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心の氷を溶かすまで

 無事に10層につき、今日はここでキャンプをすることになった。


 石碑の前に二つの花束。

 少しだけ枯れてきている。


 姉さんはその花束の枯れた花びらだけをつんで綺麗にしている。

 この層には2つ。

 20層には12・・・。


 その花の意味はどう考えても死者の鎮魂。

 つまり、2人と12人もの人が命を落としたという事実が目の前にある。

 それも、ここまで登ってこれるようなトッププレイヤー達が。

 

 しかし、姉さんの感じているのはそういった脅威ではないような気がした。

 だからといって姉さんの感情に容易に踏み込むことはできない。

 俺はやっぱりただ石碑の前に立つ姉さんを後ろから見ているしかなかった。

 その感情を家族として共有したいと思いながらも。


「かなた。葵ちゃんの相手しなくていいの?」

 重苦しい空気を崩すような姉さんがいった。

「そうだな。」

 そういって俺は離れるしかなかった。


 姉さんの強がる声。

 まだ俺の知らない姉さんの悲しみがある。

 俺では役不足なのだろう。


 しかし、俺が離れるときにヴェルが代わりに近づいてきた。

「やあ。かなた。」

 前と何も変わらない話し方。

 ひらひらと振るいつもと変わらない手の振り方。

 俺の逆恨みに対してあれから何も文句を言ってこない。

 だから俺から謝るべきだろう。


「ヴェル、あの時はすまなかった。」

「ん。あれってあれかな。」

「たぶんそうだ。」

「いいよ。慣れてるから。」

 慣れてる・・・。

 ただそれだけ言ってヴェルは姉さんの方に歩いて行った。

 前よりも、俺に対する関心がなくなった気がする。

 まあ、あんなことがあったのだから仕方ない。


 しかし、あんまり趣味のいい話じゃないが、ヴェルが何するかわからないからな。

 まあ信頼はしているけれど、姉さん相手となれば話は別だ。

 少しだけ様子を見ていこう。


 ヴェルは姉さんの隣にまでくるとぽっと手の中にカップをだしてみせた。

「紅茶でよかったかな?落ち着くと思うよ。」

「ありがとうございます。」

 よし!いいぞ!この堅苦しい返事!

 姉さんは心を許していない!

 図々しくも姉さんの隣に立つのは今日のところは許してやろう。


「聞いてもいいかな?」

「何をです?」

 エロトークだったら今すぐブラック・バートぶっ放す!

 穴だらけにしてやる。


「花束の意味。」

「わかりきったことを聞くのね。」

 姉さんの声に苛立ちが伝わる。


「君の口から聞きたいな。特に10層でのこと。」

「何も言うことはありません。全て私の責任ですから。」

「そうだね。2人が死んだこと悔やんでるんだね。」

 黙りこむ姉さん。

 言い返せない状況は珍しいな。


「君の力不足で死んだ?」

「そうよ。私のせいよ。」

「みかけによらず傲慢なんだね。いや、かたなから聞いた話でわかってたことだけど。」

 俺は一度も傲慢なんていったことないぞ!

 ヴェル!俺の命を今日までにする気か!


「君の力はたいしたことないよ。」

 ほんとに自分では何もできない赤子に言うかのように言った。

 そして、そういう目で見られるのを姉さんは許せない。


「それじゃ殺してあげましょうか!」

 姉さんを怒らすと危険だとあれほど話のなかで伝えてたのに!

 空気が凍てつく。


「はい、どうぞ。僕の命でよければですが。」

 姉さんも黙らせるために言ったことだったのだろう。

 さすがに本気で殺したりするタイプではない。


 その結果、もっとも有効な答えを言われどうしていいのか戸惑っている。

 しかし、ヴェルの容赦無い言葉は続く。

「誰かのために生きるのはやめたら?もうかなたも大人だし。死んだ彼らも誰かのために戦った結果がこうなっただけだよ。君のことを恨んでるはずがないよ。」


 一呼吸あける。

「こう言っても君は納得しないだろうね。」

 まるで、ずっと前から知ってるように。

 まるで、全てをしっているように言う。

「だから言うね。上で12人が死んだのは君のせいだよ。君がいなかったからこんなに死んだ。今後もこれを続ける気なのかな?」

 そんな普通は責めているとしか思えないような言葉に、姉さんの心を許そうとする気持ちがこめられていた。


「でも!でも!私をかばってあの人は死んだんだよ!私がちゃんと油断しなければ!私がちゃんと殺しておけば!私がいなければ!私が死んでいれば!」

 そして、姉さんはためにためた自戒の念を決壊させ、漏らした。

 漏らして溢れさせた。


 俺は、そこからは聞いていられなかった・・・。

 姉さんの心はひたすら自分を責めてきていた。

 それを俺は今までずっと知らなかった・・・。


 ヴェルだけがそれを理解し、助けてくれた。

 姉さんの中で氷ついた心はやっととけることを許されたのかもしれない。

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