オレンジ
ふわぁり、ふわぁり。
ゆらぁり、ゆらぁり。
ぷかぁり、ぷかぁり。
待っててね。今、あなたのトコロに行くからね。
「あーあ。つまんねぇなぁ。」
オレは誰に言うでもなくつぶやいた。
時刻は午前11時。
普通と呼ばれる生徒たちはみんな授業中だ。オレは言うまでもなく、サボリ。
オレは半年前までは普通の生徒だった。
志望していた高校に入った。
半年前までは無遅刻・無欠席・無早退の、何の問題もない、その他大勢。
だけどある日…ふと考えた。
−…オレって…何のために生きてるんだ?…−
そう思ってから、急にやる気が無くなった。
生きる意味も、学校に行ってその他大勢を演じる必要性も、分からなくなった。
先生にも、親にも、反抗するつもりはない。…だから、オレはこうして屋上にいる。
「単位が危ない。」
先生は言う。
でもさ、一応試験は受けてるじゃん。点数も、あんた等が満足できるぐらいあるだろ。
「授業サボらないで、ちゃんとしてよ。先生に何回呼び出されてると思ってるの?」
親が言う。オレ、ちゃんと勉強してるよ。暴れてるわけでも、タバコ吸ってるわけでもないじゃん。なのに勝手に騒いでるのはあんた等だろ。
いくら成績が良くても、高校という制度では授業の出席日数がいるんだって。
オレは前半の分があるから、まだ出てくれば間に合うんだって。留年しなくても済むって。
知るか。
こっちは単位とか、留年とかよりも大切なものを探してるんだよ。
こっちはエリートとか世間体とかより必要なものを考えてるんだよ。
授業は、答えが分かったら出るさ。
将来は、探し物を見つけたら分かるよ。
オレはただ、それまでそっとしてほしいだけなんだ。
その時、ふわっと風が吹いた。
心地いい。
屋上は良い。外の空気が吸えるから。
俺が、風とか、雲とかの一部になるような気分になるから。
俺は心地よくなって目を閉じた。
…その時…。
ドサッ。
…何かが俺の上に落ちてきた。
…なんだろう…。
目を開けると…。
…女の子が居た。
「いたたたた…。」
その子は腰のあたりをさすりながら、俺を見ていた。
「…何?っていうか、君は誰?」
女の子は俺から視線を外さない…。
女の子は10歳ぐらいだろうか…。綺麗で柔らかそうな髪がサラサラと風になびく。
すると、なんと女の子は急に俺に飛びついてきた。
「やっと見つけた!あなただ!」
女の子は嬉しそうに俺をガクガク前後に揺さぶる。…倒れそうだ…。
「あの…ちょっと…」
俺の声は揺さぶられて震えている。…何なんだこの子は!
「ちょっと、ねぇ、キミ!」
俺は少し強い口調で女の子を自分からひき放した。
「一体何なんだよ。いきなり落ちてきて…抱きついて…。」
迷惑そうな口調で言った。するとその子はシュンと肩を落とした。
「…ごめんなさい…ただ…。」
「ただ?」
「あなたが寂しそうだったから。」
女の子は申し訳なさそうに言った。
「寂しそう?俺が?それが理由かよ。」
…余計なお世話だ。
「だいたいキミは何なの?人間?」
「私は、人間だよ。あなたが寂しそうだったから降りてきたの。」
…おかしい…普通の人間が降りてくるか…?
「…意味がよく分からないんだけど、とにかく俺は寂しくないから。…もう帰ったら?」
「…もん。」
小さな声で女の子がつぶやく。その声があまりに小さくて聞き取れなかった。
「えっ?」
俺は聞き返す。
「帰るトコ…無いもん。」
…おいおい、まじかよ。
俺が困った顔をしていると、女の子が口を開いた。
「ねぇ、一緒にいて…良い…?」
「えっ…?俺と?」
女の子はこっくりと頷く。…一緒って?家まで来る気か?
