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「よう、元気してるか」
「ああ。元気してる」
パキン、と音を鳴らして崩れる結晶は頭上から折れ落ちて、けれど地面に着けば再び形を成した。永遠に繰り返される、始まりと終わりの場所。
透明で出来たその空間はけれど、どんな色をも内包していて、中央の核は輝く。
青年はその核に向かい、声をかけ、核の中からも声は響いた。
形のなき存在はその中に神の似姿を移すかと思えば、魚のような鰭で洞窟中を泳ぎまわった。
「綺麗だろ?」
「ああ。綺麗だ」
単純な掛け合いは意味も持たず、短い意志の疎通。それでも、それだけで十分だった。
二人の間には何よりも強い絆がある。
「どういう風に見えてるんだ?」
「……この世のものとは思えないほど、凄くキラキラしてる」
にこり、と笑うその顔は、青年がずっと見たかったものだ。どうしても言えなかった一言を、漸く、意味を持って言える。
「――吾平」
薄い膜を通した呼びかけに、その笑顔は曇った。
青年を先ずるように、矢継ぎ早に言葉をなす。
「今の俺は――人じゃない。女じゃない。男じゃない。体も無い。触れない。――言葉を話すだけの存在だ。それでも……」
「吾平」
もう、何も言わなかった。二人の間にあるものは決して消えることはない。熱を届けあう事も出来ない。それでも、想いは充分に伝わっていた。
ただ、見つめて青年の言葉を待つ。それはまるで、御伽噺のお姫様が王子様の迎えを待つような、甘くて苦い、切ない時間。
しかし、それはほんの僅かな時間。その存在の瞬きよりも短く、そして青年が生きてきたこれまでの中でも、もっとも幸福な時より、最も残酷な時より短い。
覆い隠しきれない至福が二人を包む。沈黙は愛しさに過剰される。
透明な壁に触れる青年の手に、その存在は頬を寄せた。零れ落ちそうなものがあって瞳を軽く伏せる。
「――好きだ」
青年の触れることの出来ない場所で、瞬きが一回。拭えない涙は頬を伝った。




