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world for you  作者: ロースト
一章 深雪に分け入る
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 金属がジャラジャラという音が引き出すのに合わせて鳴った。ブレスレットの嵌った細い手首が歪んだ空間から再び姿を見せた時、その手の先には幾つものアクセサリー、ファラカイナ金属加工のされた装飾品たちが掴まれていた。

 ソーダライト、キャスライト(空晶石)、アズライト(藍銅鉱)、ジェード(翡翠)、オブシディアン(黒曜石)―――五つの石。

 色とりどりの宝石が掌に乗せられ、いつの間にか寄せられていた好奇心の目に晒された。順番など既に形を成さずにいた。吾平の前を生徒たちが退くのに自然、足を向けた。勿論その先には魔女――フィグローゼの鋭い視線があった。それは咎めるものではない、観察だ。戦う者からの、対等とした視線だった。

「探究心、魔よけ、浄化、幸運、可能性……この五つか」

(ふむ)

 バランスがいい。しかも純度も高い。

 一般にファラカイナ金属とはファラカイナという成分が紛れた金属のことだ。通常、金属に少なからずファラカイナが存在する。だが、それは一兆億分の一にも満たない量――人は勿論、サリファンダでさえそれを察知することは出来ない。それがサリファンダの気を引く水準まで達したものをファラカイナと呼ばれる。それは純度という形で表現された。

 ファラカイナの成分が多いものの方が現象化への作用もしやすい。当然の如く生徒たちの持つファラカイナは純度が高いものとなる。だが、純度が高くなるほどその絶対量も少なく、高額となる。サリファンダに狙われる危険性もさることながら、入手は困難となる一方だ。アカデミアに入ればその道のコネというもので入手の経路はできるが、入学もしていなかった新入生が持ちえるなど、本来は貴重以外の何ものでもない。

(当たり、だな。今年は)

 指輪が三つ、ブレスレットが一つ、ベルトに一つ、と自身に飾り付ける吾平を見やる。

「その二つは良いのか?」

 その射抜くような視線は吾平の首から下がる二つのネックレスヘッドへと向けられた。


 登録をしないという事はそれを使えば罰則と同時に没収もされる。だが、それが分かっていて吾平はその二つを登録しようとしなかった。

「ああ。一時的に預かっているだけだ、……俺には使えない」

 二つのネックレスヘッドが吾平の胸元でぶつかり合う。キラリと光る月と太陽は透き通った藍色と海の色に似た青。カイヤナイトと呼ばれる藍晶石とアイオライトと呼ばれる菫青石だ。それぞれの石には意味があり、そしてそれに即した能力を持つ。――石が持ち主を選ぶという意識部分での選抜は行われない。

 誰が使用した所で能力に変更はない。石の意味、ファラカイナの彫刻によってそれは導かれる。しかし、それがどれも統一的、というには程遠い。思考の流れは人により細部が違う。想像により具現化するファラカイナという補助は現象化能力を与えるが、類するというのみだけ、共通点があるということだけ、全く別のものだ。使う側に意識の違いがある――吾平が他人のそれを使っても、現象化は吾平自身が石に即して導き得た結果だ。持ち主の意図はそこには介在しない。

 ならば、熟練したファラカイナの使い手は他人のそれを上手く扱えるか。それは是。緊急時においての行動として正しい。しかし、それは緊急時において、だ。その行動による問題点は平常時に起きる。

 一般的にファラカイナは高価だ。更に、“彫印済み”と呼ばれる彫刻――能力の固定化を行ったものは大抵が宝石も付属している。能力と石の相性はデリケートな問題だ。専門師に相談する必要があるし、彫刻についても同じく専門家でなければその複雑美麗な技術を行うことは出来ない。しかし、そうなると値段というものは跳ね上がってくる。ファラカイナを使うものとして彫刻を読み取る能力は有用だ。緊急時において、即席でもサリファンダに対応ができるならば上出来だ。実際、アカデミアにも類型授業は多く時間を割かれている。生徒たちにも自ら彫刻する者が出てくるだろう。

 しかし、細部にわたる繊細な彫刻は技術として得るには容易ではない訓練が必要だ。それは並大抵の努力では身につけられないような部類のもの。――盗む。

 当然として、そんな輩が出てくる。当然として、犯罪者だ。

 それは見逃してはならない。だが厳しい戒律によって統制された軍内部でも消滅することなく、ひっそりと根が張っている。取引、闇売買、強奪。地下世界の闇だ。

 軍とはいえ、吾平たちのいる場所は暗闇に近い。光の下をどうどうと歩ける者がそう多いわけではない。それぞれの事情でこの場にいた。生徒たちの間でも、デマンダの間でも、高額なそれは常に欲される。――特に吾平のそれは現役であるデマンダを含めても、純度の高い――高額なそれだった。余り金銭に機敏ではなさそうな吾平が一体何処から捻出したもので補った現在なのか。首を傾げたくなるそれにフィグローゼは眉を顰めるだけでこの場でそれを問うこともなかった。