「…あのさ…それって…泊めるってコト?」
「お願い!1日だけでいいから!」
女の子は顔の前で手を合わせて俺に言った。
…マジかよ…っていうか、そんな顔されたら断れないじゃないか…。
「…分かったよ。しょうがないなぁ…。俺んち行くか?」
「わぁ、ありがとう!…学校は良いの?」
「…学校真面目に行ってる奴が屋上にいるかよ…」
「…そっか…。じゃあ、行こっか!」
そう言うと女の子はかけだした。
女の子は軽快な足取りで階段を駆け降りる。まるで、風みたいだ。
「おい、待てよ。今、一応授業中なんだからさ!」
小声で俺が言うが、まるで聞いていない。
それどころか無邪気に笑い声を上げながら廊下を走り抜けていく。
…でも、なぜか笑い声も足音も反響しやすい廊下に響いていない気がした。
「…お、吉沢じゃん。」
急に声をかけられた。
「あ…中宮…。」
声をかけたのは高校で友達になった中宮悟だった。
「…中宮…何してんだ?」
中宮は俺とは違ってちゃんと学校に来て授業にも来ている。
性格も良いのでクラス委員に選ばれたそうだ。
「それはこっちのセリフだよ。今、文化祭の話してて、先生に資料持ってくるように頼まれたから職員室に行くとこだよ。」
…そうか…こいつは俺とは違うんだ…。そう思うと、なんだかむなしくなった。
「吉沢も早く出てこいよ。みんな待ってる。…今日は?」
「…早退…。といっても朝から居なかったけどな。」
「そっか…でもさ、イロイロ悩むのは良いと思うよ。その気になったらいつでも来いよな。」
「おぅ。…じゃあな。」
「おぅ。」
おれは生徒玄関に向かった。なぜかとて寂しかった。
生徒玄関へ行くと、早退する理由を思い出した。
その張本人が玄関のそばの花壇に腰を下ろして鼻歌を歌っていたからだ。
「…ったく…人の気も知らないで…。」
無邪気すぎる女の子に心のどこかで腹を立てていた。
「あ、来た。」
女の子は俺に気づき、立ち上がってこっちへ来た。
「…ごめん。友達に会ったから…。」
俺は目を合わせないように話した。
「ううん。いいの。頼んだのは私なんだから。」
女の子は俺の機嫌を伺うように言った。
その声を聞いて、俺は自分の中のモヤモヤが、少し軽くなった気がした。
「じゃあ…行くか。」
俺は歩きだした。女の子は無言で頷き、俺の横を歩きだした。
歩きだしてふと横を見ると、女の子は居ない。
後ろを振り返ると、女の子は俺に追いつこうと走るような早歩きをしていた。
俺はいったん立ち止まって女の子を待つ。
女の子はそれに気づいてこっちへ走り出し、俺に追いついた。
頬が赤い。
息が荒い。
額には汗。
その姿を、俺はなぜか可愛いと思った。…いや、愛おしいと言うべきか…。
俺は黙って女の子の前に手を差し出した。
女の子は嬉しそうにその手を握り返した。
歩幅の違いに驚いた。
握っている手の小ささに驚いた。
名前も知らない。
どこから来たのかも知らない。
人間なのかすら分からない。…そんな子なのに…。
この子は生きている。
一生懸命生きている。
その当たり前のような事実が、なぜか新鮮に感じられた。
俺たちは立ち止まった。
「ここ。」
そう言って俺は玄関に近づき、繋いでいない方の手で鍵を開けると、ゆっくりドアを開けた。
家には誰もいない。
父さんは仕事。
母さんもパート。
だから誰もいない。
「わぁ…おっきい家!お邪魔します。」
女の子はくつをぬいで勢いよく家へ入った。俺は散らばった靴をそっと揃えた。
「ねぇ、部屋ってどこ?」
リビングのドアを開けると、女の子がかけ寄ってきた。
…もうこっちまで来たのか…早いなぁ…。
「2階だよ。」
俺は天井を指さした。
「本当?先に行ってるねっ!」
女の子は階段に向かって駆け出した。
俺はため息をつきながら冷蔵庫から牛乳パックを取り出し、コップについで飲んだ。
そう言えば昼飯まだだなぁ…。
そう言えばあの子の名前聞いてないな…。
あの子も食べてないのかな…。
そして俺は食パンが何枚か入った袋を手に取った。
牛乳パックをしまうついでにジャムのビンを取り出した。
コップをしまうついでにスプーンを2つ持って2階へ上がった。
部屋のドアを開けると、さっきまで走り回っていた子は別人だったかのように、ちょこんと座って、こっちを見つめている。
…動き回らなきゃ、人形みたいだ。
「くうか?」
俺は手に持っている食パンの袋を女の子に渡した。
「ありがとう!」
「これはジャム。2種類しかないけど。」
「ううん。私、オレンジ好きだから。」
そう言って女の子はマーマレードジャムを受け取り、食パンにぬりはじめた。
その様子を見て、俺も食べはじめた。
「うまい?」
「うん!」
「そう…。」
日切れ間近だけどね。
少しの沈黙。
