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「それでどうして私のところまで回ってくるんだ、お前らは」
フィグローゼを前に、二人は主張していた。そこに吾平はいない。この件について積極的ではないのはわかりきっていたので文句のいいようもないが、仁王立ちして拒絶する己の担任に山茶花はたじろいだ。
「面倒。嫌だ。何もしたくない」
吐き出す言葉はとても成人した大人には思えない、幼稚で自己本位なものだったが、いつでも堂々たる姿はこんな時でも変わらない。主張が主張だけに生徒の立場からは強くいえない。贔屓しろと言っているようなものだからだ。
だが、退けない事情はあった。
「……いいだろう、引き受けてやる」
耳打ちされた言葉に、反転。意志を翻して引き受けるとのたまうフィグローゼはあまりにも潔く清々として、――立派な人間だと感じさせる。実際はいかがなものだが、傍目からすれば。
「引き受けるんだな、あれで」
ボソリ、と山茶花は呟いた。
「うるさい。大人には大人の事情があるんだよ」
その時に言ったのは、フィグローゼが断るならばジープニーに相談する、ということだった。それでどうして引き受ける、と方向転換することになるのか、山茶花には皆目見当も付かなかったが、結果的には吾平の言ったとおりになったわけだ。
「遅い」
「遅い」
「遅い」
「遅い!」
「何度言ったら分かるんだ!見てから構えるなッ!常に臨戦態勢にしとけッ!動きを読めッ!」
叱り声がやる気の無い鬱々とした二文字から苛立ち紛れに発され、最後には叫びとなったという次第を知るものはここには当人とそれを受ける者しかいない。
フィグローゼと山茶花。シグマは交渉が無事に終えたことを知ると、早々に任務へと戻った。人手不足を元とした勧誘であるために、本当に手が足りていないのだろう。各所へ調査へ行かせたり、張り込み、派遣、と数少ない藩のメンバーでやりくりしている。
しかし、今回の任務というのは既に終えているものだ。事後承諾、というよりもこなした任務内容に“臭いもの”が出てきたため、大事になると踏んでの人員補給でもあった。
詳しい情報は山茶花にまで回ってこない。だが、そこら辺の事情を統括する側の人間としてフィグローゼは知っていたから、山茶花の意気込みにも納得がいった。
吾平と山茶花の間で取り交わされた約束を知らないがために些か力んでいると見ていたが、成長の見込みの有る愛弟子に“叱り”という形を取りながらしっかりと教鞭を握る。
「視認する前に予測しろ!」
短期間で効率よく鍛え上げるには何か一つに焦点を絞っての訓練だ。身体的な鍛えから、遊びのような部類のものまで、効果のあると思われるものは全てを試す。そして効果の上がりやすいものを取っ掛かりにして実力を伸ばしていく。
所詮は張りぼて、間に合わせの鍛え方だが、シグマからの要求はそういうことだった。視力の良さを活かし、身体の方をそれに対応できるようにさせる。また、急場での対応と動体視力の向上。
「攻撃に身を構えるのは一瞬だけだ!」
怖れは身を守る術だ。それを無くしてしまう事は一番厄介。だから恐れるなとは言わない。恐れないのは無鉄砲と無謀、自棄に属するものだ。恐れることで強くなろうと言う向上心も、冷静さも、勘も役立ってくる。
「気を逸らすな!」
フィグローゼは今日、一番の大声を出した。
「はぁ……はぁ……はぁ……。こんなに、叫んだのは……随分、久しぶりだぞ……」
「ご指導ありがとうございました!」
山茶花の危さに動いてもいないまま精神をすり減らされて、フィグローゼは息も絶え絶えに感想を述べる。対して山茶花は汗を額に光らせ、じっとりと制服を濡らしながらも明るい声で感謝を述べる。山茶花の元気はまだ余っていたが、夕暮れから夜へと差し掛かろうと言う時間がそれを許すわけも無く、またフィグローゼも限界だった。
「まぁ、いい。これで――」
「明日もよろしくお願いしますね!」
「なッ――あ……?」
驚愕の事実に眠たげに落ちかけていた瞼が限界まで引き上げられる。切れ長の瞳は意外な大きさでもって山茶花の無邪気さを見つめ返した。嘘偽りのない、しっかりとした瞳の色とは反対にフィグローゼは突き落とされたような気分だった。
「本当なのか、本当にやるのか、明日も?――ありえん。ありえんぞ……」
ぶつぶつと呟き、ヨロヨロと背を向けるフィグローゼ。その後ろで山茶花もまた、ちゃきちゃきと身支度をしてその場を退出しようとする。余りにも正反対な二人を誰かが見ていたならばどうしたのかと問いかけるだろう。生徒と教師と言う間柄で、生徒が意気消沈し、もしくは憔悴し、教師を見送るならば普通のパターンだが、これは稀なる光景だった。しかも、その対象となる教師が、やる気の無さナンバーワンと評判のフィグローゼであればこそ、だった。もしくは、変わり者の集まりである4軍はあのフィグローゼをも憔悴させたかと感心したかもしれない。
だが実際には二人の姿を同時に見た者はなく、ひっそりと、けれど着実に山茶花を鍛え上げる一週間が始まりを告げたのだった。




