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「よぉ、山茶花!姫様って美人か?」
クラスメイトのからかいに、素直に頷いた。
アカデミアの生徒が詰める。訓練生は全員、城に集められた。式典が近いのだ。
当日には国民全てがこの場に集う。会場警護は訓練生――アカデミアの生徒たちが行い、姫・国王の警護は隊員が行う。
デマンダは各国に散らばっているし、各地の警備が薄れさせるわけにもいかない。
浮かれる様子が点々と見られるが、一週間も経てば浮ついた空気は収まる。山茶花がそうだったように、おのぼりさん気分ではないからだ。世界から来た彼らにとってガダン王国の技術的な部分は対して変わらない。アカデミアが異常な場所であったことは充分に理解しているが、山茶花のように“遅れて”いたわけでもない。
「で、本命はどっちなんだよ?」
「へ?」
周囲を憚るように寄せられた肩で、話される。だが皆目見当もつかず、山茶花にはリアクションが取れない。いきなり本題に入ったからだ。
「吾平ちゃんと姫様!ああ、でもおまえのところにはちっちゃい先輩もいるんだっけか」
「チセ先輩?……が、どうしたの?」
「だーかーら、打ち上げのことだよッ!パーティー、踊るだろ!」
「ダンスの申し込みを誰が誰にするんだ、って盛り上がってるんだよ。みんな、アカデミアを出る前からこんな感じで」
その場を通りかかった他のクラスメイトが言い添える。
(いや、わかったけど……盗み聞きしてたよな)
そっと周囲を窺えば、動きを止めていた男性諸君。何気ない風を装いながら耳を澄ましている女性諸君。みな、クラスメイト(一部例外あり)だった。
「いや、まぁ、……あ、吾平に!申し込めれば――っと思ってますけど……」
尻切れに言葉を濁す山茶花の心情がわかったのだろう。真底同情したような顔で背を叩いてくる。(……これが何も言わずとも分かる絆って奴か)
あそこまで男だ男だ、と言い張る吾平が素直にドレスを着るわけもない。よしんば、周囲に促されて着飾ったとしても、ダンスの申し込みなぞしようものならば、ボロクソに拒絶されて終わりだ。――結果の見えている勝負に挑む山茶花を、彼等は哀れんだ。
「ちょっといいかい?」
皆に同情の視線を浴びせられて、自身でも意気消沈してしまった山茶花に、タイミングを計ったようにシグマが声をかけた。手を小さく振る姿に、けれどいつもとは違う点を発見して、嫌な予感がした。――笑顔は、真実、笑うことなく、硬い表情を見せる。
「山茶花くん。君に今回のことを頼んだのは人手がないからだけじゃないんだ」
真面目な口調は笑顔を取り去ったまま語られた。表面上だけでも繕うことの無い姿に、よほど真剣な話なのだと見当がついた。
「君の見た者のことを教えて欲しい」
「……入学式のこと、ですよね」
山茶花の知る、重要なこととはそれ以外にありそうもない。
吾平の見た人物。フードを被った、“生きもの”。人かどうかでさえ定かではないその存在は自らを先導者と呼び、オメガと名乗った。それは報告により、シグマたち第11隊員には知らされていた。
「――やはり、擬者だね」
擬者。中毒者の中でも理性を保つ者。
けれど、誤解してはいけない。彼等は理性を保ち、人格を持ちえ、人の形をしている――化物だ。知能を持ち、人の思考をなぞる存在はサリファンダよりもよほど厄介といえよう。自ら人ではなく、化物の側に立った者たちだ。
一度落とした身は再び浮上することはない。理性を持ちつつも、理性で欲を抑えようとはしない。欲望に実に忠実な生き方だ。
「君は知っているかい?吾平くんの記憶のこと」
思考を終わらせたシグマが山茶花に問いかける。
「記憶、ないんですよね?」
「もしかして本人から聞いた?」
今度の問いには首を振るった。
なんとなく、という野性的な勘が働きやすい性質だということはこれまでの一ヶ月で思い知っていた。そして何気ない記憶力と、鋭い観察眼も備えている。
(彼の言葉を聞きかじったか、雰囲気で知ったんだろうな)
確信が無いから今まで口を出すこともなかっただけだ。意外と理論的な思考法をしている、と感心したのはいつだっただろうか。今では慣れてしまった山茶花という存在に違和感を覚えることも無く、雑用だけに留めるには惜しいと――姫の警護も山茶花に全面的に預けていた。
「そう。直接聞いた方がいいとは思うけど、他人事じゃいられないからね、僕らは」
同じ隊員。そういう意味で、シグマは言った。
一方、同じ頃。
姫の警護をしていた吾平と連夜はチセと龍城の二人に交代して休憩を取る。山茶花はもうすぐ休憩が終わるはずだ。クラスメイトたちとの一ヶ月ぶりの再会を期しているらしいが。シグマといえば外警護といって出て行ったきり戻ってこない。今、休憩室にいるのは二人だけだった。
「そういえば、吾平の失くした記憶はサリファンダやファラカイナに関係するの?」
「え?」
とっさに聞き返したが、それはやがて頭が正常に回り始めて疑問の意味を知るところになったとしても、――吾平には答えられなかった。
「吾平はサリファンダに執着しているように見える。だから、君の関心事である記憶が関連しているのかな、と。失くした理由だとか、もしくは記憶自体に深く関わっていたとか」
吾平の様子にその戸惑いが伝わったのか、怪訝気味に苦笑気味に更なる疑問を訪ねて来る。けれど、それでも尚、
「……わからない」
吾平に答える言葉はなかった。
「ただ、――そんな気がする」
サリファンダと吾平の間には何か見えない繋がりがある。切っても切れない。
最初は――吾平として行動し始めたばかりの頃、軍から去る時。初めはサリファンダと関わるつもりはなかった。だが、汚れ、朽ち堕ちたいつかの場所。街中。――どこに行っても見つけるのは死体。動く事のなくなった空っぽの器。戦闘。命のやり取り。
そうして、思ったのだ。“逃れることはできない。”
そしてそれは開き直りだろうか。何処に行っても会うことになるのならば、自分からサリファンダの元へ行こう。
その方が面倒なくていい。街中では被害を考えて上手く動けない。それよりか、もっと積極的に。もっと、強く。もっと、衝動的に、理性的に。
「それに……姶良にサリファンダは欠かせないものだから」
サリファンダを倒すことは姶良の生活だ。物心育たないうちから戦場に連れていかれ、血糊が乾いて取れなくなるほど親しんできた日常だ。戦場こそが家、戦闘は習慣。
吾平にとっても、“それ”は日常となった。




