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(……先ほどより、近づいてる)
白がこびり付いたまま凍りついたホームに降り立ち先ず感じたのは敵との近さだ。音から判断できる距離では接敵までもう時間は少ない。背後で列車の中に動きがあったのがわかったが今の吾平が気にすべきことではない。
世界に溢れるようにして出現し続ける化け物サリファンダ。人と動植物を融合させたような二足の生命はその容がいくつかに分類できる。環境に合わせように地域毎で発見される姿形は統一感がある。例えば、この雪山に住むのは白い毛皮と巨体であることが特徴だ。そしてその習性は大群移動。その足音は雪崩に近く、また雪崩を引き起こす震動で移動するためよっぽど精通していなければ勘違いし、接近を見過ごす。そして殺される。
だが、吾平は区別が着いていた。そして吾平が“魔女”と呼んだ人物にもだ。乗り合わせた教師の中に彼女がいたのは幸運としかいいようがない。一生徒である吾平が一人主張したところで相手にされず死を待つのみ、彼らは殺される事にも気づかず死を迎えていただろう。だが、そうはならない。そうはさせない。
教師の中でも実力と立場の伴う“魔女”は吾平の意図を速やかに理解し、許可を与えた。ならば吾平は自分の意思の下、自由に行動するだけだ。
サリファンダの目的地は考えるまでもなく、この場所――いや、ファラカイナを身につける、吾平を含める生徒達。それを迎え撃つ、いや逃げるのか。この場にいるのはファラカイナを身につけるとはいえ、戦闘のエキスパートではない。エキスパートになるために訓練を積む、その意志を持つだけの無知なる若木。それどころか殆どがサリファンダを見たことさえないのではないか。戦う意志を持ちつつも戦う術を知らない彼らは今、サリファンダにとって目の前にぶらさがる“餌”でしかない。
サリファンダに対抗するための組織であるアカデミアはその施設入口にサリファンダ除けを用意しており、建物内に入ってしまえばサリファンダに生徒を襲う術はない。だがアカデミアは肉眼で確認するにはまだ豆粒のように小さい。よほど遠い場所にあるのか、それとも小さな建物であるかといえば前者であり、まだこの場所は敷地内に入っただけで距離がある。列車が入れるのもここまで、ここからは徒歩になる。
生徒達が、この場にいる者が生き残るには戦うしかない。度胸と怖れと運、全てを導入してこの場を乗り切ることが生徒たちには求められている。
(――入学試験か)
新入生歓迎のデモンストレーション。アカデミアの立地からすればサリファンダの動きを把握していない教師の方が不自然だ。生徒は今、この場でその意志を再度確認されている。ファラカイナを扱うには意志の強さが求められる。その覚悟は命を賭さなければ身に着かない。多少の強引は承知で試している。
(戦闘は避けられない)
吾平は遠くに聳える建物を視界にいれ、眼を閉じた。片手をズボンに忍ばせ、掴み取ったアクセサリー。複雑な金属模様を描き、その中央に宝石を戴く装飾品は吾平の持つ武器そのもの。現象化に必要な想像力を強化するためにその装丁は施され、想像力を書き立てるために詠唱が必要とされる。
反面、その規定は想像力の減退にも繋がる。一つのイメージに特化する分だけ、ほかのイメージが出来ない。そのため、吾平はファラカイナを複数用意し、戦闘では臨機応変に対応するスタイルを求めた。だが、より深くより静かに死に近くなる。
そうして吾平はファラカイナを口に含む。
身体接触が大きいほどその効果は増大する。唾液をたっぷり絡ませて感じるのは冷たい金属の感触と鼻に来る金属臭。だが、その現実感とこれから起こる非現実がそこには籠められている。
「デスズ・ムーン」
口腔内の金属が微かにその質感を生暖かに変えたような気がした。
ぼやけた思考を明確に、描く。
言葉は呪文だ。アクセルワードでキーワード。ファラカイナの力を引き出すために必要なのは願い。そして想像力。より緻密により詳細に、より具体的なイメージは空想を超えて現実に想起される。より克明に鮮明に現実に近づける。自分のイメージとのすり合わせ。だが、吾平には必要ない。
ただ、一言があればいい。長く、親しんできた感触が、重みが、自らに帰ってくる。
自らの想像に喚起されたソレは静かに吾平の手に収まっていた。吾平は詠唱破棄で武器を現象化させた。――慣れた行動による、最適化。
手にフィットする感覚に、軽く動かした。湾曲したソレは月を連想させる漆黒と銀の煌き。鎌だ。
準備の整った吾平が振り向けば、列車の生徒たちは勢ぞろいしていた。そして入れ替わりのように護衛たちが列車に乗り込み、列車は動き出した。引き返すのだ。次の、生徒たちを迎えに行く、黒い筺体は棺桶を思い出させた。
(……こんなところで、死ぬ愚はおかすつもりはない)