暗い夜に
デスゲームの初めての夜。
俺は一番安い宿を利用した。
そして、驚愕する。
宿の受付の前にちょっとした食事ができる食堂があり、βテストの頃はおばちゃんNDCが作ってくれる塩辛いシチューにお世話によくなったものだ。
その懐かしい味を確かめに個室から食堂に降りてきたときに気づいてしまった。
食堂にはまさに老若男女が溢れている。
小学校に入ったばかりと思える少年から、老後のちょっとした楽しみとして始めた感じの老婆まで。 そして、それぞれが食堂の張った雰囲気を演出していた。
誰もが「こんなことあるわけない。」とつぶやいている。
姉さんはこの人達の為にきっと今も戦っているだろう。
俺にはできない。
「キューブラーロスの否認という状態だね。」
いつのまにかヴェルが後ろにいた。
「なんだそれ?」
「人が死を受け入れるまでの過程だよ。彼らはまだ幻実を受け入れられてないんだね。現実の終わりを認識できず、まだ続いてると信じているんだ。生きながらの幽霊だね。」
「ヴェルは受け入れたのか?」
「たいして変わらないじゃない?ここもあそこも。目の前にあるのがゲンジツだよ。」
「俺も幻実を受け入れない人間だ。姉さんを連れて帰る。」
さっきまで散々と恥を見せつけてしまった相手に言うのはさらに恥ずかしい言葉だった。
俺の中身はここでうずくまっている人間だ。
「そっか・・・。」
そんな俺にヴェルは悲しそうな顔をするだけだった。
「確かに俺はただの自殺志願者かもな。ここに来たときから死に向かっているのかもしれない。」
「じゃあ、ここで生きよう。そのために戦おう。」
ーーー。
姉さんを守るという目的を失うことになるかもしれないその提案に俺ははっきりと同意することを躊躇った。
それでもそうしないと生きていけないこともわかっていた。
だから、姉さんのためにいまは生きる。そう心に言い訳をした。