17.大聖女の審問 side大聖女
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「大聖女様、どうしたのですか?」
「こんなに早く会えるなんて、うれしいです」
部屋に入るなり、駆け寄ってきたのは、二人の若き聖女だった。頬を紅潮させ、まるで少女のように無邪気な笑顔を浮かべている。
私は静かに目を細めた。
その笑顔が本物かどうか、見極めなければならない。
「元気にしていましたか?」
「はい!」
その返事ははずんでいたが、私の心には重く響いた。
彼女たちの顔の奥に、見えない影が潜んでいるような気がして。
けれど、もう迷っている暇はなかった。
私は微笑を消し、厳しい声音で言い放つ。
「早速ですが、話があるので二人とも座りなさい」
二人の聖女は、互いに顔を見合わせ、不思議そうに眉を寄せている。
「あなたたちにも伝えます。私に神託がありました。――光は汝らの手を離れた。心当たりはあるかしら」
短く沈黙が流れる。二人は視線を交わすが、何も言わない。
「……何も言わないのなら聞きましょう。光耀の癒聖が巡礼に出ましたね。知っていましたか?」
「はい」
「神託――そう聞いた、間違いないですか?」
「……はい」
胸の奥で、ぐっと怒りが沸き上がった。私は声を低く、厳かに問う。
「あなたたちは私を馬鹿にしているのですか? 神託が、そんなにも簡単に誰にでも聞けると?」
「ち、違います。私たち、そんな……!!」
「そ、そうです」
言葉を重ねて弁明する彼女たちに、私はただ、冷ややかな視線を向ける。彼女たちが知らなかったでは済まされない。
「……もういいわ」
皆の表情に、安堵が浮かぶ。けれどここからが始まりであると、まだ気づいていない。
「私が神殿を離れて四年。大きな行事でしか立ち寄ることはなかったが――どうやらその隙に、いろいろおかしくなっていたようね。確認します。神の名のもとに偽りを言わないと誓いなさい」
聖女たちは、お互い目を合わせたあと、静かに頷く。
「まず神官長、あなた、この子たちの親から、お金を受け取っていましたね?」
「それは……。前の神官長の頃からの、慣習で……。あなた様の家からも、いただいていました!」
私の胸に、鈍く痛みが走る。そう。知っていた。物心ついたときには止められなかった。悪しき風習が、染みついた汚れのように、神殿にこびりついていた。だから、私は聖印の儀の後も結婚するまで神殿に残った。
「……もちろん私の両親もそうね。でも、そういうことではありません」
私は静かに、けれどはっきりと告げる。
「名を名乗れないことは、神が決めたことではなく、人が決めたこと。人の決まりを人が破ったところで、神は怒りません。でも――あなたが光耀の聖女をないがしろにしたのは、あの子の家族からお金が来なかったから。私はそう見ています」
「そ、それは……!」
否定の言葉が出てこない。図星なのだ。
「光耀の癒聖の部屋を見ました。あんな狭い場所に、古びた家具。散財なんて信じられない。あなた、あの子の予算を横領していたでしょう」
「私だけではありません!」
その視線が向かったのは、炎煌の聖女。
「まさか。あなたも……?」
「っ……!」
黙るということは、認めたも同じ。
私は、深く深くため息をつく。聖女たちの手紙には、まじめに研鑽を積む様子が綴られていた。人づてにも、彼女たちの献身と努力を、聞いていた。
だが――
「二人とも式典や夜会に頻繁に出るということは、その分、誰かが仕事を補填していたということですね」
私は樹霊の聖女に向き直る。
「あなたのポーションの質が最近落ちている理由を、言いなさい」
「私のせいではありません。温室の管理を、シスターたちがサボって……」
「シスターたちは、突然サボったわけではないでしょう。それまでは、誰が?」
「……光耀の聖女が、温室の薬草の管理と、ポーションの下準備を」
「――なっ。樹霊の慈愛の名を持つあなたが、薬草に祈りを込めないとは何事ですか! ああ、なるほど。ポーション作りも光耀の聖女にやらせていましたわね」
「なぜそれを!」
怒りが言葉になる前に溢れ出た。教えたはずだ。祈りを捧げ、慈しんで育てた薬草でなければ、真の癒しにはなり得ないと。
「祈りを捧げた者が育て、祈りを捧げた者が用いるからこそ効力を発揮する。なぜ、あなたは与えられた力を、真摯に使わないのですか?」
そして、私は炎煌の聖女に視線を移す。
「そうなると、結界が緩んでいることにも、あの子が関わっているのかしら?」
「私こそ違います。神官たちに、しっかり祈るよう指示していました。祈っていたのが光耀の聖女だけと知って……その後、神官たちには、絶食と祈りを課しました」
「だけ? あなたはもちろん、朝と夕に祈っていましたよね?」
「い、いいえ……」
私は静かに目を閉じる。――この子もなのか。
「聖力をためる鐘は、毎日真摯な祈りをせねばならないと、あれほど……」
私はゆっくりと神官長に向き直った。
「神官長。この子たちに大事な話をします。あなたは、席を外しなさい。――ああ、そうだ。神は“光が消えた”とは仰らなかった。“離れた”と。つまり、まずあなたがすべきことは?」
「すぐに巡礼地の教会すべてに使いを……保護いたします」
神官長は一礼すると、部屋から出て行った。
静寂が訪れる。
「私は教えたはずです。手にある紋に色が灯るのは、すべての聖女ではないと。黒のままの者は、神の娘ではなく、神に仕える者の一人のままだと」
二人の顔色が、青ざめていく。
「あなたたちの聖印の儀を、光耀の聖女と同じ年にしたのは、二年の猶予を与えるため。彼女を蔑むような目に、私が気づかなかったとでも? 二年前に儀を行ったとしてもあなたたちの紋に色がつかないと可能性があると判断したからよ。同じ年に選ばれた者として、とも支え合い、神の意志に従い励むように言ったのに。どう解釈したの?」
「でも、皆、私たちをあがめてくれます。私たちの力は人々の役に……」
「そうです、皆が私たちを神の娘だと、真なる聖女だと」
「皆? それを決めるのは“人”ではなく“神”よ」
私は、声を低くしながら言う。
「あなたたちがあの子をどう扱っていたか、聞かずとももう分かるわ。そして神は見ていた」
「……っ!」
「許しを請い、祈りなさい。そしてあの子の無事も。今すぐに」
二人は血の気を失いながらも、よろめくように部屋を出ていった。
私は窓辺に立ち、吹き荒れる風を見つめる。
……私の責任も、大きいわ。もっと頻繁に訪れ、言葉を交わし、目を配るべきだった。
後悔だけが押し寄せる。
だが――救いは
神の、もう一つの神託。
「光は、輝きを増し始めている」
ああ、神よ。
あの子は、よい経験をし、よき人と巡り会っているのですね。




