屍肉の賞味期限
「覚悟を決めろ!」
シエラとヴェルと自分自身に言い聞かせる。
「やるんだ!」
「でも、これは諦めるべきな臭さだよ。」
その諦めるという言葉にさっきまで臭さの前にしり込みしていたシエラが反応した。
「行くのよ!やらなきゃいけないんだから!」
再び蹴り開ける。
今度は後戻りできないように全力で蹴る。
だが俺はその義務感が少しだけ気になった。
それでも扉は完全に開いてしまった。
俺もやるしかない。
さっきは狭い隙間から噴き出たために特に臭かったがむあっと臭いだけですんだ。
正直耐えられないが…。
「嗅覚はもっとも慣れやすい感覚らしいよ。」
「なら大丈夫だ!」
中に突撃していく。
エリア全体がしめっぽくて生ぬるい。
そして、ものが腐った様な異臭。
そんな空間の真ん中には…ドラゴンのようなものがいた。
ドラゴンだったものと言うべきだろうか。
「ドラゴンゾンビかな。」
ヴェルが冷静に観察している。
牙と牙の隙間からは腐臭のする煙が。
その身は崩れ落ち骨の周りに腐った肉が垂れている。
四本足で立ち翼はもはや白骨化、飛行能力があるとは思えない。
そんな翼の生える背中には大量の剣が突き刺さっている。
目は暗いくぼみの中から赤い瞳が発光している。
「偵察部隊の役割を果たすよ!」
シエラが異臭の中心地へ飛び込む。
「足止めが効くか試すね。アローレイン!」
放たれた光の矢が空中で分裂し大量の矢の雨を降らす。
その光属性を帯びた矢は腐肉にぐちゅっとめり込む。
見た感じ光は聞きそうだが何かしらの反応を示す事はない。
おかしなことにHPはゲージすら映ってない。
「物理的なダメージを試すよ!四式疾!」
居合いの一撃が横っ腹に直撃する。
ぐちょり。
・・・。
「なにこれ!刀が抜けないじゃない!」
そう言いながら抜くために得意の蹴りを横っ腹に入れる。
ぐちょり。
刀に続き足まで抜けなくなった。
「脱げ!」
俺は急いで駆け寄りながら叫ぶ。
「ここで!?」
そんなボケには構っていられない。
右の前足がなぎ払おうと狙っているのだ。
剣と銃を腰に吊り下げシエラの腹に腕を回す。
胸よりましだろ!?
肌に直接ふれてもちっとした感触を感じてしまうが、決してやましい気持ちはない。
「ヴェル!」
俺も全力で引っ張る。
さらにヴェルのワイヤーで後方へ引っ張りなんとか剥がれた。
「私のお気に入り…靴と景翼が…。」
泣きかけシエラ。
「生きてるだけでよかったよ。」
「うん…。ありがと。」
普段の大人な印象とのギャップが可愛い。
思わず髪をなでていた。
「僕はいつからかなたがそんな浮気性になったのか悲しいよ。」
「ちっ!違うぞ!」
「わかったから、まだボス中なんだよ。気を抜かないで。」
おまえも十分気を抜いてるだろ…。
俺はシエラを立ち上がらせた。
「シエラ遠目で見ててくれ。」
「うん…。」
シエラが十分離れたのを確認してからヴェルのいるところに寄った。
「ヴェル。どう判断する?」
「遠距離からの魔法や弓だけで攻撃もありだと思うけど、もう一回ためしてみないと。かなた。やってみて。」
「…わかった。」
シエラの二の舞が予想される状況で少しだけゴーレムと戦った時のことを思い出した。
俺はヴェルに捨てられたりしないだろうか。
あの時のヴェルは正しかった様に今は思うけれど人を数字にしかみていない様でもあった。
だが、今は信じて飛び込もう。
走り出す俺の背に「翼を狙ってみて。」とヴェルから指示があった。
「おう!」
ゆっくりとした動きのドラゴンゾンビの両腕の攻撃をしゃがんで避け、さらに飛び越える。
そして、敵の顔の前で跳躍。
翼にむけとんだ状態から月光を自分の体重も込めて叩き込む。
硬いものを叩いた衝撃で腕が痺れるが骨にもひびが入り有効とわかる。
相変わらずHPゲージは表示されないが…。
「後は敵の技の確認だね。」
これがもっともリスクが高いだろう。
都合良くドラゴンゾンビが口をもごもごとやっている。
「詠唱してるよ。」
魔法か!
急いでバックステップを実行する。
さっきまで俺がいた位置に急に竜巻が巻き起こる。
「もごもごし出したら風の中級魔法に注意だね。」
「尻尾も見るからに攻撃力ありそうだけど試す?」
「そっちは任せた。」
ヴェルがあえて尻尾の方に回り込み近づく。
その間に俺は横っ腹だ。
氷の魔弾を瞬間的に撃てるだけ撃ち込む。
そうやって凍りついた身体に接近し、シエラの刀と靴を引っこ抜いた。
凍らせることで粘着力は奪えるようだ。
取った途端に氷が溶けたあたり長時間の効果は期待できないようだが。
そして、そんなことを思ってるうちに敵の猛烈な攻撃が実行された。
尻尾を振った瞬間、後方に巨大な竜巻が発生し40層の壁に当たるまで直進した。
魔法ではないだろうが威力は極大魔法級だ。
それを回避しているヴェルも凄いが。
「後方はダメだね。」
それから取ってきた靴と刀をシエラに返し、もときた扉に戻った。
シエラに感謝の熱烈キスをされたことをヴェルに口止めするのに大きな借りを作ってしまったが…。