋?)
「――なに、これ。もしかしてあたしが変なの……?」
空気に溶け込んだ問いかけを否定する言葉まで、見当たらない。
不安は考えすぎと信用の置き所の不安定さだ。万全を期しているならば、ずべてが揃っているならば不安は抱かないというもの。否定すべきものがないから。そして、完全ということには程遠くても、自身が知る全てを十全としているならば、それがどんなに穴ぼこだらけとしても完全なものとして不安を抱かない。
ならばこの不安は考えすぎだろうか、それとも安心するだけの根拠が見当たらないのか。
納得のものでなければ根拠にはならない。ならば、これは考えすぎなのだ。
(そんなわけ、ないのに)
「目は、見えるかい?」
……どこにも、否定は落ちていなかった。肯定だけが差し出されて、見えない前を引き寄せる以外のことが出来なかった。
理解はスポンジが水を吸うよりも早く行われた。
「私の目が、見えてない?」
脳がその言葉をきちんと認識するのと同時に言葉が口から流れた。
カタン。
「誰か、出て行った?」
「吾平だよ」
ギシッとベッドの端に重みが乗っかった。そして、頭の上に柔らかな感触がした。掌。
「吾平くん、無事?」
撫でられるのをそのままに、会話を続けると目元に触れられる。そこにも柔らかな感触が触れて、(たぶん、唇)
何度か、昔によくあった。己の従兄であるシグマが子どもの頃やる癖だった。
泣くチセに、唇を目に押し当てた。そして言うのだ。手で擦ると張れてしまう、と。
「ああ。相変わらず彼の回復力には感服するね」
「そう、よかった」
そこで会話は一度途切れた。
シュルッと布の音がして、目元に押し当てられる。包帯を、巻かれる。
(……私は、目が見えないのか)
自覚するのは唐突だった。暗い闇は慣れている。だけれど、包帯を巻かれたならば、自覚しないわけにも行かなかった。
「――後悔は?」
唐突に、それは問われた。
いや、チセにとっては唐突だが、シグマにとっては本題だ。
「……どうだろ。今はまだ、頭ゴチャゴチャです」
目元に触れる――布の感触だ。包帯。
「でも気にしないでくださいよー。自分のいいと思った行動の結果です。子どもじゃないんだから受け止めますよ」
手を下ろして、チセは笑う。苦笑のようなものだった。
けれど、彼女には布に巻かれた下の、己の瞳の感覚に戦慄していた。生々しい、生の脈動がそこにはある。だが、そこにはもう、機能の停止したものしかないという。
「だから、気にとめないでください。帰って訓練してきちんと休んでください。……これじゃぁ迷惑掛け通しですもんね!」
「他の奴らは帰らせた」
いるのは僕だけだよ。そう、シグマの声が乾いた部屋に届く。
「君は明日から暫く検査続きだ、養生するように」
「はぁい」
「それから、今後のこと」
「視力が回復しないようなら脱退となる。戦えない者はこの場にはいられない」
(いちゃいけないの?それとも見ているだけで戦えないから辛くなる?)