空気が重たくなる気がしたので、俺は気になっていたことを聞いてみることにした。
「あのさ…。」
「なぁに?」
「キミ、名前は?」
「…笑わない?」
「何が?」
「名前聞いて…笑わない?」
「笑わないよ。…なんていうんだ?」
「…オレンジ。」
「えっ…?それ、名前?」
「うん。」
「…日本人?ハーフ?」
「…さぁ…。でも名前はオレンジだよ。」
「そう…あ、俺は…」
「潤でしょ?」
「…えっ…そうだけど…どうして?」
「分かるよ。全部。だから降りてきたの。」
「…キミは何者?」
「…今は…言えない…。潤はどう思う?」
…いきなり呼び捨てかよ…。
「…人間じゃなさそう。…あとはわかんねぇ。」
するとオレンジは、
「なら良いんだ。」
と明るく言った。
…オレは良くないよ…。
外を見ながらまたため息をついていると、オレンジの声がした。
「わあぁ…綺麗!」
声の方を見ると、オレンジは棚の上の時計を見ていた。
「それ、作ったの、じいちゃんなんだ。」
「へぇ〜!職人さんなの?」
「うん。この辺じゃちょっと有名だった。半年前に死んじゃったけど。」
「…そうなんだ…。」
オレンジはそう言いながら、時計に見入っていた。
その時計はじいちゃんが作った時計の中でも特に俺が好きな時計だった。
細かいところまで丁寧に作ってあって、木のぬくもりがする大好きな時計だ。
…そういえば、俺が学校行かなくなった頃だっけ…じいちゃんが死んだのは。
生きる意味が分からなくなったのは。
何をやってもむなしかったのは…。
じいちゃんはいつも俺の味方だった。
俺の味方はじいちゃんだけだった。
…なんで死んじゃったんだよ、じいちゃん。
「でもさ…」
オレンジが笑顔で俺に話しかけた。
「なんか、すごいよね。死んだ後も何か残せるって。」
…あ…。
そうかもしれない。
じいちゃんはすごい。自分の生きた証が残せた。
…俺は…?
残せる…?
…一体何を…?
…残したくも無いけどさ。
「ねぇ、潤は何で授業出ないの?」
いきなりオレンジが俺のそばに来て、聞いた。
「…でたくないから。」
「何で出ないの?」
出た…子供特有の『なんで?』…。だから子供は嫌なんだ。
「なんでも。」
俺はうっとおしそうに言った。この終わりが見えない議論を終わらせたかった。
「なんで潤はホントの理由言わないの?」
…えっ?
「ちゃんとあるじゃない、理由。私が子供だから言わないの?」
…なんで?
なんでオレンジは全部知ってるんだ?
「…じゃあ…。」
俺はオレンジに腹が立った。
言ってることがあまりに当たりすぎて。
みっともないけど、感情が理性よりも先に出てきた。
「じゃあオレンジには分かるのかよ!分かるんだったら教えてくれ!俺は何のために生きてる?何のために勉強する?何のために授業受けて、いい子をするんだ?」
オレンジは表情も変えずにこっちをまっすぐ見ている。
…カッコ悪いよ…俺…。
自分よりも年下の女の子相手にムキになって…。
なんになるんだよ…。
「…潤はさ…生きるの…辛い?」
「えっ…?」
「いやになる?」
「嫌だよ。」
「…死にたいの?」
『死』…。
考えたこと無かった。
生まれてきた事に疑問を持っても、自分で自分の時間を止めてしまおうとは思わなかった。
「…死にたくは…無い。」
本音だった。
すると、オレンジは力が抜けたのかその場にへたりこんだ。
「…良かった…。」
オレンジは涙声で言った。
「死なないで。生きる意味は分からないけど…私には答えられないけど…。」
オレンジは目に涙を浮かべながら言った。
「私はあなたに生きてほしい。生きて、生きる意味を見つけてほしい。」
…オレンジ…。
「…簡単に言うなよ。半年かけたって分からないんだぞ。」
オレンジの泣き顔を見て、反射的に目を反らした。
「半年なんかじゃ分からないよ。一生かけても分からないかもしれない。」
「じゃあ…俺は一生無理だな。」
「…見つけようとしてよ。こっちが探さなきゃ、ずっと見つからないままだよ。」
「…どうやって?」
「…沢山のことを知って、沢山の人と出会って、沢山のことを考えて。そうしたらきっと、答えに近づける。」
「…それって…学校…?」
「学校は一つの場所。さっき言ったことが全部できる。でも、他でも出来るよ。」
オレンジは笑顔で言った。
「他…。」
「それは潤が探すんだよ。潤が知るための場所を探して、自分から出会いを求めて、考える努力をするの。…ね?」
「…そんなもんかな…。」
「きっとそうだよ。正しいかどうかなんて分からないけど、結果は後に出るんだよ。」
「…オレンジ…。」
俺はオレンジを見た。
「お前って、すげぇな。」
…本心だよ。
お前ってすげぇ。
「そんなこと無いよ。」
オレンジははにかみながらまたベッドへ座った。今度は俺に背中を向けて…だけど。
