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world for you  作者: ロースト
四章 深雪に蹲る
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98

「よう、元気してるか」

「ああ。元気してる」

 パキン、と音を鳴らして崩れる結晶は頭上から折れ落ちて、けれど地面に着けば再び形を成した。永遠に繰り返される、始まりと終わりの場所。

 透明で出来たその空間はけれど、どんな色をも内包していて、中央の核は輝く。

 青年はその核に向かい、声をかけ、核の中からも声は響いた。

 形のなき存在はその中に神の似姿を移すかと思えば、魚のような鰭で洞窟中を泳ぎまわった。

「綺麗だろ?」

「ああ。綺麗だ」

 単純な掛け合いは意味も持たず、短い意志の疎通。それでも、それだけで十分だった。

 二人の間には何よりも強い絆がある。

「どういう風に見えてるんだ?」

「……この世のものとは思えないほど、凄くキラキラしてる」

 にこり、と笑うその顔は、青年がずっと見たかったものだ。どうしても言えなかった一言を、漸く、意味を持って言える。

「――吾平」


 薄い膜を通した呼びかけに、その笑顔は曇った。

 青年を先ずるように、矢継ぎ早に言葉をなす。

「今の俺は――人じゃない。女じゃない。男じゃない。体も無い。触れない。――言葉を話すだけの存在だ。それでも……」


「吾平」

 もう、何も言わなかった。二人の間にあるものは決して消えることはない。熱を届けあう事も出来ない。それでも、想いは充分に伝わっていた。

 ただ、見つめて青年の言葉を待つ。それはまるで、御伽噺のお姫様が王子様の迎えを待つような、甘くて苦い、切ない時間。

 しかし、それはほんの僅かな時間。その存在の瞬きよりも短く、そして青年が生きてきたこれまでの中でも、もっとも幸福な時より、最も残酷な時より短い。

 覆い隠しきれない至福が二人を包む。沈黙は愛しさに過剰される。

 透明な壁に触れる青年の手に、その存在は頬を寄せた。零れ落ちそうなものがあって瞳を軽く伏せる。


「――好きだ」

 青年の触れることの出来ない場所で、瞬きが一回。拭えない涙は頬を伝った。



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