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world for you  作者: ロースト
二章 深雪に微睡む
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「あーりゃりゃ。本格的に怒ってる」

「……鯉?」

 巨大な魚、いやはっきりと鯉にしか見えない。

 黒い影が激しく地表を動き示す感情は怒りだったが、どうにもその姿は気が抜ける。


「ここの主。だから“アレ”の場所も知ってると思って来たんだけど、教えてくれなくて」

 独り言のように呟くギーリア。けれど洩れ聞こえる言葉は吾平の耳に入ったし、一部以外はその内容も理解できた。この鯉のような生物はこの場を鎮護する生物なのだろう。そして、この場で何かを管理している。その“何か”をギーリアは探しに来た。

 アレとは何か。けれど、彼が擬者であることを鑑みればそれは“ファラカイナ”しかない。「でもわかっちゃったなぁー」と言い継がせるのが、妙に思えたのは、どうしてそれを知ることが出来たのか、突然の悟りの理由が吾平たちにはわからなく、また“その場所”というのも判別つかないからだ。

「龍城」

「ああ。……生きてここから逃げられると思うなよ」

 小さく名を呼べば逸らさない瞳で龍城がギーリアを見据える。腰を落としてすぐ飛びかかれる体制にもっていく龍城とは別に場を展開して、吾平も広く攻撃範囲を持つ鎌へと武器を持ち替えた。(デスズ・ムーン)


「俺も、負けるつもりはないね。“仇”でもあるし」

 ちら、と吾平に向けた視線は複雑な哀しさが垣間見えた。

(“仇”だって?復讐?俺に、か?)

 いつだって敵には容赦なく死を与えてきたのだ、それぐらいあるだろう。

 しかし、サリファンダには同族意識はないし、擬者にしたってそんな関係性はないだろう。では人間の時?――しかしそれでは一般人を殺した、ただの殺人犯だということになる。(どういう意味だ?)

 始終、友好的な笑みを浮かべていたギーリアがようやっと手を折れた剣から離す。――手が、撫でるように剣の上を動き、折れていたはずのそれは綺麗な、傷一つない剣へと姿を変えていた。




 ぱきんっ!

 吾平の折れた剣の先が宙に舞う。それでも吾平は攻撃をやめない。折れた剣で打撃に転ずるのみだ。吾平の猛攻にギーリアが守りに徹すれば龍城も逆から攻撃を差し挟む。距離を取ろうとすれば、両方から挟み撃ち。

 連携の取れた動きは龍城が連夜と磨いたコンビネーションによるものと、吾平の卓越した観察眼・経験による合作だった。さすがに、二人で連携を取ることが最適であるからそうしているだけで、攻撃型と攻撃型の二人では多少の無理と遠慮がある。隊として行動を取る時に、誰とでも連携の取れるよう、即席には練習を積み重ねてきた分だけ、吾平たちの方がギーリアよりもタッグという利点を得ていただけだ。本質的には無理のきくものではない。しかし――太陽の光を反射しながらその鋭い先を下へと向け、一直線に落ちた剣。それが氷に突き刺さった。その、数秒も経たずに異変は起きた。


 ぐらっ


「(ッ!!)」


「吾平!」

 円を描いて陥没する氷面。龍城はその上に乗っていない。だが、吾平は後ろへと体が傾くのを止められない。先に落ちる氷の合間を縫って主と呼ばれた巨大な鯉がその大きな口を開き鋭い牙を煌かせながら餌が落ちてくるのを待っている。

 落下する身体は既に回避のしようもないほどに宙に投げ出されていた。このままなら、確実に(身体を食いちぎられる――)

「掴まれ!」

 空へと伸ばしていた手、ガクンッと肩に負担が掛かった。

「っぐ」

 思わず呻きが洩れ、しかしそれと分かる前に身体が揺れ、また横からの衝撃を受けて氷上へと蹴り上げられた。既に口によって飲み込まれそうになっていた身体は無事を回避、龍城の受け止めによって難を逃れた。、

「“ちー”!!」

 だが、己を助けた敵は鎖に吊られたまま、その牙に向かい、――――片足を捥ぎ取られる。


『大丈夫だよ』

 口パクで伝わった思い。上げた顔は笑顔で、しかし、鎖から手を離した。

「あ――――」

 いとも容易く、その身体は鯉の口へと投げ込まれた。


「うそ、なんであいつ……」

 敵だった。仇とも言っていた。俺とあいつの関係性はただそれだけだ。なのに、アイツは俺を気に入ったと言って、前にも会ったことがあるような素振りも見せた。

 そして俺を、自らの足を犠牲にしてまで助けた。

(そんな価値、何処にあるというんだ)

 あの男の行動原理がわからない。それでは己の感情の向けるべき方向まで失ってしまう。

「なんで――」


 呆然と、氷水を見続ける吾平の肩を現実が叩いた。

「死んだんだよ、あいつ」


 大量の血が、水には混ざっていた。浮き上がってくることもない。

「腹の中に納まった。運良く助かっても、あの出血に氷点下の氷水の中。ここは片足で泳げるものでもない。――絶対に這い上がれない」

「……そうだな」

 同意して、けれどもう暫くの間、吾平は氷水から目を離せそうもなかった。





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