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【完結】明日も、生きることにします  作者: 楽歩


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24.聖堂の光と公爵家

 祈りのひとときが、静かに終わった。


 聖堂の中に満ちる空気は、透き通るように澄んでいた。


 天井高く伸びるアーチの向こう、ステンドグラスを通した光が床に色とりどりの模様を落としている。手入れの行き届いた大理石の柱には、祈りの余韻のような柔らかい光が反射していた。


 私の手は自然と胸の前で重なり、祈りを終えた心はどこか清らかで、ひたひたと静けさに包まれていた。


「……心が、洗われるようだったわ」


 小さく息を吐くように、思わず言葉がこぼれた。誰に言うともなく、ただ神の前で安堵するように。


 すると、私のそばに控えていた神父が、ゆっくりと微笑んで頭を下げた。



「聖女様の祈りには、不思議とこの場を清める力がありますな。まるで、聖堂そのものに光が差し込んだように感じました」


 その優しい言葉に、嬉しくなる。


 静かな足音とともに、エリーがやってきた。




「聖女様、神父様、お見えになりました」


 その一言に、神父が頷く。


 公爵家の方ね。私は、テオのところに案内してもらえるかしら。


 そう思い、エリーを見ると、エリーは軽くうなずき、言葉を続けた。



「聖女様。公爵家のご一行がお越しです。ぜひお目通りいただきたく」


「……私に?」



 驚きと困惑が混ざった声が、思わず漏れた。神父が、呼んだのは、私のため? 


 公爵家――それはこの地の領を治める大貴族。そんな方々が、わざわざ私に会うの?



「はい。ちょうど、ご一家でこちらの領地に滞在中でした。……これも、神のお導きかもしれません」


 神父の言葉には、どこか運命を信じるような響きがあった。



「わ、わかりました」


 とにかく失礼のないようにしなくては。


 慌てて身なりを整え、軽く深呼吸をしてから、聖堂脇の応接室へと向かった。


 扉の前に立ち、そっと手をかける。


 中に入ると、まず目に入ったのはテオだった。彼は変わらず淡々とした顔で立っていたけれど、その視線の先にいた人々に、私は息を飲んだ。


 光が差し込む窓辺に立っていたのは、まばゆいほどの金の髪をもつ一家だった。夫婦と、ひとりの幼い男の子。


 品格ある立ち居振る舞いと、ひと目で分かる気高さ――この方々は、間違いなく公爵家の人々だ。



「聖女様。ご多忙のところ、失礼いたします。初めまして、公爵のレイモンド・モンフォールと申します」


 堂々とした姿で名乗る紳士が、優雅に頭を下げる。



「こちらが妻のクラリス、そして息子のクリストファーです」


 彼に続き、ふんわりとした金髪の夫人がにこやかに会釈し、そのスカートの陰から、小さな男の子が恥ずかしそうに顔をのぞかせた。まるで天使のような愛らしさ。


 ――けれど、ご夫妻のその顔に、どこか見覚えがある。


 思わず、私は言っていた。



「……あの。もし間違っていたら、すみません。でも……“初めまして”ではない気がします」


 一瞬、場の空気が揺れる。公爵夫妻が、互いに顔を見合わせ、驚愕の表情をしている。


 でも、やっぱりーー



「王都の神殿に、時々“お忍び”で傷を癒しにお越しになっていた方々では……?」


 言葉を継ぐと、公爵夫人が柔らかく微笑んだ。



「まあ! 覚えていらっしゃるのですね」


 もちろん、覚えている。急病でもない限り貴族が私の元へ来ることなどない。


 間違いない。時折、かすり傷を直しに来ては、涙を浮かべて感謝していた人たちだ。


 貴族は体に傷がつくことをよしとしないと聞いたことがある。納得したわ。公爵家ともなれば、かすり傷でもすぐに直したいものなのね。



「いやはや、お恥ずかしい」


 公爵が苦笑交じりに言った。



「少し裕福な平民のように見えるよう、装っていたつもりだったのですが。カツラまで被って。侍女たちまで“よくて金持ちの平民の人にしか見えませんよ”と自信満々だったのです。まさか、見破られていたとは。はは」


「ええ、本当に。なんだか恥ずかしいですわね」


 夫人も少し頬を染めながら微笑んでいた。


 あ……やっぱり。私に見てもらうのは、恥ずかしかったのね。


 きっと周囲に知られたくなかったのだわ。貴族であることを隠していたのに、私がこうして見抜いてしまったなんて……失礼だったかもしれない。


 内心でひそかに落ち込みかけたそのとき、隣にいたテオが、そっと耳打ちしてくれた。



「何を考えているかは知らないが、気にするな。あの方たちは、本当に信仰心が深いんだ。聖女に癒してもらいたかったが、お前に気を遣わせたくもなかっただけだと思うぞ」


 その優しい声に、私はふと顔を上げた。


 あら? テオは公爵夫妻のことを知っているのかしら? 不思議そうな顔をしているとテオが教えてくれた。




「公爵家は隣領の主だからな。母同士仲もよい。子供のころは、領地に遊びに来たときには、母に連れられてよく訪れていた。可愛がってもらったよ」


「まあ、テオドールは今でもとっても可愛らしいわ」


 とたんに、公爵夫人が目を細めて言った。



「……公爵夫人。私はもう立派な大人です。母も、あなたも、まるで子ども扱いだ」


 テオがわずかに眉を寄せてぼやく様子に、皆がくすくすと笑った。



 この家族は、優しくて、温かい。それが、ほんの短い会話の中からも伝わってきた。


 そして私は、少しだけ緊張を解いて、微笑み返した。


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