懐かしのハーモニカは今も手作業で作られる
「音楽のまち」「楽器のまち」というとどこを想像することだろうか。
世界的でも有名な「音楽の都」であるオーストリア・ウィーンなどがあるだろう。
ハプスブルク家をはじめとする皇帝や貴族が音楽を深く愛し、優れた芸術家のパトロン(支援者)となって音楽文化を強力に育て上げた歴史があるからだ。
ウィーンはモーツァルトやベートーヴェンなど、多くの偉大な作曲家が活動した歴史があるのもそうだった。
日本に目を向けてみても「音楽のまち」「楽器のまち」を掲げられる場所があると調べてみたら
静岡県の浜松市があった。ヤマハや河合楽器といった世界的メーカーが本社を置くほか、家族経営の企業もあるからだ。
浜松の住宅街の昭和楽器製造は、日本唯一のハーモニカ専業メーカーとして知られる。ハーモニカと聞くもやはり懐かしい気持ちになるのは私だけだろうか。
初代・酢山陸平氏らが創業され戦後間もない1947年創立のハーモニカ専門メーカーは4人の社員は2代目社長の妻だったり娘だったり、娘の夫だったり。音が鳴る金属板「リード」の調整は手作業で正確な音にこだわっている。
長さ1センチに満たない金属製のリード(震えて音を出す薄い板)をやすりで削ったり、専用のペンチで微調整したりする高度な手作業・調律技術を現代にも伝えられる。
やはり経営にはいい時もあれば悪い時もあった。一時は大手メーカーの下請けになり。新型ウイルス禍では購入もしてもらえず 壁にぶつかるたび、家族で支え合って乗り越えてきた
営業部長、中澤哲也さんは「大量生産できないから、できるだけ手をかけ、心を込めて作っている」と語った。
息を吹き入れる小型の小さなフリーリード楽器は
今も音楽の街で響き渡っている。




