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「では、各自――」
乗り合わせた教師の指示を聞くことなく、吾平はただ窓の外に向けて走った。
びゅっ!と風が頬を打つ。銀糸のような長い髪が風に遊ばれた。――吹雪だ。
そこには視界を覆う一面の白だけが存在していた。
純白と言うには汚れすぎていて、しかしこの世界ではこれ以上に綺麗なものはない、そういう白。――肌を刺す様にして、それでも叩きつける威力のある寒さが白の薄いシャツ一枚だけを身につけた吾平を通り過ぎる。
列車の扉を開け放ったまま、新雪に足を踏み込んだ。サクッと軽い音を立てて身が沈む中で耳を澄まし、用心深く、音を聞く。
「やっぱり――」
小さく口元を動かしては聞き取れない声音で呟き、その薄い体はすぐさま取って返した。
移動中は動く視界の中のために確信は持てなかった。だが、吾平の鋭敏な聴覚では耳を澄ますまでもない距離に轟音が届いていた。雪山でよくある、雪崩。それとよく似た、しかしもっと生物的な息遣いのする、胎動。
駅に待ち構えていた帰り列車の護衛たちを再び無視し、列車内に戻る。
晴天に降る雪はしかし見た目を裏切って車内を凍らせ侵食していった。車内に留まっていた暖かい空気が新鮮で、しかし身を切るような鋭く冷たい空気と入れ替わってゆく。内側では開け放たれた扉から突然入ってきた吹雪に生徒たちが悲鳴や歓声をあげて教師は落ち着くようにと声を張上げるが甲斐もなく、統率は失われて混沌とした状況となっていた。
これから戦いに赴く者とは思えない、と内心に抱える吾平だったが、この状況を作り上げた本人が口を挟むことはない。体型さえも覆い隠す分厚いコートを羽織る。白銀の景色に目立つ黒は古びて年季の入ったものだった。軽い荷物を手に浚う。
吾平が戻ってきたことに気付いた教師は現状の起因となった吾平に対して声を張上げた。
「君!勝手な行動を取るのは……」
しかし吾平は教師の話など聞かない。用があるのは一人、この場で最も冷静に対応できる人。深く、知性の篭った瞳を静かに周囲へと投げている人物。
「“魔女”」
その黒く底の見えない光が向けられて吾平は同じ色彩を返した。
「――俺が先頭を切る」
言い置いて吾平は背を向ける。外と内を繋ぐ唯一つの扉は白く、その際を汚していた。驚異的な風の威力を感じるそこに己の荷物を抱えた体を向かわせる。
その、翻した体に声がかかった。
「お前を、信用して良いのか?」
魔女と呼ばれた一人の大人。拘束されているわけではない。だがその問いには答えを強要する力があった。
それは言質を取るための確認にすぎない。――お前を、信用して良いのか。私を信用して良いのか。主語がないために二重の意味合いを持った問いかけに、吾平は力強く頷く。
吾平は開け放たれた吹雪く扉へと向かい、魔女の横をすり抜け、
「【夢見る聖女】とは恥ずかしい異名だと思うが、実力は確かだと“識って”いる」
サクラ・フィグローゼ――その能力の特殊性から夢見る聖女との異名を持つ“魔女”はこの業界では悪評にて有名だ。魔女というコードネームに加えて聖女の異名、そして噂は悪評。実物を見てなお、人物像が沸かない人物だ。
「行くぞ」
短い掛け声を背にして吾平は外に踏み出した。