 生徒たちの目は肥えていない。未熟なまま、吾平のそれを目撃している。

 石の登録は生徒たちだけでなく、教師にもデマンダにも行われていることだ。“盗み”に対する対策の一環である。しかし、それが意味を成すのは最初だけだ。すぐに違反者が出てくる。出てこざるを得ない。紛失という形ならば、見つからないも同然だからだ。同じ彫刻、同じ宝石。それでも、それを同一のものと認めることは出来ない。現出する能力が全く別となるのだから、同一と証明することは不可能だった。

 高額なそれを複数持つ吾平というのはそういう後ろ暗いところの有る輩にとって、格好の餌だった。危険でもある。

(別に咎めたりしないがな)

 高額なそれは純度が高い。能力も高い。ならば教師としては問題がない。闇の住人に狙われたとして、何の不都合はない。実際にそうなった時の不益は己の期待できる生徒が一人減るぐらいだ。だがどこかで別に能力の高い者が現われる。プラマイゼロだ。

 フィグローゼが気になるのは「使えない」という言葉だけだった。昨日からの吾平の行動や動きからして吾平は非常にサリファンダ、如いてはファラカイナに長じている。石の持つ特質や意味は多く知りえているだろう。持ち物となるものならば、当然の如く知っているはずだ。そのペンダントのみに例外が許されているということもないだろう。

 また、彫刻にしても読み取れるのではないかとフィグローゼは推測していた。列車からアカデミアまでの道を吾平に先導させた時、生徒たちの配置が上手く行われていた。必要な場所に必要な能力があった。一から一までフィグローゼや吾平が出て行くことなく、それぞれ生徒同士で能力を補って進めていた。怪我の多少はあれども、誰一人欠けることなく。

 ――生徒たちの現象化をよく知っていたのではないか。

 現実的には宝石から、彫刻から、その意味と結果的能力を知りえていた、ということなのだが。武器防具へと変換する能力ならば読み取る必要もない。しかし補助、限定的能力、特殊系――先ほど吾平の使った空間に関する能力やフィグローゼの予知夢などもそれに類する。それらは他者からの目では能力を行使しているのかさえ定かではない。

 それを、あの状況でやってのけたのが吾平なのだと、フィグローゼは確信していた。それが偶然でも運がよかったわけでもないことを、吾平の実力から考えていた。信頼にも値する。

(……厄介な生徒だな、本当に)

「登録の間に合わなかった奴は出ろ。私のクラスにはいらない」

 俊敏性に欠ける者など、戦場に出せば一発で死ぬ。求められるのは決断力と行動力。どちらも速さを要するものだ。戦場において必要なものは自己信頼と、勘だけだ。

「悪いが、こちらも戦力不足なんだ。素質のある者を退学にすることはできない。しかし、だからと言って、“落ち零れ”に割いている時間はない」

 予想通りだった。今年は粒揃い――有象無象の人だかりで、確かに息づく輝き。

 厄介者ばかり集められる個性的なクラス――それが4軍の特徴だ。排他的で馴れ合うことを良しとしない一匹狼タイプ。だが、一度群れれば統制を失うことはめったにない。力強い絆が、綻びを補強する。

 吾平だけではない。他にも“異分子”はいる。それは雪原で片鱗を見せたに過ぎない。吾平は一面でしかない。他のクラスがどのような按配なのかは知るわけではない。だが、このクラスでは最初から脱落したものなど数人。例年通りであれば二桁以上がここで篩いに落とされる。

(面倒だが……楽しめそうだな)

「そうだな……青色のクラスなんてどうだ?基礎クラスだからな、一年暫く現場から離れることになるが地道に下地が積める。――来年もう一度、試験を受けてここに来い」

 口元を引き上げ、快い心の内とは別に皮肉気に提案した。




「それで、来たんですか。馬鹿ですか。何で粘らないんですか。何であの馬鹿は私のところに遣すのか。全く、馬鹿ばかりで困ります。馬鹿は馬鹿なりにさっさと席に着きなさい。それともそれにも従えないようなアホですか。いいですよいいですよ、私はアホの子が嫌いではないですからね。みっちり、優しく、きっちり、厳しく、訓練させていただきます」

 怒涛のマシンガントークで生徒たちを圧倒させる“青色”。――訓練生“予備”と呼ばれる、幼い生徒たち。彼等は適正ありとして訓練生になりえるが、身体的な面などの理由で訓練生入りが引き伸ばされた生徒たちだ。一年間で鍛えるのは体だけではない。そこで養われるのは心構えと基礎体力、一通りの戦い方、その他必要とされる技術。

 そこの教師、“青色”は数十人――いや、三桁にも昇る生徒に一人で対峙する。頭脳が切れ、知略に長け、武にも優する。

 だが如何せん、常人の思考か身につかない変人ぶり。フィグローゼから人を遣されるのを押し付けられ、嫌がらせ、とは思い至ってもいつまで経っても“信頼”というものが根本にあるからだとは考え付かない。

 ただし、だからこそ一部の隙もない。好意への愚鈍さは彼の冗長・油断のなさを作り出していた。



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