亀裂は心の中
ユグドラシル10層。
この層は迷路のように入り組んだりはしていない。
ほとんどなにもない、ただ広い空間だ。
そんな空間にひとつだけ石碑が立っていた。
真ん中に文字が刻まれている。
ユグドラシル10層ボス:ゴーレム 討伐者 ノルン 他14名
そして、その石碑の前に置かれた二つの花束。
まだ綺麗に咲いて、それほど昔おかれたものではないようだ。
しかし、そんな花よりも俺は石碑から目が離せなかった。
そっとノルンという文字に指をなぞらせる。
ノルンが姉さんという認識はまだできてない俺だけどそれだけで涙がこぼれた。
はじめて見たこの世界での姉さんの跡に俺はたまらなく何かを感じていた。
ヴェルがそっと俺の肩を抱いてくれる。
「よかったね。かなた。」
「あぁ。」
イオが複雑な顔をしているのはわかっていた。
あいつのことだから自己嫌悪にいたっていることだろう。
それでも、俺はその石碑の文字にあふれる感情をとめられなかった。
まだこれからだって言うのに俺は何をしているんだろうな。
そんな気持ちもあるけれど立ち直れない。
「今日はここでキャンプしよっか。」
そんなヴェルの提案で俺たちはユグドラシルでの一日目の夜を迎えた。
双子や少女も敵のいないエリアで安心してかぐっすりと寝ている。
レオは少女の隣から離れずにいる。
ヴェルはちょっと上の様子を見てくるといってでかけた。
俺は石碑の前にまだ座っている。
そして、イオはそんな俺の隣に座った。
「よかったね。かなた。」
イオは俺の顔を見ようともせず一緒に石碑を見ていた。
「まだこれからだけどな。やっと後追いとしての第一歩が踏めたよ。」
「そうね。ここまでながかったね。」
「イオ。心配かけるな。」
見てくれないので俺からイオの顔を見た。
「そんなの幼稚園からずっとじゃない。」
「幼稚園からか。いつから俺のこと好きになったんだ?」
ぼっと顔が赤くなる。
そして、俺から目を背けた。
「そんなの覚えてないわよ。」
「そっか。」
「そうよ・・・。」
「これからもさ!私に心配かけるんでしょうね!」
少しだけすっきりしたような顔でイオが言った。
「そうかもな。」
「氷花さんにあったら、もう私と一緒にはいてくれなくなるのかな~。」
「そんなことないさ。」
自然と出た言葉だった。
とげのない誰を傷つけることもないことばだと思ったから。
「そんなことないってなんで言えるのよ!」
なのにイオは傷ついたような悲しい怒りを言葉にした、
「かなたのせいじゃない!私が氷花さんの石碑を見て単純に喜べないのも!そんな卑劣さに私が染まるのも!」
そして、溢れる感情をつきつけるように俺へと伝えた。
「ごめんな。でも、そういうの嬉しいよ。」
「何言ってるのよ!そんな言葉でごまかせるものじゃないわ!」
「ありがとう。俺のために怒ってくれて。やっぱり俺はおまえが好きだ。」
俺は思ったことを伝えている。
整理などされない俺の感情をそのまま言葉にして。
そのせいか、イオの顔は葵の混乱を伝えるのに十分な表情だった。
「俺をずっと支えてくれたのもお前だしな。」
「そんな義務感で好きとか言って欲しくないわ!私の思いとかなたの思いが同じものだなんて言われたくないから!」
行動の伴わない言葉は意味をなさない。
わかったつもりで俺は何もイオの辛さがわかっていなかった。
イオの辛さをわかった今でも俺は何もできない。
姉さんに会うまで何も俺には答えを出す権利がないのだから。
「私はずっとかなたが好きだったけど、かなたの好きには何もない。時間もなければ強さもないよ。」
少し落ち着くイオの声。
「そうだな。」
そう答えることしかできない。
「もう少し待ってくれないか。」
「えぇ。待つわ。私の気持ちがまだ本物か。私も確かめないといけないから。」
こうして俺たちは亀裂を抱えることになる。