…オレンジは、ホントに分かってたんだ。
…俺の事、分かってくれる人…まだいたんだ。
…味方…いたんだ…。
…ありがとう、オレンジ。
お礼が言いたくなって、ベッドを振り返った。
「オレ…」
…俺はそれ以上声を出せなかった。
そのかわり俺は、微笑んでいた。
…寝てる。
安らかな顔。
それを見ただけで、心があったかくなる。
安らぐ。
笑顔になる。
…ありがとうな。
俺はそっと布団を掛けた。
そして俺は部屋を出た。
俺は外に出た。
外の空気を吸いたかった。
風が気持ちいい。
俺はのびをした。
…明日…学校…行こっかな…。
…高校…考えればすぐ行かなくなったな…。
…そう思えるのはオレンジのおかげかな。
前向きになれたのかな、俺。
学校行ったら、俺の探す答えが見つかるかもしれないと思えてきた…。
…オレンジが言うなら…。
オレンジが何者か…とか、もうどうでも良くなっていた。
オレンジは不思議だ。
居るだけで心が和む。
はじめはうっとおしいだけだと思ってたけど、今はオレンジと出会えて良かったと思える。
この出会いも、俺の探す答えを見つける一つのきっかけなのかもしれない。
オレンジ、ありがとう。
俺は部屋に戻った。オレンジはまだ寝ている。
すやすやと寝息が聞こえる。
俺はベッドの前に座った。オレンジとの距離が近くなる。
そっ…とオレンジの頬に触れた。
…あたたかい。
…柔らかい。
…かわいい。
オレンジの存在を感じる。
寝息で…。
ぬくもりで…。
柔らかい髪の毛で…。
オレンジを見ながら、俺は眠ってしまった。
そこはあまりにも居心地が良かったから…。
…あ…。
寝てたんだ、俺…。
俺が起きた頃はもう手元が見えなくなるくらいに真っ暗だった。
俺は手探りで部屋のスイッチを探し、灯りを付けようとした…その時…。
何か光る物体が、俺の前に現れた。
「何だ?!」
はじめ、目が眩んで何か分からなかった。…でも…すぐに何か分かった。
「…オレンジ…?」
そこにいたのは、柔らかなオレンジ色の光に包まれたオレンジだった。
オレンジは俺の方を見て、微笑んだ。
「…ごめん、行かなきゃ。」
「…行く?」
何のことだ?
「私、人間じゃないの。」
「…それは何となく分かってたけど…。」
オレンジは苦笑いした。そして、一言言った。
「私、風船なの。」
「風船?!」
「そう。ちなみに浮かぶ方ね。」
…人間ではないと思ってたけど…。風船だったなんて…。
「ビックリした?」
「…した。」
冗談…?じゃないよな…。
「あのさ…風船のオレンジがなんで俺の所に?」
「言ったでしょ、潤が寂しそうだったから。」
「…どうして?」
「私たち風船は喜んでもらうのが仕事なの。さっきまで泣いてた子供が笑顔になったり、私たちを見て幸せな気分になってもらったり…。」
オレンジは続ける。
「だから私たちは喜んでもらえれば割れてもしぼんでも幸せなの。」
「…じゃあオレンジは?」
「私もみんなみたいになるはずだったよ。でも、潤の心が…あまりにも寂しそうだったから…泣いてから…。私、人間になって潤を元気にさせてほしいって、神様に願ってたの。」
「神様?神様なんているの?」
俺はワザとおどけて言ってみた。すると、おかしかったのかオレンジは笑った。
「ちゃんといるよ。だから私たちが会えたの。」
…俺は知らないよ…。
「…それで?」
「毎日お願いしてたら、見かねた神様が、私を人間にしてくれたの。潤の心が晴れるまでの約束で。」
「…だから…行くのか?」
「そう。潤、もう寂しくなさそう。私がいなくても大丈夫。」
「…泊まるんじゃないのかよ?」
…行くなよ…。
「約束だから。みんなは風船のままでいるど、私は人間になったから…これでも他の子より安全な上に長生きしたんだ。」
…行かないでくれよ…。
俺の心の声が聞こえているのかいないのか、終始オレンジは笑顔でだった。
だんだんオレンジは透けてきた。消えてゆく…。
だめだ、涙が止まらない…。
目がかすむ。
だめだ、最後までオレンジの姿を目に焼きつけなきゃ。
「潤…泣かないでよ。…忘れないでね。私のこと。」
「忘れるもんかよ。忘れられるわけ無いだろ。」
忘れない…。
俺は消えてゆくオレンジを抱きしめた。
「ありがとう、オレンジ…。」
「潤…。わたしもね。あ、私ね、風船なら色はオレンジだったんだよ。」
「…単純すぎ。」
俺たちは互いに見つめ合って、笑い合った。
オレンジの顔の辺りも透けてきた。
「潤、元気でね。私、見守ってるからね。」
そう言って、オレンジは消えた。
…辺りは…また真っ暗になった。
ふと見た窓の外の夜空に、星がひとつ瞬いた気がした。
俺は部屋の電気をつけた。
オレンジは居ない。…今のは…全部…夢…?
