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山茶花は本日入ってきた多くの情報に頭を悩ませながら軽く汗でも流そう、と殆ど運動のしなかった身体を覆う衣服を剥ぎ取り始める。前日に確認したばかりの自室は寮という形で生徒全員を収容するために二人ずつ部屋を与えられている。と言っても一部屋が大きく、個人スペースも備えられているためにとても快適だ。共有スペースというものは殆どなかったが、それも部屋から出ればすぐ近くに談話室という形で配給されている。食堂も豪華であったし、お風呂は各部屋に一つと大浴場が女湯、男湯という形である。昨夜はそちらの方を利用したがいい湯加減だった、と過去に思いを馳せて上機嫌に豪華なはずのバスルームへと身を入り込ませた。
いつの間にか鼻歌までもしていた気分は一気に硬直する。昨日は姿の見えなかった同室者がそこにはいた。
長い髪を肌に張り付かせ、上気した頬をコチラに向けている。呆けたような口は僅かに開いて、舌を覗かせていた。それはとても扇情的に映る。仄かな赤に染まった肌の上を玉雫が柔らかな曲線を描いて落ちて行く――「……って女!?」
素っ頓狂な声を上げて山茶花は外せない視線を体ごと入れ替えてずらした。
「あ、あわわわわわわ。ご、ごめんっ!!」
眼を瞑って急場しのぎに謝る。暗い視界は映った光景を排除しようとした結果だが、脳裏に焼きついたものは剥がれない。寧ろ強固になっていくようでもあった。
(うっわーまだ心臓どきどきしてるよ。てかヤバイ。映像が、思考がっ!!)
滑り落ちる雫が身体のラインに沿って谷間に導かれていったのと同じく、山茶花の思考もそこへ至ろうと道筋に流れていく。それは引き返せない坂であり、抜け出せない溝だった。思考を変えようにも、意識を引っ張るほかの物がない状態では――つまり、自らの思考を引っ張り上げてくれるような綱でもない限り、そこからは自力で抜け出せない。渦だ。底なし沼だ。泥のように絡め取るのは山茶花の健全たる心だ。しかし、健全だからこそ、固まって行くというべきか。
「気にするな」
「いや、俺が気にするんだって!」
サラリと流される言葉と同じく背後を通ってゆく気配に、正直な反応として反論する。また、正直な反応として振り返り、未だ湿った気配を見せる無防備な背中を再び視界に入れ、体を反転させた。だが山茶花の懇願にも似た言葉に吾平は「たいしたことない」と切り捨てる。吾平が山茶花の様子に気づく気配すらない。それは照れ隠しでも何でもなく、心の底からの無関心によるものだ。山茶花が抱えている内心の焦りなど微塵も読み取る気がない。
瞳は雄弁に語っていた。そこには自分にさえも感心がない。あるのは何処までもサリファンダ。そして戦い。恋愛や性に対する感情を持ち合わせていないかのようにも思えた。
大抵の場合、感情の欠落は他の何かに集中するものがあって成立する。類する反応は経験不足・麻痺による起伏の乏しさ。しかし、吾平にはそのどれが当て嵌まるのだろうか。山茶花には思いもつかない。
「そうだお前。何で、戦う?」
タオルを頭に押し当てた姿からは表情が読めなかった。けれど、山茶花は突然の質問に戸惑いつつ答える。
「え?だって危険だろ、サリファンダ。人も世界も、守る為に俺は戦う。――なんて、かっこつけ……」
言い終える前にその姿は部屋の中へと消えていた。山茶花の中に残ったのは、狐に化かされたかのような、そんな呆気なさ。
「……変な奴」
しかし、心にしこりが残る。
つっかえたものが取れない。その不愉快さに眉をしかめる。しかしその実、それは吾平が原因ではないのだと気づいていた。距離を置かれることに対してよりも、吾平本人に対してよりも、……そうさせてしまう己と沸き立つ不快さだった。
昨日今日あったばかりの同級生に対して胸がザワメク理由を、頭を振って霧散させる。
認めたくない、とばかりに山茶花は背を翻した。
しかし、
「――てか同室者!?」
叫んだや否や、異性同士で同室という状況に山茶花は頭を抱え始める。




