窓の外、囲われた世界に雪景色が流れる。
それを見るともなく眺めながら少女は眉を寄せた顔を窓に映して白を見つめ続けた。
(――母なる大地とはよく言ったものだ)
今からちょうど四百年前、化物が来襲した。
人類は世界中に於いてその地脈のそこに眠る不可思議な金属を発見した。願いことを叶える金属――ファラカイナ。身体との接触で思考イメージを認識、物理現象としてそれは起こる。まるで夢物語だ。だが、それは確実性を持って世界中に広まり、誰もが挙って手に入れたがった。アクセサリーに加工する者、服飾とするもの、――世界中に浸透する不可思議な金属ファラカイナ。時代が時代ならばそれを賢者の石と呼ぶ者もいただろう。だが、その発展は短かった。――ファラカイナを狙い、どこからか化物が現れた。
それに対抗する術を持たなかった人類が現在まで生き残っているのは、それの主食が人間ではなかった幸運である。現在世界に浸透する特殊な金属を化物は好んだ。金属を食し、取り込む。それ以外は謎に包まれた生態。どこから現れたのか、何を目的とするのか。その習性も巣もわからない。人類は確実に数を減らしていった。
人類はやがて化物にサリファンダと名づけた。金属ファラカイナに因んだ名だった。ファラカイナの特殊性――現象化現象はけれど、人々に絶望を与えるだけではなかった。
人の強い願いに呼応し、思考をトレース。イメージを現実にする力。二次元のイメージを三次元空間に呼び起こす現象。願いの叶う神秘の金属。ある時代ではそれを賢者の石と呼んだだろう。――それは人類の希望。化け物サリファンダの餌となる他に、対抗武力ともなる可能性を秘めていたからだ。
そして現代、ファラカイナによる武装集団が世界規模で展開されている。サリファンダに対抗するもの【デマンダ】。だが、ファラカイナによる現象化現象には限りがある。才能と素質、訓練。どれもが必要不可欠であり人手不足は否めない。人材の育成――それが人類の火急の望みである。どこの研究機関もどこの組織もどこの国も、若者を集め、加えてファラカイナ金属の研究を続けた。やがてわかったのはより現代に近く生れた者に素質が大きいという事。それも殆どが十代に限られていた。
後に、対サリファンダ特殊部隊が編成された。
――そして現在まで時が経つ。
コトン、と最新鋭技術の“移動する箱”全体が揺れた。何かに乗り上げたのか、雪でもレールに咬んだか。周囲が小さくざわめき立つのを聞きながら、少女は思い出していた。
確かな日々、頭領として皆を引く立場にある義父と妹のような女の子の存在。同い年の男の子とその弟。義父の友人たち、同僚――十数人で白の景色を黒く色づけていた。
姶良たちは歩いていた。深い雪に確かな足跡をつけて、凍える寒さに息を潜めて。
横隊になって、十数人で移動していた。皆が同じように黒く、分厚いコートを羽織り、身を縮めながら進む。極寒に麻痺する感覚の中、鼻だけは嫌に血の臭いを覚えていて、でもそんなことすら慣れていた、あの頃のアイラ。
先ほど遭遇した憲兵に「女はいない」と言ったことを愚痴る姶良の手をそっと彼が握った。
「そうだったな、お前は女だ」
そう呟くように言葉を放つ、前を向いたままの義父の背を見た。冷たい手がぎゅっと握る。背丈の変わらない彼は苦笑していた。そして前を歩く妹へ促す。細い雪道を二人並び、彼の隣にも弟が並ぶ。振り返っても誰の視線も合わない。進んだ後の道にも足跡は揃わない。ただ蛇行するように長く一本の道が延びているだけだ。
(これが正しい。だって私たちはイレイザーなんだから)
それは少女というよりももっと幼い子どもの寂しさのこびり付いた納得方法だった。
――ふと漏らされた感嘆の息に吾平の意識が戻された。
着いたのだ、孤高の軍事要塞アカデミアに再び。