オレンジの寝ていた辺りに腰をおろす。
あんなに確かだったぬくもりはもう無かった。
オレンジは居ない。
ふと、オレンジが気に入ってた時計を見た。じいちゃんが作った時計。
…あれ…?
…見間違い…?
…止まってる…。
時計が止まっていた。
じいちゃんの時計は『万年時計』と呼ばれるほどで、ちょっとやそっとじゃ止まる訳が無かった。
その時計が…止まった。止まった時刻は夜7時ちょうど。俺の腕時計の時刻は7時14分をさしていた。
…ちょうど…オレンジが居なくなった頃じゃないか…。
…見つけた。オレンジが居た証。
嬉しくなって、俺はその時計を抱きしめていた…。
なぁ、オレンジ、俺さ、少しだけどさ、答え見つけたよ。生きる意味。
何かを残すためだよ。生きるって。例えそのつもりは無くっても。
自分にできる方法で、誰かに何かを残すためだ。それは物だったり…心だったり…。
俺もさ、やってみたいんだ。
じいちゃんやオレンジがしたみたいに…誰かに何かを残したい…!
…できるかな…?
…やってやるさ。
俺は針の動かない時計を棚に戻し、カバンと時間割を取り出した。
そして、カバンに中途半端に古びた教科書とノートをつめこんで、その日は寝た。
眠れなかったけど、眠ったことにして、いつの間にか本当に眠っていた。
次の日…俺はクラスの前に立っていた。
いつもなら屋上に行っているが…今日は気づいたらクラスの前に居た。
同じクラスのヤツは、いつもと違う俺の姿に気づき、そわそわしている。
…俺の方が緊張するんだよ。
目の前のドアを引けない。どんな顔して入れば良いんだ?
その時、不意に背中を軽くたたかれた。
「よっ、吉沢!何してんだよ、行こうぜ。」
「…中宮…。」
中宮は俺の腕を強引に掴んでクラスへ入った。
固まるクラスメイト。
集まる視線。
うつむく俺。
…そんな重たい空気の中、先生が入ってきた。
俺に気づくと少し驚いた顔をしたがすぐに何でも無かった様に振る舞った。
「出席を取る。」
先生が出席を取り始めた。
名前を呼ばれる度に返事をし返す生徒たち。
…俺の番が近づく。俺は一番最後だ。
「山川。」
「はい。」
…次だ…。
…自分の心臓の鼓動が聞こえる…。
「吉沢。」
…先生とクラスメイトたちの視線が集まる。
俺は少し間を置いて…でも力強く
「はい!」
と返事をした。
クラスの緊張がとけ、一斉に話し出すみんな。
中宮だけは、こっちを見て親指を立てた。
俺は少し笑った。
…そして、ふと外を見た。
…オレンジの風船が見えた気がした。
ありがとう、オレンジ。俺、なんかやれそうだよ。
そして俺は窓のそとに少し笑いかけて、教卓で話す先生に、また視線を戻した…。
いかがでしたか…?相変わらず取り留めのない話ですいませんι
3つのお題を小物で使えずにキーポイントにしてみました。…夜空はちょっと無理やりでしたが…ι
懲りずに2回目以降も挑戦するつもりです。また見かけたらよろしくお願いします。ここまで読んで下さり、本当にありがとうございました。