表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】明日も、生きることにします  作者: 楽歩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

19/40

19.祈りの夜に聴く鼓動

「お、お前は許しを請う祈りの最中に、そんなこと考えていたのか?」



 テオが、呆れたように眉をひそめる。なぜだろう。そんなに変なことを言ったつもりはなかったのに。むしろ、私はとてもいいことなことを思いついたと思っていたのだけれど。



「大丈夫ですよ。祈りの最中にひらめいたことは、神の啓示。最良の答えと習いました」



 私がそう言うと、テオは眉間にさらに皺を寄せた。少し困ったような顔で、けれどどこか笑っているようにも見える。



「多分、何かが違うと思うぞ?」



 それでも、口元はわずかに笑っていた。からかうでもなく、呆れるでもなく、本当に「変わったやつだな」と思っている、そんな顔だった。



「また冷えたら風邪を引きます。二人で使いましょう」


 そう言うと、テオは目を瞬かせて私を見つめた。



「……本気か?」


「はい!」


 私ははっきりと頷いた。けれど――テオは、何かを呑み込むように言葉を探し、そして、口を開きかけて……言いかけた言葉をそのまま飲み込んだ。



「……はぁ」


 長く、静かなため息。



「……未婚の男女が同じベッドに入ったら、それこそ……まずいって習わなかったか?」


「なぜです?」


 私は小首をかしげた。



「急病の母に付き添っていた、小さな男の子が不安そうだった時。何度も、添い寝してあげましたよ。心細さを和らげるのに、とても効果がありました」


「……俺は成人だし、心細くもないがな……」



 テオは少し俯き、ぼそぼそと小さな声で続けた。



「……手を握るのは駄目で、添い寝はいいのか? いや、意識されていないのか……?」



 聞き取れないほどの呟き。でも、その声音には照れと諦めが入り混じっていて、何より、彼の耳がうっすら赤く染まっているのが、よく見えた。



「今、何か言いましたか?」


「……とりあえず、飯を食おうか」




 私たちは、テオが持ち帰ってきたパンと干し肉、簡素なチーズを分け合い、静かな食事を交わした。



 テオは急に黙り込んでしまった。



 雨は、まだ止まない。屋根に落ちる雨粒の音が、一定のリズムで響く。二人の沈黙を埋めてくれる優しい拍子のようだった。



 食後、灯りを落とすと、部屋はほの暗く、ただ雨音だけが残った。私は、布団の片側に入り、反対側に少しだけ空けておく。




「入らないのですか?」


「はぁ、ルカに怒られる……」



 ため息混じりの声が聞こえた。ルカに怒られるようなことをしたのかしら? そうだった! 橋を渡るとき、手を出されたのだったわ。黙っていてあげないと・・・・・・


 お風呂で温まり、お腹も満たされた。疲れていたはずで、すぐ眠れるだろうと思っていたのに、目が冴えてなかなか眠れない。静かな夜に、雨の音だけが、ぽつりぽつりと耳に届く。



「さすがに狭いな」


 すぐ隣から、テオの声がした。思わず、どきりとする。



「あの、テオ? ち、近くないですか……?」



 体温がすぐ近くにある。肩が触れた。手が、少しだけ当たった。そのたびに、胸がぎゅっとなって、息がうまくできない。



「添い寝ってこんなもんだろ? お前が言い出したんだからな」



 何も間違っていないはずなのに、なぜか恥ずかしくなる。テオの笑い声が、耳元で響く。優しくて、くすぐったくて、思わず顔まで熱くなった。私は急いで布団に潜り込む。



「近すぎて……心臓の音が聞こえます。……生きていますね」



 冗談めかして言ったつもりだったけれど、本当に聞こえる鼓動に、何とも言えない安心感があった。



「はは、俺は死ぬ気はないからな。止まったら叩いて起こせよ」


「わ、わかりました。お任せください。寝ずに確認します!」


「……冗談だ」



 柔らかい声。怒っているわけでも、呆れているわけでもない。むしろ、笑っているような、そんな響き。布団の中はあたたかくて、空気は柔らかい。




「まだ起きていますか?」


「眠れないのか?」


「ええ……考え事をしたら」



 問いかけた声に、テオはすぐに応えてくれた。そのことが、ただ嬉しかった。



「何だ?」


「神殿に来られないような場所に、あのような方々がたくさんいらっしゃるのなら……私に、何ができるのでしょうか?」



 これまで見た光景が、瞼の裏に焼きついて離れない。祈りの届かない土地で助けを求める声に、私はどれだけ答えられるのだろうか。



「何でもできるかもしれないし、何もできないかもしれないな」


 淡々としたテオの言葉。でも、その声は、やっぱり優しかった。



「そうですね」


 どこか納得して、どこか悔しくて。だけど、今の私には、それが現実だった。



「考えても結論が出ないときは、考えるのをやめたときに、いい答えが見つかることもある。……それこそ、祈りの最中にじっくり考えればいい。でも明日にしようぜ。眠れないなら、俺の心臓の音でも数えながら、早く寝ろ」


「分かりました。おやすみなさい」


「……ああ」



 心臓の音が、すぐそばで、静かに響く。その一定のリズムが、まるで子守唄のように感じられる。雨の音は遠く、眠りの淵へと私を誘う。


 そして――まどろみの中、どこか懐かしい声がした。父と母だろうか。優しく「リイナ」と名を呼ぶ声。


 温かくて、穏やかで、幸せな夢だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