表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
7/7

盗難じゃない

 朝の保衛省は静かだった。


 カレン・ヴォークトはデスクに座って、資料を広げていた。コーヒーが冷めていた。飲む気にならなかった。


 机の上に四件の報告書が並んでいた。


 押収星露の消失事件。最初の一件は一年八ヶ月前。エストルム東区。十二キログラム。管理ミスとして処理済み。二件目は一年三ヶ月前。南部地区。輸送中に二十三キログラム消失。輸送業者の過失として処理済み。三件目は九ヶ月前。西区。保管コンテナごと交換されて三十一キログラム消失。外部からの不正侵入として処理済み。


 そして四件目。先週発覚した北区の案件。九十キログラム。


 カレンはこの四件を一本の線として見ていた。周囲はそう見ていなかった。


「また見てるのか、それ」


 隣のデスクの同僚が言った。


「関連性がある」


「四件で担当も違う。処理済みの案件を掘り返す根拠になるか」


「合計百五十六キログラムが根拠です」


「量だけじゃ動けない」


 カレンは答えなかった。



 午前中は聞き込みに使った。


 最初に会ったのは、三件目の案件の管理担当者だった。別部署に異動している。会議室で話を聞いた。


「消失に気づいたのは夜間点検担当です」


「その担当者に話を聞けますか」


「退職しています」


「時期は」


「事件から二ヶ月後ほどです」


 カレンはメモを取った。次に輸送業者へ向かった。二件目の案件だ。倉庫街の小さな事務所で社長が対応した。


「うちは手順通りやった。封印確認、施錠確認、ルート記録、全部やってる。なのに届いたときには中身が減ってた」


「ルート上で不審な点は」


「だから調べてほしかった。でも過失で終わりにされた」


 白だと判断した。不満の種類が、隠している人間のものではなかった。


 最後に、以前摘発された売人と話した。執行猶予中で定期報告の義務がある。その席に混ぜてもらった。


「最近の市場の様子を教えてほしい」


「壊滅的ですよ。在庫がない。あっても値段が馬鹿みたいに高い」


「買い手の層に変化はありますか」


 男は少し間を置いた。


「変化、ありますね。最近は魔法使いより車乗りの方が多い」


 カレンは手を止めた。「車乗り」


「走り屋ですよ。改造車の連中。星露を欲しがってる。しかも量が多い」


「星露を車に使う理由は」


「燃料に混ぜるらしいです。出力が上がるとか言って。実際に現場を一度見た。排気が変な色になってた」


「変な色というのは」


「緑です」と男は言った。「普通の車じゃそんな色出ない」


 カレンはメモを取った。信じていなかった。しかし記録した。



 夜、保衛省に戻って資料を広げた。


 四件の報告書。輸送業者の証言。売人の証言。全部並べた。


 消失の間隔を計算した。最初の一件から二件目まで五ヶ月。二件目から三件目まで四ヶ月。三件目から四件目まで六ヶ月。


 量を足した。十二。二十三。三十一。九十。合計百五十六キログラム。


 段階的に増えている。間隔はばらついているが、ランダムではない。


 カレンは椅子の背にもたれた。


 走り屋が星露を使う。そんなことが本当にあるのか。星露は魔法使い向けの素材だ。内燃機関とは全く異なる原理で動く。それが燃料添加剤として機能するというのは、理屈として理解できない。


 しかし売人が「見た」と言った。


 カレンはペンを持った。メモ帳を開いた。何かを書こうとして、止まった。


 四件。百五十六キログラム。段階的に増加。間隔が収束しつつある。


 これは盗難ではない。


 盗難なら、金になるものを取る。星露より価値の高い押収品も同じコンテナに入っていた。それが残されていた。星露だけが消えた。しかも毎回。


 目的が限定されている。


 量も限定されている。あるだけ全部取るのではなく、必要な分だけ取っている。だから気づかれにくかった。


 カレンは書いた。


「盗難じゃない」


 紙に書いた言葉を見た。


 ならば何なのか。誰が、何のために、百五十六キログラムの星露を必要としているのか。


 窓の外にエストルムの夜が広がっていた。高架道路の灯り。地下鉄の出入り口。コンビニの白い照明。普通の夜だった。


 その普通の夜のどこかで、何かが動いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