盗難じゃない
朝の保衛省は静かだった。
カレン・ヴォークトはデスクに座って、資料を広げていた。コーヒーが冷めていた。飲む気にならなかった。
机の上に四件の報告書が並んでいた。
押収星露の消失事件。最初の一件は一年八ヶ月前。エストルム東区。十二キログラム。管理ミスとして処理済み。二件目は一年三ヶ月前。南部地区。輸送中に二十三キログラム消失。輸送業者の過失として処理済み。三件目は九ヶ月前。西区。保管コンテナごと交換されて三十一キログラム消失。外部からの不正侵入として処理済み。
そして四件目。先週発覚した北区の案件。九十キログラム。
カレンはこの四件を一本の線として見ていた。周囲はそう見ていなかった。
「また見てるのか、それ」
隣のデスクの同僚が言った。
「関連性がある」
「四件で担当も違う。処理済みの案件を掘り返す根拠になるか」
「合計百五十六キログラムが根拠です」
「量だけじゃ動けない」
カレンは答えなかった。
午前中は聞き込みに使った。
最初に会ったのは、三件目の案件の管理担当者だった。別部署に異動している。会議室で話を聞いた。
「消失に気づいたのは夜間点検担当です」
「その担当者に話を聞けますか」
「退職しています」
「時期は」
「事件から二ヶ月後ほどです」
カレンはメモを取った。次に輸送業者へ向かった。二件目の案件だ。倉庫街の小さな事務所で社長が対応した。
「うちは手順通りやった。封印確認、施錠確認、ルート記録、全部やってる。なのに届いたときには中身が減ってた」
「ルート上で不審な点は」
「だから調べてほしかった。でも過失で終わりにされた」
白だと判断した。不満の種類が、隠している人間のものではなかった。
最後に、以前摘発された売人と話した。執行猶予中で定期報告の義務がある。その席に混ぜてもらった。
「最近の市場の様子を教えてほしい」
「壊滅的ですよ。在庫がない。あっても値段が馬鹿みたいに高い」
「買い手の層に変化はありますか」
男は少し間を置いた。
「変化、ありますね。最近は魔法使いより車乗りの方が多い」
カレンは手を止めた。「車乗り」
「走り屋ですよ。改造車の連中。星露を欲しがってる。しかも量が多い」
「星露を車に使う理由は」
「燃料に混ぜるらしいです。出力が上がるとか言って。実際に現場を一度見た。排気が変な色になってた」
「変な色というのは」
「緑です」と男は言った。「普通の車じゃそんな色出ない」
カレンはメモを取った。信じていなかった。しかし記録した。
夜、保衛省に戻って資料を広げた。
四件の報告書。輸送業者の証言。売人の証言。全部並べた。
消失の間隔を計算した。最初の一件から二件目まで五ヶ月。二件目から三件目まで四ヶ月。三件目から四件目まで六ヶ月。
量を足した。十二。二十三。三十一。九十。合計百五十六キログラム。
段階的に増えている。間隔はばらついているが、ランダムではない。
カレンは椅子の背にもたれた。
走り屋が星露を使う。そんなことが本当にあるのか。星露は魔法使い向けの素材だ。内燃機関とは全く異なる原理で動く。それが燃料添加剤として機能するというのは、理屈として理解できない。
しかし売人が「見た」と言った。
カレンはペンを持った。メモ帳を開いた。何かを書こうとして、止まった。
四件。百五十六キログラム。段階的に増加。間隔が収束しつつある。
これは盗難ではない。
盗難なら、金になるものを取る。星露より価値の高い押収品も同じコンテナに入っていた。それが残されていた。星露だけが消えた。しかも毎回。
目的が限定されている。
量も限定されている。あるだけ全部取るのではなく、必要な分だけ取っている。だから気づかれにくかった。
カレンは書いた。
「盗難じゃない」
紙に書いた言葉を見た。
ならば何なのか。誰が、何のために、百五十六キログラムの星露を必要としているのか。
窓の外にエストルムの夜が広がっていた。高架道路の灯り。地下鉄の出入り口。コンビニの白い照明。普通の夜だった。
その普通の夜のどこかで、何かが動いていた。




